イーゼルとクライブの思惑
「まだ嫁入り前の娘の部屋を訪れる。婚前交渉と言うことですね」
魔王城で彼女に与えた部屋。いや、教会の1室。
椅子を揺らしながらイーゼルは微笑む。
一瞬、セラの部屋に間違えて入ったかと錯覚する。
「セラみたいな言い方だな」
「私の敬愛するお姉様ですからね。影響は受けてるかもしれません」
金髪のツインテールが揺れる
「いや夜分にすまなかった。少しだけ確認をしたくてな」
イーゼルはほんの少し残念そうに、俺を見る。
「他の方で忙しいとは思いますが、早く私を見てくださいね」
不思議な娘だ、教皇の娘ならもっと威厳があっていい。
だが、コンノ達を使い、孤児達を慈しみ、使えるものはなんでも使う存在。
頭が、ぼんやりする。
「毒を持って毒を制すか」
「なんのことですか?」
イーゼルはまた椅子を傾け不安定な姿勢で笑う。
「クライブと繋がってるのか?」
「随分と単刀直入ですね」
「今更取り繕う気もない。使えるものは使うイーゼルの姿勢と。それと今回の蓮華、いや教会の暗部か。それは重なる」
「怖い顔ですね」
イーゼルが、椅子を戻し姿勢を正す。
「最初に私は言いました。嫁入りを前提に魔王城入りしますと」
その声は、普段の声より通る。
「その私が、敵と内通してるとおっしゃってるのですか」
その目は、しっかりと俺を見る。
また間違えたか。
「ふふふっそんなわかりやすく顔に出さないでください」
いつものイーゼルの声だ。
「よくも悪くも分かりやすい貴方だから、良いんですよ」
セラとは違う。だが似ている。
見透かされて、転がされている気分だ。
同じが違う。
「とは言え、私も傷つきましたので、一つお願いしてもいいですか?」
お願いとは言うものの俺に断る余地が見えない。
「なんだ?」
「今日はもう疲れたので、まだ話すなら添い寝でお話ししたいのですけど」
想像してないことを言われる。
やはりセラの部屋と間違えたのでは?
俺は観念してベッドを見る。
後ろから布ズレ音が聞こえる。
振り返るとイーゼルが脱ぎ始めている。白い下着姿だ。
お前、ちょっと待って。
口に出そうしたが、それを飲み込む。
なんというかルナよりも年下に見えるイーゼルが、神々しい。
見てはいけないものを見てしまってる気分だ。ベッドに視線を戻すと、イーゼルが声をかけてくる。
「あーダメですよ。目を逸らしちゃ」
「いや、違うだろ。見ないで!とかだろ」
「殿方いるところで脱いで、それは無いと思いますよ」
確かにそうだ、なんか混乱している。いや、しかし。
「ほら、早く横になって詰めてください。私が横になれません」
イーゼルはランプを消し、有無も言わさずベッドに俺を押し込む。
細くなった月明かりだけが、部屋を照らす。
横のイーゼルから感じる体温は低く、少し暑い夜には心地いい。
「セトさんも脱いでください」
「いや待て」
「お願い聞いてくれるのでしょ」
「聞いてるから横になってるのでは?」
「一つなんて言ってませんよ」
なんてやつだ。
「何個あるの?」
「内緒です」
んー明日もあるのか?
仕方なくシャツを脱ぐ。今日は色々とあってそういや風呂に入ってないな。
下は……履いてていいよね。イーゼルも下着だし。
「それで、どこから話しますか」
ほぼ半裸なのに真面目な会話が始まるの?いや望むところだが。
すごい調子が狂うんだけど。
「婚前交渉の方が良いですか?」
いや、今日はまだ心の準備が……
体を寄せてくるので少し避けると
「ダメですよ。間違えたセトさんは、甘んじて私を受け入れてください」
なんだろう、罰にしてはご褒美なんだが、罪悪感がすごい。
イーゼルへじゃないな。今日はアッシュとヴェルにだな。
「ふふふ、あの二人は怒りませんよ。それとも、モナさんの変身もあったから、モナの日でしたか。ずっと、見てましたね」
何が?
あと、そんな具体的に顔に出てるの俺。
「大丈夫です。添い寝ですよ」
敵う気がしない。
◇◇◆
「まずは、私とクライブの話からですかね」
イーゼルが横を向き俺の肩に指を当てる。体温を確かめるかのように。
「率直に言って私はクライブが嫌いです」
その口調ははっきりと、そして指が俺の肩を押す。
「ただ、考え方は似てると思います。幼い頃から、教会のあり方を私もクライブも見てきていますから」
イーゼルの言葉は淡々と俺の耳に入る。
「私は教会を背負うなどとは考えていません。ただ、使えるものは使う。それだけです」
「でも聖撃の手伝いはしてくれるんだろ」
横を見ると、イーゼルが微笑む。
「当然ですよ。フィーナの手伝いはしますし、私はアッシュ様やヴェルさんが好きなんです」
「それ、気になったんだが、そこまで好きな相手と教会では話さなかったのか?あまり面識あるようには見えないが」
「継承権が低いとは言え、私が二人に声をかけると何かと勘ぐられるのです。でも、二人の活躍も姿も見てましたよ」
今日、初めてイーゼルが年頃の女の子に見える。アッシュとヴェルが憧れの人だったのだろう。
「フィーナは呼び捨てなんだな」
「フィーナは、そうですね。長い付き合いというか、私の面倒をよく見てくれる人でした。まだ勇者にも司祭にもなってない頃からです」
教皇の娘と、世話係みたいなものか。
「私は、私の手が届く人たちを助けたいだけです」
イーゼルの手が俺の腕を掴む。少し身を寄せてくる。
「お父様の言葉がなくても、私はここに来たかったのです」
それは本心なのだろう。
だが
「フィーナやアッシュ、ヴェルの為なら俺にも嫁入りすると」
「セトさん、また間違えましたよ」
怒ってる声ではない。何か楽しんでいる。
「ただ三人を助けるだけなら、補佐の立場で良かったんです」
そうだった。教皇ランスはフィーナの補佐としてイーゼルを任命した。
それはノアから教会からイーゼルを離すためのランスの考え。
ランスは俺の嫁にすることも考えていたようだが、イーゼルは出会ってすぐ言ったのだ。
俺と結婚すると。
「私をみくびらないでください」
それだけでは俺を選んだ理由がまた弱いんだけどな、だが、その話はまた今度にしよう。
「クライブの場合はどうなんだ?」
「お願い一つ増えましたからね」
話を変えようとしたが、きっちり念を押された。
「わかったよ」
その言葉にまたイーゼルは距離を詰めてくる。耐えろ俺の理性。
「私と同じく、クライブもまたアッシュ様やヴェルさんに憧れていました」
「向こうは憧れの意味合いが違いそうだな。強さに憧れたのか?」
「そうですね。純粋に強さ。そしてあの再生能力ですね」
「再生?」
「クライブは全てを救いたいのです。人が人で無くなっても」
教会の人間としては、あまりに危うい。
狂気とも言えるそれは、表に出ない。
クライブは教皇にも枢機卿にも、なれないのだから。
だが、クライブは暗部の掌握を計った。
教皇になる為ではない、人を救う為にと。
「教会内の立場とは別に、軍の施設にも顔を売り始めました」
「軍はクライブに利用価値があると思ったのか?」
「多少はあるでしょうが、軍が求めたのはその先です」
俺の腕を握るイーゼルの手に力が入る。
「蓮華会の実験結果、クライブがどうやって手に入れたのかはわかりません。ですが、クライブを担ぎ教会内の立場を高めたい者もいるということです。」
教皇の八男と言う立場は、決して弱くはない。だが、教皇になるには届かない。
だからクライブは、使えるものを集め、盤面をひっくり返そうとしているのか。
「軍の施設にもクライブは入り込んでいます。そして、自分すら実験台にして、失敗しています」
「自分を? だが、この前会った時は……」
クライブはどうだった。優男で、騎士を引き連れて…足が少し悪そうだったか。
「私と似ていると言ったのは、そういう意味で、向こうも使えるものは全て使う人間です」
「己の欲望の為とも言えない。だが危険すぎる」
イーゼルもクライブも自分が救いたい、その為にあらゆる手段を使う。
確かに同じ思想だ。だが根本的に違うのだ。
「そうですね。教会と軍の協力者は、まだ自分たちが何に手を貸したか気がついていないのでしょう」
利用しているはずが、その組織ごと壊されかねない。いや、自分たちまで人間ではいられないかもしれない。
「手を打てば軍は大丈夫でしょう。その施設と協力者を切り捨てるだけで終わります。でも教会は逃げられません」
ここでようやく、俺がこの部屋に来た理由に辿り着く。
「都合よく人外を、蓮華の研究成果を使っている件だな。クライブはそれを握っている」
「そうです。私たちの罪です」
ピロトークには、あまりに重すぎた。
長い1日が終わった。




