22 ストリートバスケ
土曜日の午前。
太陽がアスファルトを焼き、公園の空気は熱気をはらんでいた。
今日はストリートバスケのイベント当日だ。
「先輩、ついにこの時が来ましたね! 暴れまくりましょう!」
隣でボールを器用に回しながら、桐原青葉が弾んだ声で言ってくる。
会場となる公園の特設コートには、想像を絶する数の人だかりができていた。
(……おいおい、思ったよりガチガチの大会じゃないか)
周囲を見渡すと、本格的なユニフォームに身を包んだ屈強な男たちや、SNSで見かけたことのある有名なバスケインフルエンサーの姿まである。
お祭り気分のイベントだと思っていたが、どうやらこのコートの上では、純粋な実力だけがモノを言うらしい。
「上原、見ろよ。あれ……」
遠藤が苦虫を噛み潰したような顔で、俺の肩を強く叩いた。
「なんだよ、痛いな……」
彼が指さす方へ視線を向けると、俺の体から一気に温度が引いていくのがわかった。
人混みの中で、取り巻きを引き連れて不遜な笑みを浮かべている男――。
以前、ホールで俺たちと揉め、生徒会にまで因縁をつけてきた、有村先輩だった。
「おい待て、あの人なんでここにいるんだよ。受験生だろうに」
「さあな。大して上手くもないくせに、暇なんだろ。」
遠藤が吐き捨てるように言う。
俺と遠藤はあの人と相性が悪い。
できることなら、あの人とは戦いたくない。
嫌な予感に背筋を寒くしていると、突然、背後から凄まじい衝撃が走った。
「いったー! ……今度はなんだよ!?」
振り返ると、そこには両手でピースサインを作って満面の笑みを浮かべる鶴見さんの姿があった。
「鶴見さん!? な、なんでここに……」
「えへへ、私たちもこれに出るからだよー!」
彼女が親指で指し示した先には、二人の女性が立っていた。
この前の昼休み、一緒にバスケをして以来の付き合いになる女子バスケ部の先輩たちだ。
「やっほー、『ナイトくん』。久しぶりね。青葉に遠藤くんまでいるとは驚いたわ」
「南先輩! お久しぶりです。まさか先輩たちが出場されてるなんて思いませんでした」
女子バスケ部の主力メンバーの登場に、青葉も目を輝かせて駆け寄っていく。
「ナイトくん」――。
すっかりその不名誉なあだ名で定着してしまったらしい。
「あはは! 大地くん、そんなに驚かなくてもいいじゃん。私たち『百葉高校女子バスケ部』の快進撃、しっかり見ててよね!」
鶴見さんは無邪気に笑っているが、隣に立つ南先輩たちの視線は鋭い。
有村先輩という暗雲は立ち込めているものの、味方の顔ぶれを見たことで、俺の心に少しだけ闘志が灯った。
「……なるほど。これはうかうかしてられませんね」
「そうこなくっちゃ! 決勝で戦えるのを楽しみにしてるわよ、ナイトくん」
開会式が終わり、いよいよイベントが本格的に動き出した。
参加チーム数は予想以上に多く、4つのブロックに分けられていた。
各ブロックでトーナメントを行い、勝ち抜いた一位チーム同士が、最後に決勝トーナメントで頂点を争うという形式だ。
「有村さんがA、鶴見さんたちはDブロックか。俺たちはCブロック。……当たるなら決勝ってわけだ」
「勝ち抜けには三回戦う必要があるのか。……意外とハードだな」
照りつける太陽の下、立っているだけで体力が削られていく。
隣に立つ青葉は、そんな暑さを微塵も感じさせない。
生き生きとした表情でバッシュの紐を締め直していた。
「先輩、そんな弱気でどうするんですか! 決勝で南先輩たちを倒すのが、今日の私の目標なんですから!」
「……ああ、わかってるよ。やるからには勝たないとな」
俺たちの初戦の相手は、いかにも「バスケ一筋」といった風貌の、ガタイの良い同年代の男子三人組だった。
こちらのチームに女子である青葉がいるのを見て、心なしか余裕の笑みを浮かべている。
「とりあえず最初は、青葉中心で点を獲りに行くぞ」
試合直前、遠藤が円陣を組むように俺たちを寄せた。
「俺があの一番デカい奴のマークにつく。青葉は外からでも中からでも好きに暴れろ。……で、上原。お前は適当に空いてるスペースで放っておけ」
「先輩は下手に動いてスタミナ切らさないでください。私、うまくなったんですよ。見ててください」
「了解。少し楽させてもらうよ」
「よーし、行きますよ先輩たち!」
青葉の号令とともに、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
だが、試合が始まった瞬間、相手チームの余裕は文字通り「消し飛ぶ」ことになった。
「えっ……速っ——!?」
相手のガードが反応するよりも早く、青葉が低く鋭いドリブルでフロントコートへ侵入する。
1人、2人と鮮やかなクロスオーバーで抜き去り、そのままふわりと宙を舞った。
綺麗なフォームから放たれたレイアップシュートが、吸い込まれるようにゴールネットを揺らす。
「……まじか」
俺はマークにつこうとした相手の横で、ただ呆然とその光景を見ていた。
青葉の独壇場だった。
彼女の動きは、中学の時よりも大きく次元が違った。
遠藤がゴール下でどっしりと構えて相手のセンターを封じ込めているおかげで、青葉は誰にもコートの上を自由自在に駆け巡っている。
俺の仕事といえば、時折飛んでくるリバウンドを必死に拾い、すぐに青葉へパスを戻すことくらいだ。
「ナイスパスです、大地先輩!」
シュートを決めた青葉が、駆け寄りながらパチンとハイタッチを求めてくる。
その弾けるような笑顔と、コートを支配する圧倒的な才能。
1戦目は、終わってみればダブルスコア以上の大差をつけての圧勝だった。
ベンチに戻り、スポーツドリンクを煽る青葉に声をかける。
第1試合を圧倒的な点差で制した後、俺たちはベンチへと戻った。
灼熱の太陽の下、スポーツドリンクを一気に喉に流し込む。
隣では青葉が、興奮冷めやらぬといった様子で額の汗を拭っていた。
「青葉、本当に上手になったね。正直、もう俺は敵わないよ」
「本当ですか!? ありがとうございます! でも、まだまだですよ。先輩が本気出したら、ここにいる全員、敵わないですよ」
そう言って、青葉は満面の笑みをこちらに向ける。
相変わらず先輩を立てるのがうまい子だ。
こうして素直に喜びを表現できる彼女の「後輩適性」の高さには、いつも感心させられる。
その後、俺たちは2回戦、3回戦と順調に駒を進めた。
特に3回戦は相手のガードが粘り強く、苦戦を強いられたが勝負どころでの遠藤のブロックと、青葉の勝負強いスリーポイントが決め手となり、なんとか勝利を収めることができた。
「よし……Cブロック、優勝だな」
遠藤が短く言い、俺たちは日陰へと避難した。
他のブロックの試合が終わるまで、しばしの休息だ。
コートの周りには、青葉の華やかなプレイに魅了された観客たちが集まり始めていた。
「今のシュート、すごかったね!」「どこの学校?」と、彼女はいつの間にか現れた地元のメディア?らしき人からインタビューまで受けている。
遠藤もまた、2回戦からの活躍が目に留まったのか、他校のバスケ部員らしき連中に声をかけられていた。
(……すごいな、2人とも。これ、俺がいなくても勝てたんじゃないか?)
そんな、少しだけ自嘲気味な考えが頭をよぎる。
俺は頭からタオルを深く被り、熱を持った体を休めるためにそっと目を閉じた。
蝉の声と、遠くで響くバッシュの音。
それだけを聴きながら、このまま意識を飛ばしてしまいたい気分だった。
「バスケの試合でるって私聞いてないんだけど」
突如として、喧騒を切り裂くような甲高い声が聞こえた。
聞き覚えのある遠藤の彼女の声だ。どうやら友達を引き連れて応援に来てくれたらしい。
「悪いかよ。ちょっとした運動不足解消だ」
「運動不足解消って、あんた本気出しすぎでしょ。……って上原君!?」
彼女が俺の方を指差したのだろう。
俺はタオルの隙間から、渋々といった様子で顔を上げた。
そこには、遠藤の彼女と、その友人たちが数人立っていた。
日差しを遮るために片手でバイザーを作り、俺の方を凝視している集団。
その中の一人と目が合った瞬間、俺の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
「……え?」
相手も同様だった。
驚きで目を見開き、信じられないものを見るような、それでいてひどく苛立ったような視線。
「……アンタがなんで、ここにいんのよ!」
その言葉とともに、彼女が俺を強く指差した。
——そこにいたのは、俺の『元カノ』だった。




