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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
2章 夏休み

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27 王子様の意外な姿

眠りについた彼女をよそに、俺は残りの家事を片付けることにした。


妨げないよう、掃除機は出さずに静かに掃き掃除を済ませ、散らかっていた小物などを整理していく。


窓の外は、いつの間にか夕刻の色に染まっていた。

静かな部屋の床を照らしている。

時折、寝室から聞こえる穏やかな寝息だけが聞こえる。


「……大地、いる?」


背後から、熱で少し潤んだ、甘えるような声が響いた。

振り返ると、寝室の入り口から、布団を肩にかけたままの、彼女が不安そうにこちらを伺っていた。


(……というか、本当に『大地』って呼ぶんだな)


意識した途端、心臓がうるさく鼓動を始める。が、今は病人相手だ。

「熱のせいだ」と自分に言い聞かせて、平静を装って答える。


「いますよ、ここに。体調はどうですか?」


「……」


問いかけると、彼女はぷいっと顔を背け、俺を無視して黙り込んでしまった。

さっきまであんなに弱々しく俺を呼んでいたのに。


「華さん?」と顔を覗き込もうとすると、さらに布団を深く被って、隙間から鋭い、けれどどこか潤んだ視線を向けてくる。


「……華って、呼んで。甘えていいって、言った」


「え、いや……流石にそれは。先輩ですし……」


「さん付けもいらない!敬語も嫌!……呼んでくれるまで、返事しない」


頬を膨らませ、子供のように意地を張るその姿。

「王子様」の面影は、そこには微塵もなかった。


熱のせいだろうか。それとも、これが彼女がずっと隠してきた「甘えたかった自分」なのだろうか。


覚悟を決めて、喉の奥まで上がってきた熱い空気を吐き出す。


「――華。……大丈夫か?」


その瞬間、彼女の顔がパッと輝いた。

純粋な満面の笑み。


「うん。……大丈夫。でも、お腹空いちゃった。何か作って、大地」


「……」


キャラの変化が激しすぎて、俺の処理能力は限界を迎えそうだ。

さっきお粥を食べたばかりだというのに。だが、少しでも食欲が出てきたのは良い兆候かもしれない。


「わかった。うどんがあるから、温かいのを作るよ。……それを食べ終わったら、俺はそろそろ帰るから。千代や母さんも待ってるし」


「え?」


俺が帰り際の話を切り出した瞬間、彼女の動きが凍りついた。

さっきまでの幸せそうな表情が、悲痛なものへと変わる。


「……帰っちゃうの?」


「いや、流石に夜まで居座るわけには……」


「……嫌。1人にするのは、嫌よ」


ギュッと、俺のシャツの裾を掴む指先に力が入る。


そうは言っても、年頃の男女が一つ屋根の下で一晩過ごすのは、流石にまずい。


それに、今の華は熱のせいか、あるいは素なのか分からないが――この「甘えモード」の破壊力は凄まじかった。

これ以上2人きりでいたら、俺の心臓が朝までもたない。


「……さすがにさ、母さんやたくま君に確認しないといけないから。一度、電話しよう、な?」


「……わかったわ。でも、私からかけるから」


彼女はそう言うと、枕元にあった自分のスマホを手に取った。

俺はうどんを茹でる準備をしながら、彼女の背中越しに会話を耳にする。


「お世話になっております、白鷺です。……はい、おかげさまで少し落ち着きました。たくまは、ご迷惑をかけていないでしょうか……?」


電話の相手はお母さんのようだ。話が進むにつれて彼女の表情が柔らかくなっていく。


「……はい、ありがとうございます。あの、すみません。本当に……厚かましいお願いなのは承知しているのですが……。大地君に、私の看病が終わるまで、こちらにいてもらうことは可能でしょうか……?」


え、と俺は思わず手を止めた。

流石にそんな無茶な頼み、お母さんが許すはずがない。そう高を括っていたのだが――。


「大地ー! お母様、オッケーだって!」


「え、マジで!? ちょっと代わって!」


慌ててコンロの火を止め、華からスマホをひったくるように受け取る。


「もしもし、母さん!? 何考えてるんだよ、普通ダメだろ!」


「あら、いいじゃない。白鷺さんも心細いだろうし、大地なら安心だって言ってたわよ。……それより大地、白鷺さんといつから付き合ってたの?」


「違う! そんなんじゃないって! 彼女は風邪で弱ってるから、ちょっと判断が……」


「ふふ、そうなのね。たくま君もね、お願いしますって張り切ってるわよ。今日はもう遅いし、そのまま泊めてもらいなさい。明日の朝、着替えでも持って行ってあげるから」


電話越しでも分かるほど、母さんはニヤニヤと楽しんでいる。完全に面白がられている。


「……わかったよ。今日は、このままいさせてもらうから」


観念して電話を切ると、ベッドの上の華はこちらを向いて、得意げに親指を立ててみせた。

まさかのサムズアップ。


「華って、俺といる時……学校と全然雰囲気が違うよな」


思わず、心の声が漏れてしまった。

今日はやたらにテンションが高い。

風邪の影響で自律神経が乱れ、寂しさやネガティブな感情が昂っているだけなのだろうか。


「……家族のこと、大地に知られちゃってるからね。他の人の前だと、それがポロッと出ないように、ずっと気張ってなきゃいけないから」


彼女は少し視線を落とし穏やかに言葉を紡いだ。


「それに……大地がこうやって私に寄り添ってくれたから、『素』の自分を出せるの。あなたの前では、無理に『学校の王子様』でいなくていいんだって、そう思えるから」


すとん、と腑に落ちる感覚があった。

彼女を「王子様」というレッテルに縛り付けていたのは、他の生徒たちだけじゃない。

俺自身もどこかで、彼女は『王子様である』と思っていたのかもしれない。

熱があるから、体調を崩しているから、今だけ限定で俺に甘えているのだと思っていた。


けれど、違ったんだ。

うちでハンバーグを食べていた時の、あのキラキラとした笑顔。

お疲れ様会の帰り道、弾むように話してくれた横顔。

『買い物デート』の時、俺のパフェを欲しそうに覗き込んできた子供っぽい仕草。


(……ああ、そうか)


断片的な記憶が、一つの線で繋がっていく。

仮面の裏側に隠されていた、少し食いしん坊で、甘えん坊で、寂しがり屋な一人の少女。


「本当の華は……こっちなんだな」


俺が呟くと、彼女は熱のせいか、あるいは照れのせいか、耳の先まで赤くして布団に顔を埋めた。


「……あんまり見ないで。今は、髪の毛もボサボサだし寝起きでかわいくないんだから」


「格好悪くなんてないよ。……むしろ、こっちの華の方が好き、かも」


「――っ!」


言い終わる前に、彼女が勢いよく布団を被り、完全に繭になってしまった。


静かな部屋に、俺の心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。


食事も終え、お風呂を借り俺はリビングで寝させてもらうことにした。流石に一緒の部屋に寝ることはできない。


「ねぇ……大地。たくまの誕生日までに治せるかな?」


泣きそうな声でそう声をかけてくる。

不安なんだろう。

みんなで誕生日を祝うといったのに自分のせいで台無しにしてしまうのが。


「安静にしていれば大丈夫。たくま君の誕生日は元気にお祝いしよう」


「うん……ありがとう」


そういって彼女の寝息が聞こえてきた。

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