24 王子様とのデート?
「……痛たたた」
朝、目が覚めた瞬間に全身を走ったのは、これまでに経験したことのないような激しい筋肉痛だった。
昨日の大会でギアを入れすぎた報いだ。
ベッドから這い上がるだけでも一苦労で、着替えを済ませる頃には、額に薄っすらと汗が浮かんでいた。
それでも、今日は休んでいるわけにはいかない。
数日後に迫ったたくま君の誕生日に向けて、白鷺さんとプレゼントを買いに行く約束をしていたからだ。
「よし、行くか……」
気合を入れ直して家を出る。
待ち合わせ場所の駅前ロータリーに向かうと、そこには既に白鷺さんの姿があった。
いつもの制服姿とは違う、落ち着いた色合いのブラウスにロングスカート。
その周りには、遠巻きに彼女を見つめる人だかりや、勇気を出して声をかけているらしい女性の姿が見えた。
「白鷺さん、お待たせしました!」
俺が声をかけると、彼女に話しかけていた女性は、俺を「連れの男」だと認識したのか、そそくさとその場を立ち去っていった。
「助かったわ。……あら、上原君。歩き方が少し変じゃないかしら?」
「あはは、分かりますか。昨日、久しぶりに本気で動いたので……全身バキバキなんです」
「無理をさせてしまったわね。……では、行きましょうか」
白鷺さんは少しだけ申し訳なさそうに、けれどどこか楽しげに歩き出した。
目的地は隣駅にある大型のショッピングモールだ。
週末の電車内は混み合っており、俺たちはドアの近くに並んで立った。
揺れに合わせて筋肉痛が悲鳴を上げるのを堪えていると、白鷺さんがふとスマホを取り出した。
「昨日、随分と活躍したんですってね。南さんや鏡花から聞いたわ」
「いえ、チームの2人のおかげですよ。俺なんて、ただボールを運んでいただけですから」
「あら、じゃあこの動画は何かしら?」
そう言って彼女が見せてきたのは、ある動画だった。
そこには、俺が有村先輩のマークを鮮やかなステップでかわし、空中で体を捻りながらシュートを沈める瞬間が収められていた。
「えっ……これ、鶴見さんですか?」
「ええ。『うちの子が本気を出したらこんなもんよ』って、みんなに自慢していたわよ。他の子たちも『かっこいい』って言っていたわ」
「……勘弁してくださいよ、本当に」
スマホの画面を隠すように手をかざしたが、白鷺さんはくすくすと喉を鳴らして笑っている。
彼女がこんな風に俺をからかってくるのは珍しい。
学校での凛とした姿とは違う、柔らかい表情。
俺の心拍数は筋肉痛とは別の意味で少しだけ跳ね上がった。
ショッピングモールに到着すると、休日の喧騒が俺たちを出迎えた。
「広いですね。まずはどこから行きますか?」
俺が地図を広げて尋ねると、白鷺さんは少しの間考え込んだ後、フロアガイドの一点を指差した。
「3Fのおもちゃ売り場へ行ってみましょう。たくまが最近、何かのロボットを欲しがっていたような気がするの」
エスカレーターに乗って3階へ向かう。
おもちゃ屋さんに足を踏み入れた瞬間、色とりどりの商品と子供たちの歓声に包まれた。
棚を一つずつ眺めながら歩いていると、白鷺さんが巨大なロボットの模型の前で立ち止まった。
「たくまが好きなのってこれかしら」
「あ、これはちょっと違いますね。たくま君と千代が今ハマってるのはこの辺りですかね」
そういってお目当てであろうコーナーへ連れて行った。
商品の多さに白鷺さんはとても戸惑っていた。
「たくま君の年齢なら、こっちの合体シリーズの方が喜ぶんじゃないですか? 千代も、こういうギミックがあるものが好きですし」
そういって何点かピックアップすると吟味しはじめた。
「これだったら千代ちゃんと遊べるかしら……」
「うーんこれだともっと欲しいってなっちゃうし」
その姿は弟の笑顔を願う優しい「姉」そのものだった。
「お待たせ。……これにするわ」
白鷺さんが選んだのは、約1時間ほど悩み特撮ヒーローの変身ベルトと、キャラクターが描かれたカードゲームを買うことにした。
「喜んでくれるといいですね。……さて、次は俺の番だな」
「えっ? 上原君、あなたもたくまに何か買うつもりなの?」
俺が棚の奥へと足を向けようとすると、白鷺さんが驚いたように声をかけてきた。
「? はい、もちろんです。千代も『たくま君にお誕生日のお祝いをしたい』って張り切っていましたから」
「でも、いいわよ。お金もかかってしまうし、それに……あなたとたくまが出会ってから、まだそんなに経っていないじゃない」
申し訳なさそうに眉を下げる彼女に対し、俺は足を止めて笑いかけた。
「出会った時間なんて関係ありませんよ。千代はたくま君が家に遊びに来てくれるのを本当に楽しみにしていますし、俺も、あの子の笑顔が見たいんです」
「……わかったわ。わざわざありがとう」
白鷺さんは少しだけ視線を泳がせた後、小さく頷いて俺の後ろをついてきた。
とはいえ、いざ選ぶとなると難しい。
千代の時はぬいぐるみが定番だったから簡単だった。
「うーん、たくま君、何か好きなものって他にありますか?」
「そうね……。この前あなたの家で食べたハンバーグが一番美味しかった、また食べたいと言っていたわ」
「ハンバーグですか? それは嬉しいですけど……。せっかくだから、今日は形に残るものをあげたいんですよね」
俺が腕を組んで悩んでいると、白鷺さんはおもちゃ売り場の端にあるスポーツ用品コーナーを指差した。
「……バスケットボールはどうかしら」
「え、バスケットボールですか?」
意外な提案に、俺は思わず聞き返した。
「昨日のバスケの動画をたくまに見せたら、ずっと『大地お兄ちゃん、かっこいい!』って大興奮だったの。自分もあんな風にボールを投げてみたい、って言っていたわ」
あの動画はたまたまうまくいったところが切り抜かれただけ。
でも、俺のプレイでバスケに興味を持ってくれた。それだけで嬉しかった。
「……決まりました。たくま君専用の、少し小さめのボールを探しましょう」
俺たちはスポーツコーナーへ向かい、子供の手でも扱いやすい、鮮やかなオレンジ色の4号球を選んだ。
手に取ると、心地よいラバーの感触が手に馴染む。
いつかこのボールで、たくま君にシュートを教える日が来るのかもしれない。
「よし、これで完璧ですね」
会計を終え、俺の手には新しいバスケットボールが入った袋、白鷺さんの手には大きなロボットの袋。
「上原君。今日は本当に助かったわ。……少し座って休みましょうか」
そういって俺たちはショッピングモールの飲食スペースに向かった。




