獣か骨か
その巨大な獣は傷だらけだった。
白の毛並みを赤く濡らしている。
胸元と後ろ足側特に目立つ。それが木を伝って地面を濡らす。
放っておいても動かなくなりそうだ。
それほどの深い傷。
だが、目の前の白虎は、弱ってる様子は見えない。
ただ、怒りが渦巻いていた。
青い瞳が、より深い青へと変わるように見える。
次の瞬間、白虎は、牙を剥く。
吠える暇も惜しいとばかりに、一気に跳びかかってきた。
大人四人分?くらいだろうか。巨大な塊にしか見えない白虎が、俺に迫る。
まともに喰らえば、俺は樹木の染みになる。
反射的に、道具袋を前に突き出した。
「ッ――!」
袋の中身は金属の胸当てなど、俺が着てると動きづらいから脱いだ奴だ。
装備を脱いで戦場に立つなんて冒険者失格、まぁ冒険者じゃないけど。
衝撃が走る。腕が痺れる。吹き飛ばされなかったのが奇跡だった。
そのまま後ろへ転がる俺。だが、白虎の爪は俺を裂くことはなかった。
木を降りた白虎は唸りながら、足元を確かめている。
胸の傷より後ろ足の方が傷が深い。踏ん張りが浅い分、生き残れたのか。
白虎と俺の間にレンが割って入る。
金色の目と、青いの目が交差する。
強者同士の対峙。
さっきまでとは、空気が変わった。
白虎が、一歩、後ずさる。
怒りと興奮の目には、わずかな躊躇が浮かぶ。
体格差は大人と子供以上に差がある。それでも、レンは、白虎を怯ませた。
強い者にしかわからない何かが見えるのか。
それの違いがわからない俺にでも、レンの気迫は感じる。怒ってる?
俺は地面に伏せたまま、それを見ている。
レンは振り向かない。ただじり……じり……と、前に進む。
その背中は、俺を守るように横にはそれない。
……俺が邪魔か?だが、下手に動けない。
白虎は吠えない、威圧の構えも取らない。
だが、強者であることは伝わる。
どちらが強いか俺にはわからない、わかるのは俺なら、レンにも獣にも一瞬でやられるということだ。
さっきみたいな奇跡はもう期待できない。
そう思ってると、レンがバックラーを振り向きもせず俺に投げる。
ありがたい、少しでも気休めになる。
レンはショートソードを1本構え、逆の手でもう1本を逆手に取る。
白虎は目を逸らさない。
空気が変わった。
レンはまた一歩、踏み出す。白虎の爪がレンに迫る。
白虎の爪を片手のショートソードが弾きながら、もう1本のショートソードが白虎を襲う。
一瞬の攻防。白虎は素早く身を引きながらも、ショートソードを交わし、逆にレンの服を破る。
違和感、ダンジョンで見たレンなら、問題なくかわせたはずだった。
衣服と人工スキンの重みか。あるいは、それを庇っていたのか。
破れた服に目を落とすレン。気にしてるのか?
「服は、後で俺がいくらでも直してやる。だから前をみろ」
何気なく俺は口にしてから気が付く。
その言葉は、死地に向かわせる言葉。
それでも、レンはうなずく。
白虎の爪が再びレンの胸元を抉る。今度は服の下まで爪が入っているだろう。
並の冒険者なら、それで終わる。
だが、レンは違う。
レンは服を割かれた反動までも利用し横回転しながら、ショートソードを叩き込む。
順手と逆手のショートソードの二連撃。
しかし、白虎も怯まない。厚い毛皮が刃を鈍らせ、有効打にはならない。
そして――白虎の牙が、レンの脇腹を捉える。
おどしなのか、牙は服に穴を開ける程度で止まる。両者の動きも一瞬、止まる。
レンの目は、戦いをやめていない。
白虎もそれは感じたのだろう。
「バキッ」
音と共に、レンの背に巻かれていたコルセットが裂ける。
破れ服から覗くのは、血でも肉でもない。
白虎の牙は、残った衣服を剥ぎ取る。
そこには骨だけの胴体、少女の顔をしたスケルトン。
俺は思わず息を呑む。そして白虎もまた、一瞬、動きを止めた。
だが、レンだけは動く。
痛みも、ためらいもない、横に回転する。
ショートソードを振りかざし白虎の鼻先を襲う。
牙で受け止める白虎。
だが、もう一振りの刃が、耳の付け根をくすぐる。
【まだ、やりますか?】
声はない。だが、セトにはそう聞こえた。




