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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
2章 夏休み

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19 王子様が心配だ

仕事終わりの母さんも帰宅し、居間には賑やかな笑い声が響いていた。

時計の針は既に21時を回っている。

千代とたくま君がテレビに熱中する傍らで、俺たちは三人でとりとめもない世間話に花を咲かせていた。


その時、テーブルに置かれた白鷺さんのスマホが震え、電子音が鳴り響く。


「ごめんなさい、少し電話に出てきます」


白鷺さんは少しだけ表情を硬くして立ち上がると、玄関の方へと向かっていった。


「お兄ちゃん、テレビ面白いよ!」


たくま君が俺の腕を引っ張り、テレビの前へと促す。画面には千代が夢中になっている特撮ヒーローが映っていた。


「千代、そろそろお風呂の時間よ。今日はお母さんと入りましょうね」


母さんの声に、千代は名残惜しそうにしながらも「はーい!」と元気よく返事をして立ち上がる。

テレビは一旦中断され、居間には俺とたくま君の二人だけが残された。


(少しだけ気まずい)


何を話すべきか考えていると、テレビのCMをぼんやりと眺めていたたくま君が、ぽつりと声を漏らした。


「……そろそろ、帰らないとダメだよね」


その横顔には、胸を締め付けられるような寂しさが浮かんでいた。

思えば、彼が千代と遊んでいる時も、どこか羨ましそうにこちらを伺っていた気がする。

食後の皿洗いを手伝ってくれたのも、きっと「まだここにいたい」という彼なりの意思表示だったのだろう。


「お姉ちゃんが電話を終えるまで、もう少しお話ししてようか」


「……うん!」


俺が提案すると、たくま君はパッと表情を明るくした。

そこからは、当初の心配が嘘のように会話が弾んだ。

幼稚園での千代の様子や、彼の好きな食べ物、そして――お姉ちゃんの話。


どうやら家での白鷺さんは学校よりもずっと厳しく、衝突してしまうことも多いらしい。けれど、その言葉の裏には、彼なりの不器用な愛情が透けて見えた。


「たくま君、もしよかったらまたご飯を作ってあげるよ。母さんに言ってくれればいつでもおいで」


「いいの? やったー!」


くしゃっとした笑顔で喜ぶ彼の頭を撫でてやる。

すると、もっと撫でてほしいと言わんばかりに、彼はぐいと頭を突き出してきた。

千代もそうだが、こういう素直な反応をされると、ついつい甘やかしたくなってしまう。


やがて電話を終えた白鷺さんが戻ってきた。

姉弟は帰宅の準備を整え、玄関へと向かう。


「急遽、わがままを言って押しかけた上に、夕飯までご馳走になってしまって……本当にすみませんでした」


深々と頭を下げる彼女に、俺と母さんは顔を見合わせて苦笑した。


「大丈夫ですよ。またいつでも来てください」


「いえ、でも、それでは上原君の負担に――」


「いいのー? 次は唐揚げが食べたーい!」


白鷺さんの遠慮を、たくま君の純粋な叫びがかき消す。そのあまりにも可愛らしいリクエストに、俺も思わず笑みが溢れた。


「……次は、腕によりをかけて唐揚げを振る舞いますね」


そう約束して、俺は姉弟をマンションのエントランスまで見送った。

部屋に戻ると、先ほどまでの明るい雰囲気とは一転、母さんが神妙な面持ちで座っていた。


「母さん? どうしたんだよ」


「少し心配でね、白鷺さんのこと」


「……そうだね。俺も、少し気になってた。学校での様子とは、全然違うから」


食事の間も、白鷺さんはどこかソワソワと落ち着かない様子だった。俺が何かをしようとするたびに「手伝う」と申し出てきたため、俺はあえて「千代を見ていてほしい」と頼んで、彼女を座らせていたのだ。


「あの子……無理してるわね」


母さんの言葉に、俺の中で予感が確信に変わる。

両親がいない中で、高校生の白鷺さんが、幼いたくま君の面倒と家事を一手に引き受けている。

母さんと俺が二人で千代を育てているこの家でさえ精一杯なのに、それを彼女はたった一人で。


「大地、あの子のこと、少し気にかけてあげなさい。あの子だってまだ学生なんだから。もっと、自分のために時間を使っていいはずよ」


母さんの言葉が、胸の奥に重く響いた。

思えば、学校での白鷺先輩が誰かと遊びに行ったり、放課後を楽しんだりしている姿を一度も見たことがない。

彼女は学校では「王子様」、家では「大人」であろうとしているのかもしれない。


「母さんお願いがあるんだけど――」

そう言って俺は母さんにある頼み事をした。


翌朝、いつも通り登校して教室のドアを開けると、そこには異様な熱気が立ち込めていた。

まだ始業前だというのに、教室の一角が妙にザワザワと騒がしい。


何事かと思い、集団の方に目を向ける。

人だかりの中心にいたのは、見慣れない……いや、よく知る顔だった。


「あ、大地先輩! やっと来たー!」


輪の中心でクラスメイトたちに囲まれている生徒。

膝の上に乗せられ菓子パンやお菓子を口に放り込まれている女子生徒――後輩の桐原青葉が、俺の姿を見つけるなり大きく手を振った。


どうやらクラスの連中に面白がられて可愛がられてたらしい。

本人は全く気にする様子もなく、むしろ楽しそうに頬を膨らませている。


「青葉? なんでうちの教室にいるんだよ」


呆れながら荷物を置くと、彼女はリスのように食べ物を飲み込み、一枚のプリントを俺の目の前に突き出してきた。


「これ、見てください! 8月にあるストバスのイベントです。参加しましょうよ!」


差し出されたチラシには、夏休みの真っ只中に開催される「ストリートバスケ 3on3 大会」の文字が躍っていた。

どうやらこれを見つけて、俺と、同じくバスケ部仲間の遠藤を誘いにわざわざやってきたらしい。


「いいけど……お前、夏は公式戦とかあるだろ。大丈夫なのか?」


俺が訊ねると、青葉は満面の笑みで親指を立てた。


「いいんです! 公式戦なんかより、先輩と出るこっちのイベントの方が、私にとっては大切ですから!」


「おいおい、部活の顧問に聞かれたら怒られるぞ」


そんな冗談を言い合いながら、彼女のあまりに高いテンションに引き込まれるように、周囲も一緒になって盛り上がり始める。


最近慌ただしく忘れていたが、夏休みに入る。

来年は受験勉強もある為、こうやって楽しめる高校生活の夏休みはこれが最後なのかもしれないのだった。

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