『月明かりと、恋の錯覚』
義手や義足につける人工スキンってのがある。
ただでさえ高いのに、誰も使いたがらないから余計に高い。
貴族は義手になんてならないし、戦士は鉄むき出しのほうがカッコいいとか言うしで需要はほぼゼロ。
結果、拳サイズで財布が吹っ飛ぶっていう地獄価格。
でもな。
それでも――俺は、試さずにはいられなかった。
俺は、またあの場所へ戻った。
裏道はスケルトンに教わったから、敵に会わずに行ける。ただ――まだ、あそこに彼女がいればの話だ。
スケルトンを美少女にしよう計画――その方法はこうだ。
肉付け粘土を丁寧に塗り、人工スキンを薄く貼る。最後に定着液を塗れば、使用者の“思い描く形”に補正される。
それを可能にするのが、魔道具――定着のワンド。値段はアホほど高い。特殊なうえに、魔力充填式。教会と王族くらいしか持ってないらしい。
……で、俺は悩んだ末に家を売った。
美女と家、どっちが大事かなんて、聞かなくてもわかるだろ?
そうだ。太ももだ。
……違った、出会いだよ。出会いを大事にしろって話だ。
無事、彼女と合流できた。……が、なんかこう、「なんでまた来たの?」みたいな空気を感じる。
一応、説明はしてみた。でも、うまく伝わってない気がする。要領を得ない、というやつだ。
スケルトン――いや、彼女は、少し呆れたようにも見えた。
けれど、俺の“やろうとしてること”を拒む素振りはない。
ならば、やらせていただきます。
いかん、知り合いの変態みたいな口調になってしまった。
気をつけよう。
とはいえ、まずは手から始める。
いきなり太ももだけのスケルトンとか、顔だけのスケルトンとか、普通にホラーだろ。
俺は変態じゃない。理性ある変態だ。
落ち着け。
手袋で隠れる“手”なら失敗してもなんとかなる。
彼女――スケルトンは、首をかしげながらも、俺の作業に付き合ってくれた。
想像の中で見るスケルトンの顔が、少しずつ可愛く見えてきた。錯覚か、あるいは願望か。
完成したその手のひらを月明かりが照らしたとき――
彼女の仕草は、たしかに“喜んで”いるように見えた。
洞窟の入り口での一件を思い出して身構えたが、どうやら月明かりは問題ないらしい。
むしろ、月光を浴びたその輪郭は、ほんの一瞬――彼女の腕から肩、そして顔までを浮かび上がらせた。
ロングヘア。
柔らかそうな頬。
あまりにも美しくて、泡のように、はじけて、消えた。
――幻だった。
肉付けされたのは、手のひらだけ。
それでも、彼女は嬉しそうにその指を開いたり閉じたりしている。
願望が見せた錯覚。
……でも、もう迷わない。
俺はこの子に、肉付けを完成させる。
月が綺麗だった。
俺は、最強スケルトンに恋をした。
顔も、声も、名前も知らない。
だけど、恋に落ちた。
一目惚れだった。
読み切り段階では完結日間4位をいただき、ありがとうございました。
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