第10新卒:『パラレル女番長』その3
【夢咲いちご】
委員長の身体を、アタシはそっと離した。
この世界の委員長は、確かにちゃんとした理性や意識を伴って、そして確かに生きている……それを感じて、アタシは満足した。
何か、かける言葉を探っているように委員長はこちらを見ていた。
「行かなきゃ」
と、一言、告げた。
まだ呆然としている委員長とワニワニンの方に背を向けて、アタシは再び歩き出す。
「番長さ――」
何か言葉をかけるべきと思ったのか、委員長はアタシに言った。
ミウとは違って察しの良い委員長だ。何かあるのは既に察しているのだろう。
少し、アタシの足が止まった。
「……」
……いや。いっそ、もういいか。そう思う。
ここは、委員長以外の人目もない。
崖の上から思い切り飛び込んで水の中に落ちていくような心持ちで、アタシはぴしゃりと言い切った。
「――アタシは、あんたたちの知っている夢咲いちごじゃない」
その瞬間の委員長の反応はわからない。だけど。
今の言葉を言い切ったのが、アタシの背中を押した。
アタシは、戦いで傷だらけになったルミナスエッグを懐から取り出す。
――乾いた黒い痕のついたそれを指先で拭い、ボタンを押す。
「変身……ルミナスエッグ!」
すぐに――この世界と決別する決意を胸に、誰もいない道路の真ん中で変身する。
「GAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
地上から湧き出した巨大な黒い炎が、龍のような姿になって吠え、噛みつくようにアタシを覆う。
それは、ルミナスエッグや聖なる光による華やかな変身工程とは違い、既に本当の魔に魅せられたモノだけの変貌の様相だった。
委員長とワニワニンもそれに憮然としている。
「――」
アタシの周りだけ炎が晴れた時、アタシの身体は黒い特攻服に覆われていた。垂れ落ちるように顔にかかっていた赤いロングヘアをかき上げる。
今の特攻服には、既に何の文字も刻まれないが、背中には黄金の龍が這って、禍々しい形を作る。
胸に巻いたサラシより下……へその横には回復しつつあった傷跡が残っていた。アタシの両の拳には血のように紅い包帯がぐるぐると巻かれていた。
アタシの姿は、あの殺し合いがなく歴史が流れた時の姿と少し違っていた。
戦を駆け抜けたアタシの、修羅の姿。
「マスク、オン」
しかし、それだけでは終わらない。
これまでの戦いでは晒していた顔面を覆うように、銀の骸骨のような鉄仮面が現れた。
アタシの本当の表情をすべて隠し通す為の偽りの顔。
目元を隠すように紅く光る複眼が現れ、そこから一筋の涙が流れて、模様となって固まる。仮面に収まりきらなかった長い髪は、肩のあたりまで垂れ下がっていたが、気にはならなかった。
変身、完了……。
そっと息を吐く。
振り向くと、そこには二人がこの世のものとは思えないモノを見るような、愕然とした表情でこちらを凝視している姿があった。
「……マジカル女番長、じゃない……!?
きみ、その姿は一体……」
ワニワニンの言葉だ。
いくら魔法の気配が読めない彼であっても、それがアタシたちの持つ魔法と別物である事は区別がつくのだろう。
新しい力として邪悪な暗黒魔法を得たアタシは、実際に自然界から湧き出た精霊的な力を纏う事が出来る。
「――今のアタシの名は、魔侍華流女番長・修羅。
邪悪な魔法に辿り着き、それに魅せられた異世界の夢咲いちごだ」
告げる。風が吹く。
――直後に、その風ごと時間が停止する。
闇の魔法の力により、しばらくの時間だけ、時空がバグを起こしたのだ。こうした魔法に対しては、正常な物理法則の抵抗のような現象が起きる。
不思議な力を持つ者しか、この時間停止の中では動けない。
「これは――っ!?」
人も動きを止め、鳥も空を羽ばたく途中で浮いたまま止まり、舞い散っていた木の葉もまた落ちも登りもせず、空中で微動だにしない。
空が闇の色に染まっている。アタシは、委員長の方を向き直した。
委員長とワニワニンは、その空間の中で、戸惑いながら空を見ていたが――すぐにアタシを見た。
「この世界にはあってはならないアタシの力と存在に、世界が拒絶を起こしたんだ。
だが、用が済んだらすぐにこの世界から消える……安心してくれ、委員長」
これまで聖なる力によって制御されてきた、対人への殺傷能力や破壊能力も持ち合わせているし、現在の魔法値も数十万の領域だ。
いわば、アタシ自身が邪なる魔物へと変じていると言って良い。
「あなたは、私たちの知っている番長さんじゃないんですね……?」
眼前には、警戒の面立ちをした委員長が、バッグをぐっと抱えてこちらを見ていた。自転車は、もう脇に停めていた。
すべての経緯を、いま、その瞳に向けて語り掛ける。
「ああ。確かに三日前まで、アタシたちの時間の流れはこの世界と同じだったよ。
これまでの生活、選択、敵の登場……すべてが、三日前までは同じだった」
「――」
「だが、その時、この世界とアタシの世界は、ある悪魔の干渉によって分岐した。
そいつの干渉を受ける事がないまま今日に至ったのがこの世界。
そいつによって仕組まれた魔法少女同士のデスゲームに、アタシや委員長たちが連れ攫われ、アタシ以外が全滅したのが……アタシの世界だ」
「でも、そんな事が――」
「あったんだ。
正真正銘の魔法を使うモノ、アタシたちのようなまがい物の魔法を使うモノ、魔獣や魔物そのものでしかないモノ……。
異種混合のバトルロワイアルの果て、ただひとり、アタシだけが生き残った。
そして、勝者だけに与えられる報酬の為――願いの為、アタシは、この世界にいる夢咲いちごを殺す事にした」
切り返される事もなく、冷徹な言葉を投げかけた。
アタシの紡ぐすべての言葉に、二人は唖然としている。
「この世界の夢咲いちごを殺す、ですって……?」
委員長は眉を顰める。それはわかっている。
自殺のようにも聞こえるだろうし、そんな突拍子もない行動が何故願いに結び付くのかもわからないだろう。何より、そんな言葉に彼女が忌避を覚えないわけがない。
だが、これは決意だ。
有耶無耶のままにこの世界のアタシを死なせるのではなく、委員長とワニワニンにその真実を伝える事で、全てを受け入れさせる。そして、アタシの死の真相を伝えさせる。
そうでなければ、いくら自分自身の事とはいえ、残る者にとってもあんまりだろう。
それに……。
「ありえないっ……! そんな事が起こるはずがない……!」
もし、アタシがただの不審死を遂げた場合、その責任を取らされ、同時に最も自分を責めて、謎を究明する事になるのは、このワニワニンだ。黙っているわけにはいかないだろうと思っていた。
勿論、いずれにせよ、変わりはない。申し訳ない……とは思う。
だが、アタシは、どうあっても死んでいった仲間を見捨てられない。
それだけは、譲れない。
「異世界連邦よりも上位の技術を持つ世界で、誰かが不可能を可能にした……。魔法が動かしている世界の誰かがね……。
そして、アタシたちの命は、その世界で順番に玩具にされた……」
「――」
「当然、許せはしないよ。奴は絶対にいつか倒されなきゃならない。
だけど、それより先にやる事がある。この世界のアタシさえ死ねば、すべてリセットする事が出来るらしい……。
なら、これが、アタシに与えられた最後のチャンスだから――」
アタシは、あの日々への怒りを胸に右手に魔力を込め、情熱の木刀を現出させる。
かつてより禍々しく、それは邪悪な黒色のオーラを放っていた。
「はぁっ!」
実体化したその木刀を、地面に向けて軽く叩きつける。――そこには、炸裂音とともに大きくヒビが入り、数メートルのクレーターが生じた。
更に、加えて亀裂に向けて黒い魔法のエネルギーが駆け巡り、アスファルトの地面が耐え切れず一斉爆発する。
委員長は、自分の目の前で起きた爆発に慌てて後退する。
「――っ!?」
これまでの魔法なら起こり得ないだけの威力。それが今、物質破壊の力が加わったこの木刀には実現できるモノになっている。
課せられていたタガが外れれば、これまで安全な戦争を可能としていた武器たちも、すべて他人の命を容易に奪える凶器と変わるのだ。
言い放った。
「――この闇の魔法で、アタシ自身を消す」
「この威力……聖なる光の戦士じゃないよ……!
いや、これじゃあまるで……ぼくらが戦うべき異世界犯罪者そのものじゃないか!」
当然、ワニワニンはその力を見て息を飲んでいた。
無制限な魔法値を持ち暴れる者に対抗するのが、彼の仕事だ。
そうなれば、当然、アタシはそれを持つ犯罪者という事になる。
たとえ、三日前まで仲間だった相手だったとしても――今は、敵という事になる。
委員長が、顔を強張らせながらも、口を開ける。
「……事情は、何となくわかりました。
もうひとりのマジカル女番長さん――」
「……」
「全部を信じるかはともかく……。
あなたがどんな事情があろうとも……あなたの目的が私たちの夢咲いちごであるならば、私はあなたを叩き斬ります!」
委員長はアタシをギリッと睨んだ。委員長は、持っていた鞄を地面に置く。その中にいたワニワニンは這い出てくる。不安そうに、彼は真下から委員長を見上げていた。
しかし、一辺の曇りもない毅然とした瞳で、委員長はアタシに言った。
「世界の秩序に違反するなら、尚更、私は曲げられない。
まして、人を……私の親友を殺すのなら、止めない理由が見当たりません!」
その手には、ルミナスエッグが握られていた。気概の込められた面立ちと、硬い右手の握り。すべて言葉の通りだった。
ワニワニンは慌てた。
「ダメだっ、綾香くん! 彼女は危険だっ!
それよりも、今すぐいちごくんに連絡して、逃げるように言うんだ!」
「……ワニワニンさん。スマホは使えますよね?
私がこの人と戦いますから、それはあなたがやってください」
「えっ!? いや、戦うのは無茶だって――」
「無茶でもやるしかないんで」
委員長は、アタシの目の前でルミナスエッグを構える。
彼女の体躯は光輝く空間で緑色の袴に包まれ、メガネが消え、三つ編みが解けて結われると、変身――。
ワニワニンの静止は、委員長の意志に対しては効果を示さなかった。
「――マジカル委員長、推参」
それは、まぎれもなく、これまで隣で共に戦ってきたマジカル委員長だ。見慣れた彼女の変身に、アタシは目を凝らす。
一昨日、確かにアタシたちは敵同士になり、今もまた、別の事情で敵同士として対峙している。あの時と同じ、心苦しさも計り知れない。仮面の向こう側に見える敵意。
しかし、彼女は待ってはくれない。
「魔法のなぎなた!」
武器を召喚して、構えた。
それは、アタシ自身が異世界のマジカル委員長を葬り去った武器だ。なぎなたそのものに対し、忌まわしささえ覚えてしまう。
彼女には迷いがなかった。
「――」
暗闇の空が晴れていく。すべての時が動き出す。まるで、戦闘準備完了を見計らったかのように、時空のバグは解除された。
尚、数メートルの距離感で睨み合う。
「てやあっ!!」
直後、なぎなたがアタシを翻弄するように、無意味のように見えて的確に振りまわされた。まるであるべきところに収束するようにして、アタシの前に鋭い切っ先が伸びる。
なぎなた捌きに見惚れている隙に、彼女自身の身体も力強く一歩踏み込んでいた。
華麗なほどに素早く――、そして、その切っ先はアタシの仮面を薙ぎ払おうとしているかのように眼前にあった。
――しかし、その時、既にアタシの手は棒の先を固く握っていた。委員長の攻撃のそのタイミングは完璧に把握できた。
瞬発力も、かつてより上がっているのだ。もはや頭で考える事さえもなく、アタシはそれが出来る。
「――くっ! やっぱり、強いわねっ!」
アタシの視線の延長線上で完全に「点」になっているなぎなただったが、マジカル委員長がどれだけ力を込めたとしても、それは微動だにしない。
当然だ。
アタシの今の腕力では、三人束になったところで敵いようがない。
それに……。
「無駄だ、もうわかってる……マジカル委員長の本能が見せる攻撃、すべて……」
彼女が、冷静さを失っているのがすぐにわかった。
アタシは既に彼女と一度戦っている。すべてを失った時の彼女の戦法に苦戦した経験を弄した記憶がある以上、彼女の本能が選ぶ最適な行動すべてを記憶している。
いまと似たような動きを見た。もはや、マジカル委員長の一撃はすべておさらいのようなものだった。
これから先もわかる。
「ならっ……!」
次の瞬間、おそらく、なぎなたを消す。
諦め、別の攻撃手段に移るとするならば、当然――刀。
「魔法の二刀流!」
マジカル委員長は、予想通りの行動に出た。
アタシの手にあったなぎなたを消し、あの二刀流を手にしたのだ。
中国の雑技団が見せるパフォーマンスにさえ見えるような、素早くトリッキーな剣捌きで、眼前のアタシに刃を向ける。
しかし、その攻撃手段もまた、アタシは見ている。
至近距離で振るわれ続ける二刀を、アタシは易々と目で追った。当然、どれだけ攻撃しても一撃も当たる事はなかった。
「無駄なんだ」
言って、アタシは木刀でそれを受け、切り返す。
すると、攻撃態勢のマジカル委員長はその動きにバランスを崩してしまう。――想像以上の力が自分の動きを支配したからだろう。アタシは力を込めたというほどでもないが。
彼女の表情は、唖然、という形を伴って固まっている。
「ふんッ……」
よろよろと、こちらに歩みを進めてしまった委員長の鳩尾に、とんっ、と木刀の切っ先が突いた。
それは魔法同士のような半仮想的な戦いではなく、物理ダメージを伴う攻撃へと昇華されている。
ゆえに、相手のコンディションがいかに万全でも、“痛い”。
これがもし、真っ当に力を込めた打撃や突撃であったなら、生身の身体に痕が残るほど。
「――がぁっ!」
思いもよらない一撃に、マジカル委員長は、腹を抑え、何歩か退いていた。
アタシは、今の一撃にまったく力を入れていない。ただ木刀の先でそこに触れただけとさえ言っていいくらいである。
それは、すべて――アタシなりの手加減だ。
「わかるだろう。アタシとはもう、戦うべきじゃない」
「……っ! そんな事……っ!」
「いや、無駄だから、これから起きるすべての事は、仕方ない事と割り切ってほしい」
「諦めろって、いうのっ!? 私に、大切な友達を……――!?」
「この世界のアタシは不幸な事故に遭った……そう思えば良いんだ。
アタシも納得するはずだ。アタシは、アタシ自身が許す事しかしないから……」
「そうだとしても――」
「――だけど、仲間をこれ以上傷つける事はしない。
それは、この世界のアタシも、アタシ自身も許せない事だから……」
「……」
この力を持つ以上、出来る事といえば、本気で戦う事ではなく、わからせる事。つまり、マジカル女番長以外の全ての敵に対して、アタシがすべき事は、「警告」だった。
まかり間違っても本気で挑んでしまえば、その瞬間、彼女たちのもとには命の危険さえ生じる事になる。それはあってはならない。
ここにいるのは、何人も殺してきた修羅の世界のマジカル女番長なのだ。
自分の身体に走った、見た目以上の鈍痛に、マジカル委員長はとっくに足がすくんでいるようだった。
「わっ!」
――が。
ふと、ワニワニンが唐突に驚く声が、あがった。
それと同時に、別の音が鳴り響いた。
その場所にふさわしくないやかましいBGMだ。
それは、映画の『ゴッドファーザー』のメインテーマだった。見れば、それは、ワニワニンが抱えているスマホからの音だ。
確か、今、彼女が極悪帝国の出現アプリで流している音楽が、まさしくそのテーマだったと記憶している。戦意や切迫した空気を削ぐ音だった。
「――極悪帝国だ、こんな時にっ!」
ワニワニンが心底焦って言う。間違いない。
アタシたちが互いを向き合い戦っている間にも、どこかで極悪帝国は出現したのだ。
マジカル委員長も、鈍い痛みの残る腹を抑えたまま、何かを訴えたそうに黙っている。同時に二か所に敵が出た試しがないはずだ。目の前の敵か、極悪帝国か、どちらにすべきか判断に悩んでいるらしかった。アタシが説得の通じる相手か考えているのだろう。
「……」
……勿論、アタシも別にこの世界を極悪帝国のものにしたいわけではない。
マジカル三姉妹の優先順位は一つ。
アタシは、目の前の委員長に言った。
「――行け。アタシたちが、真っ先に倒すべき敵だ」
既に、アタシの中では、彼女に……いや、彼女たちにひどく他人のような声さえかけられるようになっていた気づく。
彼女たちの敵になる、というのはそうしなければ心が落ち着かない事だった。
「……言われなくても」
アタシの方を睨みながらも、マジカル委員長はそっと、停めてあった自転車に触れる。
物質を一時変換する魔法により、自転車がそのまま魔法の箒へと変わる。
ワニワニンをそこに乗せ、彼女は苦痛の表情で空へと走りに出た。痛みはもう治っているだろうが、おそらく彼女の胸にあるのはそんな事だけじゃない。
「――」
――アタシも、行く。
魔法の箒を更に改造した、真っ赤な魔法の巨龍に跨ると、緑の光の後を追った。
この世界のアタシも、極悪帝国が来れば、わけのわからない事情で止められたとしても行かないわけがないし、たとえ行かなかったとしても、必ずすぐに戦う運命にあるのを感じている。
この先をついて行けば、きっとそこにアタシはいる。
巨龍は激しく荒ぶりつつ、空へとあがり、その軌跡に黒い煙を遺した。
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