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19話 何度目かのおかえり

 「ごめんなさいね、待たせたわ」

  

 私が現実世界に戻ってくると、目の前には藍(中身は仮想世界)がいた。

  

 「ううん、全然待ってないよ。数秒くらい」

 

 「そう、それなら良かったわ。私には、すごく長かったから」


 「私も、そろそろ帰らないとだめなんだよね」


 「ええ、一緒に行きましょうか」


 私と藍は再び機械に入った。


 そうして、お互いのあるべき体に戻ったことになる。


 『戻ってきたんだね、私・・・・・・あ』


 目の前にいたのは喜楽里だった。


 『・・・・・・藍』


 『喜楽里ちゃん』


 『取り返しのつかないことをした・・・・・・。私、今まで自分のやったことで誰かが傷つくことの意味を分かってなかった。だって、私ってぼっちだし、人と関わらないし、殴られたことも、殴ったこともない。だから、私、藍の苦しむ顔が見たいなんて思ってた。でも、あの後に夏芽に藍にやったことと同じことをされたの。怖かった。誰かに攻撃されること、相手がどう思ってるのかも分かんないままに、されるの、怖かった』


 『・・・・・・』


 『いや、それが苦しいことっていうのは分かってた、だからこそ、藍のそんな顔を見たいと思ってた。でも、実際に自分がされると怖い、怖かったの! もし、私が何もしてないのにこんなことを急にされたらって、思うとっ! やっぱり、こんなこと出来ない』


 『想像力が足りなかったってことね』


 『そうっ! だから、ごめんなさいっ! 本当に、怖い思いをされた、私だって、強い女だと思ってたのにあの1回の水責めだけで本当に怖くなってっ、こんなふうに、震えが止まらないっ! これを、私にされた藍はっ、もっとっ・・・・・・』


 『もういいよ』


 『なんでっ!? 苦しかったでしょ!? だからお願いっ! 私を叱って!!』


 『だから、もういいよ。謝らなくても』


 『だめ! そんなに簡単に許せるわけない。いつか、私に仕返しするつもりでしょう!?』


 結局は自分に跳ね返ってくるのが怖いだけ、みたいね。でも、それでも大きな進歩よ、喜楽里。藍にやったことは許されないけど、過去は変えられない。なら、開き直らずに自分の過ちに気づいて、それを少しでも未来に活かしてくれれば。


 私は、小指をさする。現実世界では欠損している、この指を。


 『だから、もう許すよ。喜楽里ちゃんが苦しんでるのを見るの、辛いよ』


 『なんで! そんなわけない! 人の苦しみを自分の痛みのように感じるなんて、そんなの、ありえないっ!』


 『でも、私はこれ以上喜楽里ちゃんに苦しんでほしくない。もっと、前向きになって欲しいな』

 

 『やだやだやだ!! 私は後ろめたさに苛まれながら生きるの!』

 

 『それは、自分のため?』

 

 『えっ?』

 

  藍の鋭い指摘に、喜楽里は顔を青くした。

 

 『それって、私のためじゃなくて、喜楽里ちゃんのためだよね』

 

 『そっ、そうだよ! だって、あんなことをした私が普通に生きてたら、みんな、私を嫌な目で見る! だから、私は前向きに生きちゃいけないの、みんなの視線があるからね。そうだよ、ぜーんぶ自分のため! 藍にあっさり許されちゃったら私の立つ瀬がない! 苦しんで、苦しまないと、みんな納得しないのっ!』

 

 『でも、だれが責めるの?』

 

 『世界だよっ! 私以外、全員。万引きをして人はだれに見られてなくたって次の日から罪悪感があるのと同じように、存在しない視線にずぅっと見られる!』

 

 『大丈夫だよ、喜楽里ちゃんがやったことを知ってるの人達は全員優しい人だから誰にも言わないし。そんな視線なんて、ないよ』

 

 『なんで、なんでそんなに私に優しくするのーっ!』


 藍は、優しく喜楽里を抱きしめる。


 藍のハグは効くわよ。今までの嫌なことが忘れられる、不思議な力がある。


 『もう、大丈夫だから。いっぱい泣くなら、私がこうやってずっといてあげるから』


 『なんでっ、なんで、藍は被害者で、私が悪いのにぃっ!』


 『だから言ったでしょ、喜楽里ちゃんの辛い姿見たくないもん。力になってあげたいもん』


 藍が優しく語りかける。その姿は、私のお母さんとどこか重なるようで。


 『う、うわぁぁーーん!!!』


 それからしばらく喜楽里は藍の胸の中で泣きじゃくっていた。


 ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・。


 「喜楽里、あんたはそれでよかったの」


 「所詮、仮想世界の藍でしょ。本物じゃないもん」


 喜楽里は藍のもとで泣いた後、程々の別れの挨拶をして、こうして現実世界に戻ってきた。


 「それ、本心じゃないくせに」


 「ひどいよ、藍は。なんであんなに優しいの、おかしいよ、こっちの藍も、向こうの藍も」


 「同い年のくせに、泣き虫で弱っちいのね」


 「私は律帆ほど強くないし」


 「まぁ、私だって強くないわよ」


 「泣いたこととかなさそう」


 そうね、泣くってこと、私にも無縁だと思ってた。


 「私ね、自分で言うのもなんだけど普通じゃないって思ってた。出来ないことばかりで、性格もドライで、性格も、なにをやるにもみんなとどこかズレてた。それに、泣いたこともなかったの。だから私、泣くことなんて出来ないんだーって思ってた。卒業式だとか、お別れ会だとか、みんな泣く、面白いくらい全員鼻をすすって泣くのよ。私には分からなかった、私は辛くて泣くことはあっても、人との別れだとか、感動じゃ泣けないんだって。そんな時、咲也って人に言われたの。『泣くことが出来ない? そんなに深刻になって考えなくても大丈夫だよ。それはきっと、泣けるほど心を許せる人がまだいないだけなんじゃないかな。今は出会えてない、気づいてないだけで、きっと自分にこんな感情があったんだって気づく瞬間がきっと来るよ。胸の中で泣ける、そんな人を見つけたら、その人を一生大事にするんだよ』って。実際にね、私、前にバカやって、藍たちに心配かけて、そんな私を優しくお母さんと藍、晴人も受け止めてくれたの。私、嬉しかった。そして、泣いちゃったの。いや、本当に不思議なものね、あんなに涙が出てきたのは初めてよ、複雑だった、嬉しいのに勝手に目から塩水が溢れてきて、その塩水は鎮静剤みたいに私の痛みを取ってくれた。でも、同時に私は特別じゃないんだって思ったりもしたわね、残念だわ、私も喜楽里とおんなじでみんなと違う自分に酔ってたのね」


 ・・・・・・。


 「ちょっと、長くなったわね。とにかく、私が言いたいことはね、私だって泣いたこともない未熟な人間だった。泣かないことを強さだと思うくらい、人生経験が足りてなかった。何がきっかけで成長できるかなんて分からないけど、たくさんの壁に当たって、いつか好きな自分になれるわ。だから、どうか自分を嫌いにならないで欲しい」


 「そっちが弱っちいとかいいだしたくせに、腹立つ」

 

 「あら、言い返せるくらいには強くなれって、私なりの励ましの言葉よ」

 

 「そうとは、思えないけどね」

 

 悪態をつく喜楽里だったけど、なんだかおかしくって、私は自然に笑っていた。

 

 「ところで、現実世界の藍とはどうするつもり」

 

 「出来れば友達になりたい。でも、陰キャで自称ドSの激イタな私が、藍と釣り合うわけないし」


 「自惚れないことね、藍に嫌われるのは難しいわよ。自分がどんな目に遭ったって、傷ついたって人のことを好きになれる精神の持ち主だもの」


 「そっ、そっかぁ・・・・・・。じゃあ、頑張って声かけてみる。でも、周りに変な目で見られないか・・・・・・」


 「あっちの藍も言ってたでしょ、そんな目はないの。気にしないで」


 「そうだね・・・・・・」


 「困ったわね、ドSキャラが無くなったら一体VTuberの方は続けられるのかしら」


 「卒業するよ」


 喜楽里は強く、気高く言い放った。


 「ファンのみんなには悪いけど、私、もうちょっと普通に生きてみたい」


 「そう、あんたがそう言うなら、それでいいんじゃない」


 「律帆もVTuberは止めたんだよね、その選択は間違ってなかったと思う?」


 ホリィは事故みたいな形で卒業したし、ツクヨミもあのバトルの後正式な手順で卒業した。


 「ふっ、それくらい、自分で考えなさい。自分の道は自分で選択するものよ」


 私は喜楽里を置いて、帰路につく。


 本当は、もっと教えてあげたいわ。私の苦しかったこと、辛かったこと、助けてもらったときの嬉しさも全部。でもね、それって結局は自分のためになっちゃうから、自分の話を引き合いに出して相談にのることは、それはきっと失礼にあたるから。


 だから、私は喜楽里を置いていく。東京からも自分で帰ることね、殴ったこともない、殴られたこともない。クラゲみたいに流されるあんたは、自分で泳ぐ術を身につけるべきだわ。


 ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・。


 その日、私は無事に家に帰った。


 「おかえり! 律帆ちゃん! 緊急事態にVスタジオにいけなくて、助けられなくて、ごめん」


 私を待ち受けていたのは咲也だった。居候の独身男性。


 「あらいいのよ、こうして無事に帰ってこられたわけだし」


 「事件の話は聞いたよ、だから、無事に帰ってきてくれたことを記念してパーティーを開くことにしたんだ!」


 「うんっ! 律帆の大好きなからあげもたくさん用意しましたよ!」


 「俺が全部食うぞー! からあげは俺も好きだー!!」


 律花も弟の隆も、エプロン姿で迎える。


 「早く入って、律帆」


 寒空の下で、私のお母さんが手招く。


 そのとき、私の視界に白いものがよぎった。


 「あ、雪だ・・・・・・」


 確か、1年前の12月23日、私の誕生日を2人が祝ってくれたっけ。


 あの日、雪が降る中で、去っていく2人を見送った。その時は、人が減って静かになった家に帰る時、孤独を感じたんだ。


 だけど、今は違う。たくさんの家族がいて、そしてなにより私の初泣きを奪ったお母さんがいる。咲也は言った、その人を一生大事にしろって。だから、私は嬉しいんだ。


 私は、みんなに向かって歩き出す。


 お母さんの何気ない一言。


 「おかえり」


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