ダリア・ノア
ダリア・ノア
目の前の女性はそう名乗った。
ノアの姓を名乗るものは限られている。
アレクはジウロノア、軍事を束ねる一族。
ランスはサウロノア、教皇、ノアの一大宗教。
イーゼルは、その娘で五女。
そして、王族にタウロノアがいる。
だが。
「ノア?」
思わず声に出す。
「そうだよ。私はノアの御三家とは別の存在」
俺の考えを見透かしたようにダリアは微笑む。
「難しいことを考えてないでさ、セトくんのことを知りたいな」
「なんで俺のことを知っている。いや、まずここはどこだ」
「君は自分が思ってる以上に有名人だよ。魔王セト」
その目は先ほどとは違い、少し冷ややかだ。
「あと場所は私もよくわからない。生まれてからずっとここにいるから。箱庭っていうの?」
聞いたのに質問される。
先ほどの冷たい目が嘘のように、無邪気な子供のような目。
どちらが、ダリアなのかわからなくなる。
「大丈夫だよ。君のお嫁さんが起きる前に帰してあげる。出ないと後が怖いものね」
俺は観念して、どかりと席に座る。
「ふふふ、セトくん。いいね、さすが魔王だよ」
「何が、さすがだ」
「後、ごめんね。ウチのワンちゃんが悪さしたみたいで」
ワンちゃん?誰だ。
「赤い髪の子か?」
「あの子はアネモネ。ワンちゃんは、人狼」
背筋が冷たくなる。鉄扇、いや何も持ってない。
手が空を掴む。
「ああ、大丈夫、ワンちゃんここには入ってこないし、まだどっかで散歩中」
「お前は、俺たちを狙うのか」
「ああ、ウチのって言ったけど、私が命令したわけじゃないよ。ここを維持する人達がね…」
少しだけ俯く。嘘はないのだろう。この子はここ以外を知らない。
文字通り箱入り娘。だが、その背後に人狼…人達?
「他にも大勢いるのか?」
「よくわからない。私はね、お花育てて本を読んで日記を書くことしかしてないの」
ダメだ、理解が追いつかない。
そして、ダリアも本当に知らないのだろう。
知らないもの同士が探り合っても仕方がない。
「君に敵意がないだけで十分だ。すまない」
その言葉にダリアの顔が明るくなる。
この子はただ喋りたかっただけなのだろう。
温室で、俺たちは話す。
俺の嫁、レン達と出会った話。そして魔王城の話。
今はレンの肌の修復で難儀している話。
「あー面白かった。良いね、私が聞いてた以上に変態だった。あっ褒め言葉だよ」
「あまり変態と言われて褒められてる気はしないが、自覚はある」
「あとお嫁さん達も凄く素敵。いいな、また機会があればお話しさせてね」
「いつでもどうぞ。でも、いきなり攫われるのはごめんだな」
「あははは、ごめんね。こっちの都合が良いのと、君が一人になるタイミングがたまたまね」
ダリアはガラスを見る。空に人影?
温室の外に何かが降りてくる。
「時間みたい。ああ、そうだ」
ダリアは温室の奥のから巻いた紙を持ってくる。
「古いから少し湿ってるかな」
それを俺に押し付ける。
「レンちゃんの肌直ると良いね」
「いや、君は」
言いかけると温室の扉が開く。
「早くしろ、お前のところの嫁が起きるぞ」
赤い髪、いや、アネモネが不機嫌に言う。
「じゃあね、セトくん……向こうの…」
聞き終える前に、また上空にいる。
「おい、お前」
「騒ぐな落ちる。いや落とす」
来る時とは違い、落としても気にしないらしい。
アネモネの目的は果たしたのか。
ダリアと俺を会わせる。
俺が黙っていると、アネモネが口をひらく。
「すまない、そして、ありがとう」
ただそれだけ言うと口を閉ざした。
まだくらいバルコニーに俺は降ろされる。
アネモネの姿はもうない。




