37 王子様と追及
カレーを食べ終えた後俺たちは隣の部屋にいた。
母さんたちが「ゆっくり話してきなさい」と気を利かせてくれた。
「……じゃあ、説明してくれる?」
「……はい」
別に誰かに怒られているわけではないのだが、俺と華は自然と正座をしていた。
そこから、華は語り始めた。
自分の家族のこと、そして、たくま君のことについて。
自身が早く帰っているのは彼のお迎えのためだと。
「――気づいてあげられなくて、ごめんね。華ちゃん」
話を聞き終えた鳥羽さんが、絞り出すような声で言った。
「いいえ。私が相談しなかったのが悪いのよ」
「話しづらいことだったかもしれない。でも、もっと頼ってほしかったわ……」
「……みんなに迷惑がかかると思ったから。それに――」
「『王子様』でいなきゃいけない、って思ってた?」
不意に投げかけられた言葉に、華は言葉を失い、静かに視線を落とした。
それは無言の肯定。
生徒会のメンバーに対しても、彼女は理想の「王子様」として振る舞い続けなければならない。
そう、自分を追い込んでいたのかもしれない。
「私たちは、華ちゃんが『王子様』だから仲良くなったわけじゃないよ?」
「え……?」
「華ちゃんは、華ちゃんだよ。私たちが求めているのは、完璧な王子様なんかじゃないわ」
女の子の味方で、常に周囲を気にかける王子様。
困っている人を颯爽と助ける、みんなの憧れ。
凛としたルックスで『お姫様』を守る。
俺も初めて華と会ったとき、その「王子様」というレッテルを彼女に貼っていた。
夏休みに彼女のことがわかってやっとそれは消えた。
けれど、それは周囲だけではない。
華自身もまた、自分は王子様でなければならないという呪縛を、自らに課していたのかもしれない。
「そっか……。そうなのね。ごめんなさい。……みんなに嫌われるのが、怖かった」
「大丈夫。何があっても、私たちは華ちゃんの味方だから」
「……うん。ありがとう」
3年生の先輩たちの温かいやり取りに、傍らで聞いていた俺の目頭まで、つい熱くなってしまった。
「じゃあ次は大地くんの関係だけれども――」
そうして今度は俺に追撃に来た。
「千代ちゃんとたくま君が仲良くで大地くんのお母様が幼稚園の先生はわかったわ」
「でも、この家に慣れたように振る舞う華ちゃんの姿」
「私たちといる時とは全く違う雰囲気」
「そして今日偶然かのように持ってきたペアのマグカップ」
「そしてたくま君に見せてもらったあの幸せそうなツーショット」
「……はい」
「それに関してなのだけど」
先輩たちの言及に華が口を開いた。
「……まず、私たちは付き合っていないわ。たくまと千代ちゃんが仲良しなのもあって、こうして家を行き来することは多くなったけれど」
華は淡々と言葉を紡ぐ。
「いつからそんなことに?」
「夏休みに入る前からね」
「えっ、じゃあ夏休みの間に、あんな距離感の写真を撮るくらい仲良くなったってこと?」
「ええ、そうね」
「ペアのカップまで買うくらいに?」
「……ええ」
「それは流石に、急展開すぎない……?」
鳩ヶ谷先輩の呆れたような呟きに、俺も心の中で深く同意する。
体育祭の前、俺のことをあれほど冷たい目で見下していた彼女と、今こうして下の名前で呼び合っている。
その事実が、自分でも時々信じられなくなる。
「大地は、私の事情も理解してくれる。……それに、私のことを『王子様』じゃなく、一人の女の子として扱ってくれるから」
華のその言葉に、先輩たちの空気が変わった。
「……あの華ちゃんが、男の子に対してこんな顔をするなんて」
「さすが大くん。ここまで信頼されるなんて」
感心したように、鳩ヶ谷さんに肘で小突かれる。
「そうなの。大地は家事も完璧だし、気遣いも細やかで、本当に優しいのよ。……私のことも、すごく甘やかしてくれるし」
「え?」
「い、いや、俺はそんな特別なことしてないですって!」
身を乗り出す先輩たちの追及に、華は指を折りながら、これまでの出来事を愛おしそうに振り返り始めた。
「私が熱を出した時もお見舞いに来て、お粥を作ってくれたわ。ずっと優しい言葉をかけてくれて3日間も家に来てくれたの……。それに、ヘアケアもすごく上手なの。お風呂上がりに髪を乾かしてもらった時、驚くほど綺麗に仕上げてくれたわ」
「「「「…………」」」」
先輩たちの視線が、驚きを通り越してなにか言いたげな呆れを含んだものに変わっていく。
「……本当の華ちゃんって、こんな感じなんだね」
ポツリと漏らされた鳩ヶ谷さんの言葉に、華は一瞬だけ頬を赤らめ、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「何よ。あなたたちの前だったら、別にいいんでしょ?」
その開き直った言葉に全員が堪えきれずに吹き出した。
……ああ、こうやってみんなで、肩の力を抜いて笑い合えるようになって、本当に良かった。
心の底からそう思える、温かい空気が部屋を満たしていく。
「えーっ、いいなー! 私も大くんに看病してほしいし、髪のお手入れもしてほしいー!」
「いや、それは流石に――」
冗談めかして身を乗り出す鶴見さんに、俺が苦笑いしながら断ろうとした。
「駄目よ」
華が、俺の腕をぐいっと自分の方へ引き寄せた。
「大地は私のお世話で忙しいんだから。……他を当たりなさい」
「華ちゃん、あなたって人は……」
今度は呆れを通り越し、
より一層生暖かい視線が俺たちに向けられる。それとは対照的に、俺の顔は真っ赤に染まっていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんたちー!」
ちょうどいいタイミングで、リビングからたくま君たちが顔を出した。
時計に目をやると、時刻は既に22時を回っている。
「ごめんなさい、こんな時間まで!」
先輩たちは慌てて立ち上がり、帰りの準備を始めた。
「うちは大丈夫よ。それより、たくま君からお願いがあるんだけど、みんな聞いてくれるかしら?」
母さんがいうと、たくま君は華のスマホを手に取って一歩前に出た。
「お姉ちゃんと、お姉ちゃんのお友達の写真撮りたい!」
その無邪気な提案に、みんな自然と顔を見合わせて笑った。
撮られた、2枚の写真。
1枚目は、俺たち生徒会メンバー全員が揃った、賑やかな集合写真。
そして2枚目は、3年生の先輩たちだけの写真。
「今日は急にお邪魔したのに、夕飯までご馳走になっちゃって本当にありがとう。……それじゃあ、また明日ね、大地君」
先輩たちは満足そうな表情で俺の家を後にした。




