23 元カノとの再会
目の前に立ち尽くす少女――米原和香。
その姿を認めた瞬間、俺の思考は数年前の日々を思い出させていた
和香は中学時代の同級生であり、同じバスケ部の仲間だった。そして、俺の「元カノ」でもある。
女子バスケ部のエースとして都内でも名を馳せていた彼女は、その実力に見合うだけの強気な性格をしていた。
中学時代、俺はいつも彼女の尻に敷かれていた。
「……青葉がどうしてもって言うから、今日だけ、渋々参加してるんだよ」
沈黙に耐えかねた遠藤が、どこか気まずそうに助け舟を出した。
だが、和香の鋭い視線が和らぐことはない。
「は? 青葉もいんの? あいつ……。あんだけ私のこと毛嫌いしてた癖に、上原を引っ張り出すなんていい度胸してるじゃない」
青葉と和香は、中学の頃から致命的に相性が悪かった。
顔を合わせればすぐ喧嘩。
今は苦い思い出だ。
「……その、元気だった、米原さん?」
「『米原さん?』……。他人行儀に呼ぶのは勝手だけど、アンタに心配される筋合いなんてないわよ」
和香は吐き捨てるように言った。
当然の反応だ。
いい別れをしていない俺たちだから尚更だ。
「てか、上原君。バスケ、再開したんだね」
横から、遠藤の彼女が少し驚いたように声をかけてきた。その言葉が、和香の苛立ちに火をつけたのが分かった。
「……いや、今日だけだよ。バスケはもう、やってない。これはただのイベントだし」
「……っ、相変わらずね」
和香が大きく舌打ちをした。
彼女は俺の顔を見るのも限界だと言わんばかりに、踵を返して歩き出す。
遠藤の彼女たちが「和香! ちょっと待ってよ!」と慌てて後を追っていった。
嵐が去った後のような、重苦しい沈黙が俺たちの間に残る。
「……まさか米原が来てるとはな。ごめんな、上原」
「いや、お前の彼女が来てるんだ。親友の米原さんが一緒にいても、おかしくないだろ」
俺は努めて平然を装って答えたが、喉の奥がヒリついているのを感じていた。
「あいつには結局、家庭の事情のこと、話してねーんだろ?」
「……今さら話しても、言い訳にしか聞こえないよ」
あの時、父さんのことがあって、俺にはバスケを続ける余裕なんてなかった。
けれど、あの子には自分の惨めな家庭環境を知られたくなかった。
だから俺は「バスケに飽きた」と嘘をついて、彼女とバスケの前から消えた。
「大地先輩! 遠藤先輩! 他のブロックの結果が出ましたよ!」
突如、遠くから青葉が手をブンブンと振りながら駆け寄ってきた。
彼女の無邪気な明るさが、澱んでいた空気を強引に塗り替えていく。
「……行こう。もうすぐ決勝トーナメントだ」
「ああ、そうだな」
俺たちは顔を見合わせ、青葉の待つ掲示板へと向かった。
「見てください先輩! 決勝トーナメントの組み合わせが出ました!」
青葉が指さした掲示板には、勝ち抜いた4チームの名が並んでいた。
その表を見た瞬間、俺たちの間に緊張が走る。
「……やっぱり、上がってきたか」
遠藤が低く呟く。
Aブロックを勝ち上がってきたのは有村先輩率いるチーム。
そして、Dブロックを制したのは、南先輩や鶴見さんたちの女子バスケ部チームだった。
「一回戦、わたしたちはAブロックの有村先輩たちと。隣のコートでは、南先輩たちのチームと社会人チームが戦うみたいですね」
「……最悪のクジ運だな」
俺の言葉に、青葉がこくりと頷いた。
「よお、『いい子ちゃんたちのパシリ』が、なんで遠藤たちと一緒にいんだ?」
コートへ向かおうとした俺たちの前に、有村先輩が立ちふさがった。
取り巻きを引き連れ、こちらを小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべている。
「中学の時、少しだけバスケをやってたんです。今回は青葉に誘われて、人数合わせで出てるだけですよ」
俺は努めて感情を殺し、事務的に答えた。
だが、有村先輩の挑発は止まらない。
「ふーん、あっそ。まぁ、遠藤と桐原の『金魚の糞』をしてりゃ、そこまでは来れるわな。でもな、君じゃ釣り合わないからさっさと辞めれば? 」
人の神経を逆撫でする言葉が、次々と吐き捨てられる。
背後で遠藤と青葉が、射殺さんばかりの鋭い視線を有村先輩に向けているのが分かった。
青葉にいたっては、今にも掴みかからんばかりの勢いだ。
「——作戦会議をしましょう。あの人の言葉、聞くだけ時間の無駄です」
青葉が俺たちを促し、コートの隅へと移動した。
遠藤はイライラした様子で首を鳴らし、青葉は悔しそうに唇を噛んでいる。
「……大地先輩、あんな言い方ないですよ! 」
「いいんだ、青葉。……それより、次の試合だけど」
俺は二人の目を真っ直ぐに見つめた。
今までの俺なら、きっと「二人の邪魔をしないように立ち回る」と言っていただろう。だが、今の俺の胸の奥には、自分でも驚くほど冷たく、鋭い火が灯っていた。
「今回は……俺にボールを集めてくれないか?」
その言葉に、二人は言葉を失ったように目を見開いた。
「上原……お前、本気か?」
遠藤が確認するように問いかけてくる。
俺は力強く頷いた。
「有村先輩のマークは、たぶん下手だと思っている俺に集中するはず。あえて俺が攻めることで、相手のディフェンスを揺さぶりたい。……それに」
「……言われっぱなしは癪だしな」
俺の言葉に、遠藤が不敵に笑い、青葉がパッと表情を輝かせた。
「……わかった。お前がそこまで言うなら、心中してやるよ」
「大地先輩……はい! 最高のパス、絶対に出しますから!」
試合をつげる笛が鳴る。
「おいおい、本当にお前がボールを運ぶのか? 恥をかくだけだぞ」
マッチアップした有村先輩が、嘲笑を浮かべながら重心を低くする。
「……いいから、来てくださいよ」
俺は低く、静かに告げた。
直後、フロントコートに入った瞬間、有村先輩が強引なプレッシャーをかけてくる。
(……なるほど、こういうタイプか)
中学時代、嫌というほど相手にしてきた力押しのプレイヤー。
俺はわざとバランスを崩したふりをして、彼の突進を受け流した。
有村先輩の体が泳いだ一瞬の隙を見逃さずボールを右から左へ。
「なっ……!?」
有村先輩が反応した時には、俺はもう彼の真横を通り抜けていた。
ヘルプに来た相手チームのセンターを、空中で体を反らせるダブルクラッチで回避し、ボールをそっとリングに置く。
乾いた音がして、ネットが揺れた。
「……こんなもんか」
コートに戻る俺の背中に、有村先輩のどよめきと、観客席からの微かな歓声が刺さる。
ここからは、俺の独壇場だった。
有村先輩は焦りからか、さらにプレイが荒くなっていく。
強引なドリブルで突っ込んでくる中、コースを塞ぎ、ファウルにならないギリギリのタイミングでその手元からボールを奪う。
「青葉!」
「はいっ!」
青葉にパスを飛ばし、俺はすぐさまコーナーへと走る。
青葉からのリターンのパス。
迷わず放ったシュートは、美しい放物線を描いてリングの真ん中を射抜いた。
観客からどよめきと歓声が聞こえる。
その後も、俺は面白いようにシュートを沈め続けた。
有村先輩はもはや、バスケではなくただ俺を突き飛ばそうと躍起になっていたが、一度火がついた俺の感覚を止めることはできなかった。
場内に試合終了のブザーが鳴り響いた。
電光掲示板に表示されたスコアは「21-5」。
俺が一人で15点を稼ぎ出し、残りの6点を青葉と遠藤が分け合う形での完勝だった。
コートの中央で肩で息をする俺の前に、有村先輩が膝をついている。
その顔には先ほどまでの余裕はなく、ただ信じられないものを見たというような屈辱の色だけが浮かんでいた。
俺は真っ直ぐに青葉と遠藤のもとへ歩き出した。
「……ナイスゲーム、2人とも」
「大地先輩さすがです!やっぱり先輩は最強です!」
青葉が興奮した様子でハイタッチを求めてくる。
俺はそれに応えながら、少しだけあの日々を思い出した。




