36 王子様と遭遇
「やっぱり大地くんだ! お疲れ様。……ねぇ、その子たちは?」
やってきた先輩たちは、案の定俺たちに気づいて足を止めた。
「妹の千代と、友達のたくま君です」
「「よろしくお願いします!」」
「「「「かわいいーー!!」」」」
年下の子たちの破壊力は凄まじい。
特に鶴見さんは「写真撮っていい!?」とスマホを取り出し、半ば興奮状態でシャッターを切っている。
「お姉さんたちは、お姉ちゃんのお友達ですか?」
不意に、たくま君が純粋な疑問を口にした。
「え? なんでそう思うのー?」
「だって、お姉ちゃんと同じ服を着てるから」
「あー、制服のこと? 同じ学校なのかもね。君、お名前は?」
「僕、し――」
「たくま君、そろそろ行かないと!」
俺は慌ててたくま君の言葉を遮った。
白鷺なんて苗字の人物は大変珍しい。
ここで名前が出れば、すべてが繋がってしまう。
付き合っているわけではないにせよ、家族同然の付き合いをしていることがバレかねない。
(頼む、母さんも華も、あと5分……いや3分でいいから出てこないでくれ……!)
そんな祈りも虚しく。
「大地、お待たせ」
タイミング悪く、スーパーから華が母さんと共に現れた。
目の前の大惨事を知る由もない2人は、こちらへ歩み寄ってくる。
「「「「「……」」」」」
(あ……終わった)
完全に言い逃れのできない状況に、周囲の空気が凍りついた。
「……ねぇ。華ちゃんと大くんって、いつの間にそんな関係になってたの?」
鳩ヶ谷さんが、射抜くような疑いの目を向けてくる。
「ち、違います! 付き合ってはないです! これには深いわけが――」
「『付き合っては』ないんだね?」
鳩ヶ谷さんの言及に、冷や汗が止まらない。
「……私は、付き合ってもいいんだけどな」
「華!? 冗談はやめてよ!」
こんな状況で、彼女は洒落にならない爆弾を投げ落としてきた。
「……いま、下の名前で呼んでたよね? 敬語も外れてるし」
「……しかも華さん。学校の時と、全然雰囲気が違いませんか?」
逃げ場のない追及が続く。
状況を把握しきれていない母さんが朗らかに割って入った。
「あら、あなたたちは大地の知り合い?」
「あ、すみません! 申し遅れました。私たちは上原君と白鷺さんと同じ、生徒会の役員です」
戸惑いながらも、先輩たちが一人ずつ自己紹介をしていく。
「まぁ、そうなのね。いつも家の子がお世話になっています。……ねぇ、もしよければ、この後うちに来る? お話の続きもできるでしょうし」
「「「えっ!?」」」
予想外の招待に、俺と先輩たちの声が重なった。
「それは流石に、これだけの人数ですし……」
「大丈夫よ、今日はカレーだし。ねぇ、大地」
先輩たちは「じーっ」とした視線をこちらに投げかけている。
対する華は、相変わらず涼しい顔だ。……なぜ、この状況でそんなに堂々としていられるんだ。
「うちはいいですけど、みなさん予定があるでしょ?」
「こんなの見せられて、予定通りに帰れるわけないじゃん」
「私たちも、ファミレスでお喋りする約束だけだったから」
「あー……。なら、是非うちに来てください」
結局、俺が折れる形で、生徒会メンバー全員を自宅に招くことになった。
「お邪魔しまーす……」
玄関には、かつてないほどの靴が並ぶ。
俺、母さん、千代、華、たくま君、そして先輩方。のべ9人。こんなに人がいる我が家を見るのは初めてだ。
「さて、それじゃあカレーを作っちゃおうか」
「あれ、大地くんが作るの?」
俺が袖を捲り上げると、先輩たちが意外そうに尋ねてきた。
「ええ。母さんは仕事の後ですし、ゆっくり休んでほしいので。料理は俺が担当することが多いんです」
エプロンを手に取ると、当然のような顔をした華が、制服の袖を捲りながら隣に並んだ。
「……私も手伝うわ」
「華は、先輩たちと話してなくていいのか?」
「嫌よ。『いつも通り』、手伝うわ」
最近料理を覚え始めた彼女は、うちに来るたびに台所に立ってくれる。
「いつも通り……っ!?」
先輩たちの動揺を無視して、華は手慣れた様子でまな板を用意する。
家庭的な俺たちの姿に、生徒会メンバーは釘付けだ。
「てか華ちゃん。普段は大地くんのこと『大地』って呼んでるんだね。私たちの前では『上原君』なのに」
「そうね。生徒会ではそう呼び分けているわ。……でも、あなたたちだって、大地のことを下の名前で呼んでいるじゃない」
「いや、それはそうだけどさぁ……」
華の静かなカウンターが炸裂する。そんな中、鳥羽さんがおずおずと手を挙げた。
「ごめん上原くん、お手洗い借りてもいい?」
「あ、それなら――」
俺が答えようとした瞬間、野菜を切る手を休めることなく、華がさらりと言ってのけた。
「廊下に出て右側よ。スイッチは2つあるけど、上が電球のスイッチだから」
「……」
再び、その場に重苦しい沈黙が降りた。
俺が冷や汗を流しているのを余所に、リビングの方は嘘みたいに明るい雰囲気になっていた。
「ねぇねぇ、きょうかお姉ちゃん! 僕たちが撮った写真見て!」
「え、見る見る! うわぁー、上手く撮れてるね!」
いつの間にか、鶴見さんとたくま君はすっかり仲良くなっていた。
母さんと千代も混ざり、5人でスマホを囲んで盛り上がり始めた。
「このきゅうりの写真、綺麗に撮れてるねー!」
「すごいでしょ! これ見て、僕が一番綺麗に撮れたやつ!」
「どれど――」
そこで、鶴見さんの言葉がピタリと止まった。
その異変に気づいた他の先輩たちも覗き込みにいくが、一様に絶句している。
……そして、キッチンにいる俺たちとスマホの画面を、何度も、何度も、壊れた機械のように見比べていた。
「あなたたち、ご飯ができたわよ。遊んでないでほら、来て」
追い打ちをかけるように、華が甲斐甲斐しく9人分のカレーを配膳し始める。
「……大地くんっ!!!」
「は、はいっ、なんですか鶴見さん」
不意に、鶴見さんが俺の肩をガシッと掴んだ。
その顔は真っ赤に染まっている。
「ご飯の後、これのこと……しっかり、じっくり、説明してね!!」
突きつけられたスマホの画面。
たくま君の誕生日に撮った写真。
少し照れくさそうに笑いながら、驚くほど距離を縮めて寄り添う俺と華のツーショットだった。
「……あら。せっかくのカレーが冷めちゃうわよ?」
全員分のスプーンを並べながら華は言った。
「さあ、みんなで食べましょう? 『家族』みたいに、仲良く」




