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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
2章 夏休み

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20/72

20 王子様へのサプライズ

白鷺さん達がウチに来てから、もう4日が経っていた。


「んじゃあみんな夏休みだからって羽目を外しすぎるなよ——解散!」


担任のその声を合図に、教室中から歓声が弾けた。

部活に打ち込むもの、受験対策に追われるもの、家でひたすらのんびりするもの。

廊下を流れる人の波は、いつにも増して軽やかだった。

俺はその流れに逆らうように、4Fの生徒会室へと向かっていた。


「みなさんお疲れ様でーす」


室内は静かだった。

白鷺さんが一人、文庫本を読んでいた。

2人きりになるのは、白鷺さんたちがウチに来た日以来だ。


「お疲れ様、上原くん」


本から顔を上げた白鷺さんは、いつもの凛とした表情のまま立ち上がり、小さな紙袋をこちらへ差し出してきた。


「改めて、この前のお礼よ。たくまも家で上原くんの話ばかりしているから……」


袋の中には、見るからに上質な菓子の詰め合わせが入っていた。

相変わらず律儀というか、きっちりしているというか。

受け取るのを少し躊躇っていると、彼女は構わず俺の手に押しつけてきた。


「白鷺さん、気を遣わなくて大丈夫ですよ。……せっかくだから、みんなで一緒に食べませんか?」


「……それ、持って帰りたくないだけじゃないの」


「否定はしません」


正直に言うと、白鷺さんはふっと小さく息をついた。

コレをウチに持ち帰ったら、母さんに逆に気を遣わせてしまう。

ここで消化するのが一番丸い。


「……わかったわ」


渋々ながら納得してくれたのか、彼女はお菓子の袋をテーブルの中央に置いた。


「ところで——今日の放課後、上原くんは参加するの?」


「そうですね、参加しますよ」


放課後の、というのは生徒会メンツでのお疲れ様会のことだ。

ファミレスに集まろうという話になっていた。

白鷺さんは『用事がある』と断ったと聞いていた。


「ならお迎えには行かないのね……」


彼女はそう言って、また本に視線を落とした。 その横顔が、ほんの一瞬だけ——寂しそうに見えた。


「あ、いえ。今日は一度幼稚園に寄ってから合流する予定なんです。母さんに用事があって」


白鷺さんが顔を上げ、意外そうにこちらを見た。


「……そうなの」


それからしばらく、たくま君のこと、千代のこと、幼稚園の話で話が弾んだ。

白鷺さんは普段より少しだけ口が軽く、たくま君の好き嫌いが多くて困るとか——そんな世間話をしていた。


そんな中で、彼女はふと表情を引き締めた。


「今日……私とたくまのことは言わないで欲しいわ。話題になっても、適当に誤魔化してくれると助かる」


その言葉は静かで、でもどこか——壁を感じさせた。

心配をかけたくない、というよりも、土足で踏み込まれたくない、という気持ちの方が強いのかもしれない。


「そんな、もちろん言いませんよ」


白鷺さんは「ありがとう」とだけ言って、また本へ視線を戻した。

その横顔は普段の「王子様」そのままで、でも俺にはもう、その奥にあるものが少しだけ見えるような気がしていた。


なんてことを考えていると、引き戸が勢いよく開いて他のメンバーが雪崩れ込んできた。


「やっほー! って、このお菓子は?」


「白鷺さんが買ってきてくれたんです」


「まじで! すごい高そうじゃん。食べていい?」


「はい、みなさんでどうぞ。今飲み物入れますね」


俺は棚の方へと向かった。

生徒会室には、学校への貢献を認められているからか、私物を持ち込めて、ある程度融通がきく。


電気ケトルやコップもそのひとつで、いつの間にかお茶を淹れたりなどこういった細々としたことが俺の役割になっていた。

5人分のコップに、それぞれのリクエストに合わせてお茶を淹れ、提供した。


そうして俺たちはお菓子をつまみながら、夏休み前最後の会議を進めた。


議題は学園祭に向けての予算と日程の調整、意見箱への回答、学校説明会のボランティアの割り振り——体育祭が終わったと思ったら、次はもっと大きな山が待っていた。


ちなみに意見箱を確認したところ、俺の生徒会への選出理由に関する文句が10通ほど入っていたらしい。

かなしい。


それでも会議は淡々と進み、気づけば部屋に差し込む光はオレンジ色に変わっていた。


「私そろそろ行くわね。夏休み明け、また」


白鷺さんが荷物をまとめて立ち上がった。

たくまのお迎えがあるから、というのは言葉にしなくてもわかった。

他のメンバーが「お疲れー」と声をかける中、俺も急いで準備をして廊下へ出た。


「みなさん、後でそちら向かいます。場所のURLチャットで飛ばしといてください」


先を歩く白鷺さんの背中に声をかけると、彼女は振り向かずに軽く手を上げた。

俺はその背中を追いかけた。


幼稚園に着くと、2人はもう帰る準備を済ませていた。

帽子をかぶって、連絡袋を手に持って、並んで待っている。

テンションが高いのか、2人とも小さく鼻歌を歌っていた。


「たくま、帰るわよ」


「僕今日お兄ちゃんの家いくよ?」


「え?」


白鷺さんの声が、素で裏返った。

俺と、隣に立っていた母さんを、交互に見比べてくる。


「今日金曜日だから、千代の好きな映画がテレビでやるのよ。だからたくま君も誘って、一緒に見ようって言ったの」


俺の代わりに母さんがにこにこしながら説明してくれた。

我ながら上手い作戦だと思う。


「そういうことです、白鷺さん。母さんと2人の邪魔しちゃいけないんで、せっかくですし俺たちは外で食べていきましょうか」


そう言うと、白鷺さんははっとしたような顔をした。 俺と母さんが仕組んだのだと、気づいたのだろう。


「あなた仕組んだわね」


「いえいえ、それより『みなさん』に電話しましょう」


彼女はしばらく何か言いたそうに口を開きかけた。 それから小さくため息をつき、スマホを取り出して電話をかけた。

電話相手はもちろん——


「もしもし華ちゃん、どうしたの?」


鳥羽さん達だ。 スピーカーにしているらしく、会話が俺にも聞こえてくる。


「今日のお疲れ様会なのだけど、もう1人入れるかしら? 参加できることになったから」


その声は、いつもより少しだけ不安そうだった。


「え!? 華ちゃん来てくれるの!? やったー! みんな、華ちゃん来れるって——!」


スマホ越しの声は弾んでいた。

続いて他の誰かの歓声も聞こえてきて、向こうの様子が目に浮かぶようだった。


「場所送るから! 待ってるね!」


電話が切れた。

白鷺さんは通話の間、ずっと嬉しそうな顔をしていた。

スマホをしまうと、俺と母さんに向かって深々と頭を下げてきた。


「上原くん、お母様、私のために気を遣ってくださってありがとうございます」


「? なんのことかしら。今回誘ったのは千代だから、私たちには心当たりがないわ。ほら、2人ともいってらっしゃい!」


「「お兄ちゃん! お姉ちゃん! いってらっしゃーい!」」


3人に見送られて、俺たちは幼稚園を後にした。

母さんはしらばっくれていたが、白鷺さんにはお見通しだろう。

彼女に改めてお礼を言われる。


「上原くん、改めて気を遣ってくれてありがとう」


ファミレスへ向かう道すがら、彼女がそっと声をかけてきた。

誤魔化そうかとも思ったが、もう察しているだろう。

正直に答えることにした。


「俺が白鷺さんとも行きたかっただけですよ」


少し格好をつけながら、俺たちは駅前広場へと続く道を並んで歩いていった。


駅前広場まで来ると、見慣れた顔ぶれがすでに集まっていた。


「あ!来た来た——」


鳥羽さんが俺たちの姿を見つけるなり、大きく手を振ってきた。


「ほんとに来てくれると思わなかった!ありがと華ちゃん!」


鳥羽さんは白鷺さんの両手をぎゅっと握って、感激したように揺らした。白鷺さんは少し面食らいながらも、されるがままになっている。


「3年生4人でこうやってご飯いけるの初めてだね!」


白鷺さんはそれを聞いて、少しだけ目を瞬かせた。 意外だったのだろう。

自分が来ることを、こんなに素直に喜んでもらえるとは思っていなかったのかもしれない。


「……ありがとう」


小さな声だったが、確かにそう言った。


ファミレスに入るとボックス席に全員で押し込んで、程なくしてドリンクバーとフードの注文を済ませた。


話題は夏休みの予定、学園祭のこと、バイトの話、他愛もないことばかりだったが、笑い声が絶えなかった。


白鷺さんはいつものように口数が多いわけではなかった。

けれど誰かが話しかければちゃんと返して、笑うところでは笑っていた。

学校での凛とした「王子様」とは少し違う、もう少し柔らかい顔をしていた。


俺はドリンクバーのコーヒーを片手に、その様子をなんとなく見ていた。


「大地くん、なにニヤニヤしてるの?」

菊池さんにそう指摘されて、俺は慌てて顔を引き締めた。


「ニヤニヤしてない」


「してたよ完全に」


「してない」


そんなやり取りをしていると、白鷺さんがこちらをちらりと見て、小さく笑った。 声には出さず、ほんの少しだけ。


店を出たのは21時を少し過ぎた頃だった。


「また夏休み明けに! 学園祭が終わっても、またみんなで行こうね!」


別れ際、名残惜しそうに身を乗り出す鳥羽さんに対し、白鷺さんは少しだけ視線を泳がせた後で答えた。


「……考えておくわ」


その言い方は、普段の「王子様」らしい完璧な拒絶や肯定ではなく、年相応の少女が少しだけ照れを隠しているような、素直な響きを含んでいた。


帰り道、俺たちは街灯がまばらに続く夜道を、母さんが待つ俺の家へ向かって歩いていた。


「……上原君。今日は、本当にありがとう」


白鷺さんは、いつになく弾んだ声で語りかけてきた。


「いえ。皆さんも楽しそうでしたし、誘ってよかったです。白鷺さんも、少しは息抜きになりましたか?」


「ええ。お陰様で……。とても楽しかったわ」


そこからの白鷺さんは、俺が知っている彼女とはまるで別人だった。

菊池さんが注文したパフェの大きさに驚いていたこと、鳩ヶ谷さんがポテトを食べる手が止まらなかったこと、鶴見さんの恋バナがいかに飛躍していたか——。


いつもなら一言で切り捨てそうな他愛もない出来事を、彼女は一つひとつ丁寧に、どこか楽しそうに話してくれた。


「——それでね、茜がドリンクバーで変なブレンドを始めて……。あんなに真面目そうな顔をして、意外と子供っぽいところがあるのね」


「そうですね。抜けてるところがありますから」


「ふふ、本当に。……私、あんなに笑ったのは久しぶりかもしれないわ」


隣を歩く彼女の横顔を見る。

街灯の光に照らされたその表情は、学校での凛とした美しさとは違い、柔らかく、どこか幼い。


いつもより少しだけ早口で、身振り手振りを交えて話す彼女を見ていると、ある一つの疑念が頭をよぎった。


(……もしかして、この人。意外とおしゃべりなんじゃないか?)


「白鷺さん、なんだかいつもよりテンション高いですね」


俺が少しだけ揶揄うように言うと、彼女はハッとしたように立ち止まり、慌てて口元を抑えた。


「……そ、そうかしら。別に、普通よ。……普通なんだから」


耳まで赤くしてそっぽを向く姿に、俺は思わず吹き出しそうになった。


夜道に響く俺たちの足音は、行きよりもずっと軽やかだった。


「「「おかえりなさーい」」」


玄関を開けると、3人の「おかえりなさい」という声が聞こえてきた。


いつもだったら玄関に迎えにきてくれるのに、珍しく来ないということはよっぽどテレビに集中しているのだろう。


キッチンに向かうと母さんがお皿を洗っていた。どうやら今日はカレーだったらしい。


「2人とも楽しかった?」


そう言われると俺と白鷺さんは顔を合わせて笑顔で答えた。


「「とても楽しかった(です)」」


そういうと母さんも嬉しそうな顔をしながらこちらを見ていた。


夏休みは始まったばかり。

この楽しい毎日がもう少しだけ長く続けばいい。



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