28 王子様は甘えたい
「たくま君、誕生日おめでとう!」
「わぁー! みんな、ありがとう!」
今日は、待ちに待ったたくま君の誕生日。
華の体調も無事に回復し、予定通り白鷺家でお祝いをすることができた。
俺は今、白鷺家のキッチンで華と並んで立っている。
「お兄ちゃんの唐揚げが食べたい!」というたくま君のリクエストに応えるため、キッチンで調理をしている。
「大地、サラダの盛り付けをお願いしてもいいかしら?」
「了解、任せて」
体調が戻っても、彼女の呼び方は『上原君』に戻ることはなかった。。
本人曰く「『上原君』より『大地』の方が呼びやすいし、しっくりくる」とのことだ。
敬語もこれを機にやめてくれと。
あの看病の日から3日。流石に毎晩泊まるのは俺の心臓が保たないため、華が寝付くのを見届けてから一度帰り、早朝にまた通うというスタイルで乗り切った。
その甲斐あって、彼女の顔色にはすっかり赤みが戻り、いつもの凛とした美しさを取り戻していた。
それぞれの調理が終わり、彩り豊かな料理を食卓へ運んでいく。
「お待たせいたしました。」
テーブルの上には、たくま君の大好物であるトマトのサラダ、俺が揚げたての唐揚げ。
そして、その中央には――
「あ、トンカツだ! お兄ちゃん、これも作ってくれたの?」
「ううん、違うよ。これはお姉ちゃんが、たくま君のために一生懸命作ったんだ」
「えっ!? お姉ちゃんが……?」
たくま君が驚いたように目を丸くし、心配そうに信じられないといった様子で華と俺を交互に見つめる。
「……食べてみて。口に合うか分からないけれど」
たくま君は恐る恐る、一切れのトンカツを箸で取り、口に運んだ。
華は祈るように両手を握りしめ、固唾をのんでたくま君の様子を見守っている。
「……」
数秒の沈黙。華の表情が不安に曇りかけた、その時だった。
「美味しい……! お姉ちゃん、これ、すっごく美味しいよ!」
弾けるような笑顔で叫んだたくま君の瞳には、パッと光が灯っていた。
その言葉を聞いた瞬間、彼女の目元がじわりと潤んだのを俺は見逃さなかった。
「……よかった。本当に、よかったわ……」
「お姉ちゃん、僕、これが一番好き! また作ってね!」
「ええ、もちろんよ。何度でも作ってあげるわ」
それは誰よりも弟のことを思っていた姉の努力が報われた瞬間だった。
食事も一段落し、部屋の明かりを少し落としてケーキを楽しんだ後、いよいよプレゼントを渡す時間になった。
「はい、たくま」
華が棚の上から取り出したのは、大きな包みと小さな箱。
中からは、今子供たちの間で大人気の特撮ヒーローの変身ベルトと、キャラクターが描かれたカードゲームが現れた。
「わあぁ! これ、この前千代ちゃんたちとテレビで見たやつだ! お姉ちゃん、ありがとう!!」
たくま君が飛び上がって喜ぶ姿を見て、華はふっと表情を和らげ、優しくその頭を撫でた。その手つきには、深い愛情が籠もっているように見えた。
「お兄ちゃんからも、はい。お誕生日おめでとう」
「あ、バスケットボールだ! お兄ちゃんがやってたやつだよね! 格好いい……今度僕に教えて!」
「俺も教えるよ。千代も一緒にやるか?」
「やるやる! 私にも教えて!」
俺の提案に千代も元気よく手を挙げ、一気に賑やかな笑い声に包まれた。
そして最後に、俺の母さんと千代が並んで一つの箱を差し出した。
「たくま君、これは私たちが用意したの。……写真立てよ。もしよかったら、お部屋に飾って欲しいなと思って」
「写真を入れるやつ?」
「そうだよ。何か入れたいもの、あるかな?」
母さんに問いかけられ、たくま君は少しだけ首を傾げて考え込んだ。
頭をかきながら「うーん」と悩んでいたが、やがて何かを思いついたように、少し恥ずかしそうに口を開いた。
「……あのね、ここにいるみんなでの写真がいい! お姉ちゃんと、お兄ちゃんと、千代ちゃんと、先生と、みんなで撮ったやつ!」
その言葉に、大人たちは顔を見合わせ、温かい微笑みを交わした。
「もちろんよ」と華が頷き、俺がスマホを取り出してカメラを起動する。
「よし、じゃあタイマーをセットするぞ。みんな、テーブルの周りに集まって!」
俺を中心に、華が隣に並び、その前でたくま君と千代が肩を組む。その後ろで母さんが優しく見守る。
カシャッ、という軽快なシャッター音とともに、俺たちの「家族」のような時間が一枚の画像に収まった。
「……いい写真だね」
みんなでスマホの画面を覗き込み、出来栄えを確認する。たくま君は満足そうに何度も頷いていたが、不意に何かを思い出したように俺の服の裾を引いた。
「お兄ちゃん、僕とお姉ちゃんだけのもとって」
「えっ……!?」
予想外の提案に、俺と華の声が重なった。
「僕、お姉ちゃんが笑ってる写真、この写真立てに飾りたいの。お兄ちゃん、お願い!」
「……そうか。わかった、2人とも並んで」
俺がカメラを構えると、華は少し照れくさそうに、けれど慈しむような表情でたくま君を抱き寄せた。
レンズ越しに見る二人は、本当によく似ている。
カシャッ、とシャッターを切る。
そこには、世界で一番優しくて、温かい姉弟の姿が収まっていた。
「……うん、すごくいい写真だよこれ。」
「 お兄ちゃん、ありがとう!」
たくま君が満足そうに飛び跳ねるのを見て、俺も自然と笑みがこぼれる。
撮影会はこれで終わり――
「お兄ちゃん僕も撮ってみたい!」
そういってたくま君はスマホをせがんだ。
「ん?いいよなに撮る?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん!」
「ぶっ……! な、何言ってるの」
「あら、いいじゃない。たくま君も、2人の写真見たいわよね?」
母さんのパスを受け、たくま君が「見たい見たい!」と勢いよく加勢する。
俺は慌てて華の方を見た。
彼女は、先ほどまでたくま君を抱きしめていた時とは打って変わって、茹で上がったタコのように真っ赤になって固まっている。
「……華、その……嫌、だよね?」
勇気を出して、小さな声で、彼女にだけ聞こえるように尋ねる。
すると、彼女は俯いたまま、俺のシャツの袖をぎゅっと――看病の夜と同じように――強く握りしめた。
「……嫌じゃ、ないわ。……大地と、撮りたい」
消え入りそうな声。
けれど、その言葉には確かな彼女の意思が宿っていた。
たくま君にスマホを預け、俺たちは再びレンズの前に立つ。
集合写真の時よりも、すこし距離を縮めて。
腕が触れ合い、お互いの体温が伝わってくるほどの近さ。
レンズの向こうで母さんが「いい顔してー」と楽しそうに囃し立てる。
「行くよー。はい、チーズ」
シャッターが切られる瞬間、隣にいる華が、ほんの少しだけ俺の方に体を寄せたような気がした。
撮った写真をたくま君と千代が嬉しそうに見せてくる。
画面には、照れ臭そうに笑う俺と、今までに見たこともないような幸せそうな笑みを浮かべる華の姿が映し出されていた。
「じゃあ、これお兄ちゃんが今からプリントしてくるよ。みんな、待ってて」
恥ずかしさを誤魔化すように席を立つと、隣で華も静かに立ち上がった。
「待って。私も行くわ」
昼間の熱気が嘘のように少しだけ涼しい夜の空気。
街灯が点々と続く夜道を、俺たち2人並んで歩き始めた。
「たくま君、本当に喜んでたね」
「ええ。大地たちを呼んで、本当によかった。……ありがとう」
コンビニの明るい照明の下で、マルチコピー機を操作する。
画面に表示される写真を選んでいく。みんなでの集合写真、華とたくま君の姉弟写真。
そして――俺と華、二人のツーショット。
「……俺たちのツーショットも、現像しちゃいますか? なんちゃって」
少し揶揄うつもりで言った言葉だったが、返ってきたのは意外な反応だった。
「……ええ、お願い。うち用に2枚、いいかしら」
「……あ、はい。わかりました」
からかうつもりが、逆に真っ直ぐな瞳で返されてしまった。
俺は顔を真っ赤にしながら、2人で撮った写真の枚数を「3枚」と入力する。
現像された写真を華に手渡すと、彼女はそれを愛おしそうに眺め、嬉しそうに微笑んだ。
帰り道、コンビニの袋を揺らしながら歩く。
「……もうすぐ、新学期ね」
ふと、華が夜空を見上げて呟いた。
明日を過ごせば、もう二学期が始まる。
生徒会としての活動も、文化祭の準備で一気に忙しくなるだろう。
「そうだね。学園祭の準備、頑張らないと」
俺が前を見据えて答えると、隣を歩く華の足がふと止まった。
彼女は悪戯っぽい、けれどどこか熱を帯びた笑みを浮かべて俺を見つめる。
「そういえば、私が風邪を引いていた時『甘えていい』っていったわよね?あれ忘れてないから」
「え……?」
不意を突かれ、俺の心臓が跳ねた。
イタズラな笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる。
「私、大地には、とことん甘えることにしたから。……これからも、よろしくね?」
そう言って彼女は、再び前を向いて歩き出した。
その歩調は先ほどよりも少しだけ軽やかで。
俺は赤くなった顔を隠すように、少し遅れて彼女の隣へと駆け寄った。
新学期が始まれば、彼女はまた「学校の王子様」に戻るのかもしれない。
けれど、俺の隣で笑う彼女が、もう一人の「素の白鷺華」であることを俺だけは知っている。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これにて2章が終了です。
3章では文化祭編に突入し、王子様がさらに積極的に甘えてきます。
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