白虎の背中
「お前の匂いは知ってるな」
闘技場の真ん中で立ちはだかる人狼。
上半身をむき出しにし、かろうじてズボンが残っている。
先ほどまでは顔だけが狼のように見えたが、今は二足歩行の獣だ。
「私も嫌だけど、お前の匂い。いや一部か混ざってる」
モナの言葉に人狼が舌を出す。
「さすが、オリジナル様は違う。いい鼻をしてる」
人狼は俺たちを一瞥したが、すぐにモナを見る。
興味の対象が移ったか。
俺はアヤネを背負おうとする。くそっ。
俺の力じゃ足りない。ティナも泣きながら手伝うが微々たる力だ。
俺も泣きたい。無力すぎる。
その時背中が軽くなる。
リザだ。
リザがアヤネを抱き入口へ急ぐ。
腹を抑えたモウラが見える。
「大丈夫か、モウラ」
俺の声に、モウラは苦しそうに顔を歪めるが、まだ目に力はある。
「危うく切腹しそうだったけど、まだ大丈夫」
変なことを言える余裕はある。大丈夫そうだ。
「それより」
モウラが続けるより早く。
「ああ、リザ、アヤネを頼む。あとティナも」
リザがうなずき歩き出す。
「何言ってるんですか、一緒に逃げますよ」
モウラが俺の手を掴む。
「わかってる。すぐ行く」
俺の目を見て察したのか。モウラは手を離すが、そこを動かない。
「行けって」
「嫌ですよ」
リザと違い、こっちは強情だ。
まぁ俺もだが。
アヤネを背負ったリザはもう外に出ただろう。
ティナも一緒に逃げた。
俺は手を見る。ティナの小さい歯形が残り血が滲み出ている。
手を強く握るとまた血が出たが、構わず俺はモナを見る。
狼に近かった、モナの獣人姿は、灰色から白銀へ変化を遂げた。
ヨウに変化の仕方を教わり、何よりレンとヴェルに言われ心境の変化もあったのだろう。
その姿は、以前より堂々としていた。
「お前も父の死を嘲笑うか」
「いやマジ尊敬してるよ。おかげで強くなった」
人狼は誇らしげに言い放つ。
「ガイナス君より適性があってさ、魔獣だけ入れた時より馴染むというか、適合力ってのがあったのかもね」
「父は強かったか?」
「んー?いや知らないよ。知った頃には死んでた。すげーでかいね君のお父さん。一回前は埋め込まれたんだけどさ。適性があったから食べたんだ。骨と内臓は残しちゃった」
ガイナスは、モナの父を認めていた。だが人狼はただの素材扱いをしている。
何よりあいつも、元は人間か。
「今なら、あのスケルトンにも勝てるよ俺」
何か引っ掛かる。さっきも違和感があった。
「ましてガイナス君に負けた君じゃ、相手にならない。でも、その姿はそそる」
舌なめずりをする人狼。
「君を食べれば俺はまた強くなる。食べる前にもお楽しみできそうだね」
その言葉に、モナは答えない。代わりに、
地面につきそうなくらい体を低くする。
「やる気だね。いいよ来なよ」
「獣を侮辱する人間め」
モナの目が青く澄む。
「人のふりした獣。いや可愛いよ、そのすが」
人狼の言葉は遮られる。
蒼い閃光
目の光が残されたのか。それくらい迅い。
人狼の腕をロングソードが斬り裂く。そして首元に迫る刃先を、ギリギリで人狼がかわす。
「おいおい聞いてたのと違うじゃない」
慌てる様子もなく、人狼は腕を拾い上げると雑に繋ぐ。
再生してる?
「あの後ゾンビの内臓も食わされてさ、いや流石にぐろかった。でも、役には立つよね」
人狼も身を低くする。
不意に手を掴まれる。
モウラの手がさっきより強い。
「わかった行こう」
モナは強い。レン達がいうと通りだ。
だから俺は、背を向ける。
白銀のマントが風に靡く。白地に銀刺繍の白虎を背負う。
モナは後ろにいるものを守るくらいに強くなったのだから。
◇◇◆
*モナ視点でお送りします*
「飼い主君いなくなっちゃったよ」
人狼は手を飛ばされたことを気にもしていない。
さっきは少し失敗した。初撃に力を込めすぎた。
もっと流れるような連撃を叩き込むべきだった。
「可愛い顔が怒ってるのも、また良い」
こいつの軽口に付き合う必要などない。
モナの追撃に人狼は後ろに引く。
獣とは違う。
獣の皮を被った人間だ。
腹立たしいことに、父の匂いを強く発するコイツは、ガイナス以上に腹がたつ。
「速さは、互角ってことで良いかな。でもね俺は力持ちだよ」
人狼は先ほど刺した大剣に手を伸ばす。
レンかマグナスでなければ扱えないと思っていたそれを、人狼は軽く振り回す。
「これやると帰り困るんだけどな」
人狼の体が膨れ上がる。以前見たガイナスのような。
あの時は我を忘れた。忘れて剣を捨て殴りかかったのだ。
人狼はズボンまで破りもはや短パン姿の獣。そして大剣を持つという異形。
ガイナスの再現。
大剣を振る。振り回すのではなくピタリと止まる。
「問題は鉄くさいんだよね」
突進と同時に横なぎにされた大剣が的確にモナの脇腹を狙う。
飛んでも、低く避けても軌道を変更できるのだろう。
そのための変身なのだ。
だから
私は、前に出る。
ロングソードの刃先は大剣に防がれる。
そして滑るように体を地面と水平にする。
大剣を持つ腕を掴み、絡みつくように足を伸ばして顔面へ蹴りを放つ。
決定打にはならない。だが一瞬。人狼の視界を遮れる。
人狼は匂いで武器の位置はわかる。
そして人ゆえに武器を優先してしまう。
だが、モナの蹴りは骨を穿つ。
もう一度顔面に蹴りを放つ。
今度はしっかりと、目を潰す。
そして、ロングソードで腿を切り裂く。
「おー痛い。随分と話と違うな」
モナが再び距離をとり、人狼は目を押さえる。
そして、
闘技場の入り口にレン。
「おっと時間切れだな。遊びすぎた」
人狼は片目でレンを確認し、大剣を手放す。
闘技場に鈍い音と土煙が上がる。
モナは警戒を解かない。
突如、人狼は空に向かい吠える。
空気を震わせるかのような遠吠え。
まだ何かしてくる。
人狼の体はいつの間にか最初に近い体に戻っている。
顔も人に戻りかけているのか。目を押さえているのでよく顔は見えない。
灰色髪の青年か。
警戒していたが、人狼は何もしてこない。ただ静かに立ち尽くす。
観念したのか?
突如変化があったのは空だった。
ワイバーン?いやハーピー?どちらでもない。
翼の生えた赤髪の少女が、瞬く間に人狼を連れ去る。
気を抜いたつもりはない。だが頭上の警戒を怠ってた。
唖然と見上げるモナとレンの頭上を二つの人影が舞う。それは、北へ消えていった。




