32 王子様の二面性
体育祭での活躍に加え、生徒会への参加が決まったことで、俺の立ち位置は少しずつ変わり始めていた。
例えば、教室での一幕だ。
「ねえねえ、上原君! 菊池さん!」
放課後、俺と菊池が並んで座っている席に、クラスメイトの女子たちが五人ほど詰め寄ってきた。
「みんなどうしたの?」
菊池が代表して応じると、彼女たちは目を輝かせ、期待に胸を膨らませるように身を乗り出してきた。
「あのね……『王子様』って、生徒会だとどんな感じなの?」
「王子様……白鷺さんのこと?」
俺が聞き返すと、女子たちは「そう、それ!」と言わんばかりに激しく頷く。
「……うーん。みんなが抱いている印象と、基本的には変わらないと思うよ」
菊池がそう答えると、女子たちの間から「キャーッ!」と黄色い悲鳴が上がった。
「白鷺さんって、みんなからしたらどんなイメージなの?」
俺が苦笑いしながら尋ねると、彼女たちは待っていましたとばかりにヒートアップした。
「とにかく、かっこいいの!」
「それに、すごく優しいし!」
「……ああ、そのままだよ」
俺が曖昧に肯定すると、彼女たちは自分たちの「王子様エピソード」を競い合うように語り出した。
「この前ね、校門にいたから頑張って声をかけたら、『よろしくね』って微笑んでくれたの!」
「私は吹奏楽の楽器を運んでた時。重そうだからって、代わりに持って運んでくれたんだから」
「登校中にすれ違った時は、わざわざ車道側を歩いてくれて……」
「髪を切ったのに気づいてくれて、頭を撫でてくれたこともあるのよ!」
そんな彼女の魅力を真剣に語られてる中、廊下の方から黄色い歓声が聞こえる。
「上原君、楓」
不意に名前を呼ばれ、俺の教室がにわかにざわめき立つ。入り口に立っていたのは、他ならぬ華だった。
「白鷺さん教室まで来てどうしたんですか?」
「この後、職員室まで一緒に来てほしいの」
「わかりました、すぐ準備します」
俺と楓が帰りの支度をしていると、朝話しかけてきた女子たちが、吸い寄せられるように華のもとへ駆け寄っていった。
「白鷺さん! この前は助けていただき、本当にありがとうございました!」
突然の包囲網に華は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに王子様然とした完璧な笑みを浮かべる。
「困っている人を助けただけよ。……ごめんなさい、今は少し急いでいるの。また後でね」
鮮やかに彼女たちの追撃をかわし、俺たちは職員室へと向かった。
「――ということで、学園祭期間中のご協力をお願いします」
華がそういうと居並ぶ教師たちは一様に渋い顔をして黙り込んだ。
現在交渉しているのは、学園祭中の警備シフトについてだ。
例年、近隣住民の出入りが激しいため教師にも協力を仰いでいるが、今年は特に安全性を重視し、配置人数の増員を要望していた。
「……白鷺、気持ちはわかるが、我々も通常業務がある。これ以上の増員は正直言って厳しいぞ」
一人の教師が難色を示すが、華は一歩も引かなかった。
「おっしゃる通りです。先生方の負担が増えることは重々承知しております」
背筋を伸ばし、真っ直ぐに教師たちを見据える。
「ですが、今年は例年以上に外部からの来場者数が増えることが予想されています。もし何かトラブルが起きてからでは遅いのです。生徒たちが安心して楽しめる環境を作るために、どうか、もう一度ご検討いただけないでしょうか」
華は深々と頭を下げる。
その隙のない完璧な所作に、教師たちの間にも動揺が広がった。
「……白鷺さんがそこまで言うなら、検討の余地はあるかもしれんな」
「そうですね。折角生徒会でシフトの草案を作ってくれたんです。こちらでも調整してみましょう」
教師たちの態度が軟化していく。
華の持つ不思議な説得力というか、彼女が頭を下げること自体の重みが、大人たちの心を動かしたようだった。
改めて『王子様』と生徒たちから慕われる所以。教師陣からの圧倒的な信頼感を感じた。
(昨日泊まってた時は大違いだ)
数分の交渉の末、前向きな回答を得て俺たちは職員室を後にした。
「……ふぅ」
廊下に出た途端、華が小さく息を吐き、肩の力を抜いた。
「お疲れ様です。先生方も良さそうな反応でしたね」
「頼みにいってよかったわ」
そう言って俺たち3人は廊下を歩き始める。
「今日はみなさん、いないんですね」
「そうね、私たち3人だけだわ」
華以外の先輩たちは進学に関することで不在らしい。
「私もそろそろ帰らないといけなくて。塾の面談があるんです」
「あら、そうなの。わかったわ」
菊池さんが申し訳なさそうに言い、荷物をまとめて立ち上がる。
つまり、ここからは俺と華の二人きりということだ。
「すみません、お先に失礼します」
そう言って、菊池さんは足早に階段を降りていった。
「……他の人がいないなんて、珍しいな」
お互いにお迎えで早く帰ることが多いためため、こうして放課後の役員室に二人だけで残るのは極めて稀なことだった。
「大地、こっちに来て」
二人きりになったからだろうか。
華の声からは先ほどまでの凛とした響きが消え、自然と俺を呼ぶ声も甘さを帯びる。
「これ、去年の資料なんだけど……同じようなもの、作れるかしら?」
見せられたのは、実行委員向けのマニュアルだった。
「作れるけど、今日中には厳しいかな。3日くらい欲しい」
「……そうね。1週間あれば確実にできる?」
「それなら余裕を持って終わらせられるよ」
「なら、来週までにお願いね」
仕事の話が一段落し、自分の席に戻ろうとしたその時、手首を急に掴まれた。
「……私、さっき頑張っていたわよね?」
不意に引き止められ、振り返る。
どこか不安げで、それでいて期待に満ちた瞳で俺を見上げる華がいた。
「そうだね。そのおかげで先生方も納得してくれたし、本当に助かったよ」
「そうよね……。だから、ご褒美が欲しいのだけれど」
上目遣いで、彼女はさらに言葉を重ねる。
「ご褒美って、何がいいんだ?」
「……肩、揉んで」
「あぁ……わかった」
椅子に座る彼女の背後に回り、その華奢な肩に手を置く。
指先から伝わってくるのは、驚くほどの硬さだった。
「結構、凝ってるな……」
「そうなの。……あ、そこ。もっと強くー!」
「はいはい、わかったって」
注文の多い彼女に苦笑しながら、少しだけ指に力を込める。
普段は誰からも頼られ、完璧に振る舞う『王子様』。
だが、俺の前で見せるのは、こうして我儘を言ったり、甘えたりする無防備な姿だ。
(他の人にも、2人きりだとこんな表情を見せるんだろうか)
「……大地? どうしたの、手が止まってるわよ」
「いや……なんでもない」
胸の辺りが少しチクっとした。




