第10新卒:『パラレル女番長』その4
【夢咲いちご】
……だいたい十分くらい前。
アタシとミウとクリスは、秋声駅近くの喫茶店で、アイスコーヒーを飲んでいた。
とにかくもう、冷えている物ならばなんでも美味しい状態なので、普段ならコーヒーに文句を言いがちなクリスさえも何も言っていない。
それどころか、――
「くぅ~~~っ!!! 美味しいですわね!!! 見直しましたわ、このこの!!!」
――と、心底嬉しそうに、アイスコーヒーを小突いている。
こぼす予感がしたので、アタシが先手を打ってクリスのコップを支えると、やっぱり想像以上の力がかかっていた。アタシが抑えなかったらこぼれていただろう。
なんだろう。最近、クリスが何をしでかすのかが、かなり予期できるようになってきた気がする。
「番長も、もうすっかり、クリスの達人だね」
「そりゃあ、一緒の部屋で勉強したり、寝たりしてるからな……」
「うわ、なんか楽しそう。毎日お泊り会じゃん」
「そりゃそうだけど、時折凄く疲れるよ……」
なんて言うけど、そんな傍からアタシはちょっと笑っている。
クリスはどこまでも無邪気で、どこまでも常識知らずだけど、それで何か迷惑を感じた事はない。不愉快に思う事もあまりしないし、頑張り屋だし、漫画を見て泣くような人情家だし、しっかりしているところについてはアタシよりずっとしっかりしている。
一緒にいて、良いところがたくさん見つかった。
これからしばらくずっと、アタシの家にいてくれてもいいと思っている。簡単に言うと、姉妹みたいなものだと思う。平和で凄く良い。
……でも、なんか「凄く疲れる」って失礼かな。本人を前に。
「あらあら。その節はどうも申し訳ありませんわ。何しろ、海外育ちが長いもので」
本人はまったく気にもせず、海外育ちのせいにして凌いでいる。
そうだ。周囲の言葉を受け流す唯我独尊タイプでメンタルが強いのだろう。アタシなら後々気にしかねない事を平然と受け入れてしまう。
うーん……たまにアタシも口が滑る時があるけど、相手がクリスで良かった。
赤いストローに口を付けて、ちゅー、とアイスコーヒーを飲み干しながら、そんな風に思ってしまう。
「でも、なんか物足りないよな」
……にしても、なんだか三人で盛り上がってしまうのも何だと思ってしまう。
何しろ、委員長だけ一人、ここに欠けているというのだけちょっと後ろめたく感じるところがあった。
今頃、読書でもしているんだろうか。課題がもう終わってたりして。
その間にも、アタシたちはのんびりか。
「委員長はいま何してんだろ」
ふと、そう言ってアピールしてみた。委員長もここに誘わないか、という暗なる誘い。
こう切り出してみれば、ミウあたりが自然と委員長を誘う事を考え始めるんじゃないかと思ったのだ(人を誘うのが苦手すぎるので自分では誘わないけど)。
さっき偶然そこで会った成り行きとはいえ、このメンバーだとなんだか委員長だけ仲間外れみたいで何だと思う。
「え? 委員長?」
「うーん。自分の友達が自分抜きで集まってる時の疎外感って凄いし、
なんか、誘いもせずに集まってたのを、たまたま委員長に知られたらなぁって」
「あー、わかるわー」
色々頭でコミュ障特有の策を巡らせてたけど、ミウは「わかる」だけで、誘ったりはしてくれなそうだ。
まあいいや。
……アタシには、先天的に人を誘う文面に過剰に悩む癖や性格的傾向があるから、あんまりLINEで誘いを立てるのも何だと思ったけど、とりあえず勇気を出して誘おう。
こんな事でいちいち勇気を出すのも何だけど。アタシはすぐにスマホを開いた。
「うーん、でも委員長も今頃、ドッペル番長と会ってたりして」
「怖い事言うなよ。ミウのも絶対、夢か見間違いだろ……――」
――などと返した瞬間、唐突に。
アタシたちを取り巻く場所が、ゆるやかに暗くなった。
空を雲が覆ったように、一瞬でアタシたちの周りに影が落ち、周囲の客やウエイトレスたちの動きが、ピタッと止まった。
悪寒。
「――――っ!?」
うわっ、一体どうしたんだ――。
この、極悪帝国がやって来る時に空が割れて闇から出てくるのと少し似ている事象。
しかし、根本的に何もかもが違っている。そう、感覚が違いすぎる。
アタシと、ミウと、クリスの三人だけが、それぞれ挙動不審に周囲を見回していた。
この三人は動いている。ただ、周りには動いている人間はいなかった。三人以外、全員がピタッと動きを止めていたのだ。まるで、本当に時間が止まったかのようだった。
「えっ!? な、なんだこれ!?」
と、アタシたちは突然の出来事に戸惑った。
「時間止まってる!? でも、フラッシュモブとかドッキリとかじゃないっしょ!?
だ、だってほら、あれ……」
「あ、ああ……」
ミウが指さした先を見ると、家族で着ていた客がテーブルを囲っていた。
子供向けの椅子に座っていた幼い男の子が、肘をぶつけて母親のグラスをこぼす直前だった。……しかし、グラスは傾いて、水も宙に浮いたまま、大人たちは焦ったまま――動かない。
人間が自分の意思ではできないような止まり方だった。そう、やはり時間そのものが漫画みたいに停止しているんだ。
「――これは、時空のバグ……?」
「え?」
「だけど、それならどうして……まさか、そんな……」
クリスが、アタシたちを見て、何かを言っている。
時間が止まっている事にも勿論、アタシたちを見ても驚いているみたいだ……。それが何故だかは、わからないけれど。
「クリス?」
掘り下げて訊きたくなったが、それより先に、取り繕うようにクリスは言う。
「いえ、なんでもありませんわ……。ただの独り言です。
とにかく、落ち着きましょう。おそらく、時間の方はすぐに戻りますから――」
そう言って、クリスは席を立ち、ゆっくり動き出し、ファミリー席でこぼれ掛けのグラスを直した。時間停止の中でこれから起きる悲劇をそっと直してあげているのだろう。
やたらと冷静なクリスに驚いたし、何故すぐ時間が戻る事なんて知っているのか疑問だったが、すぐにまた別の異常事態は起きた。
「あっ! ねえ、あれ、極悪帝国……」
ミウが言った。
喫茶店の開けた窓の外で、空が割れて、いつものように極悪帝国がそこからゆっくりと降りてきた。
小隊長と、数えるほどの戦闘ロボット……。それは、まぎれもないいつもの極悪帝国の出動に酷似している。奴らは確かにこの停止した時間の中でも、動いていた。
ぼんやりと疑念はあるが、同じタイミングで極悪帝国というのは何となくつながった気がする。
「これ、まさか極悪帝国の仕業か?」
この時間停止も、奴らが来た結果起きたんだろうか。
アタシたちだけが動けるような魔法でも使ったのか……? いや、それじゃあなんでクリスまで……。
……まあいいや。わからないけど、とにかく、どうにか変身して対抗するしかない。
その時、クリスがボソッと言った。
「いえ、彼奴等は、時空に障害を起こすほどの力は持っていないはずですわ……」
「――」
「それに、この止まった時間の中では、普通の人間が動く事は出来ません。
もし、帝国なら、そんなやり方をするはずがない……」
何故こんな事を知っているのだろう。もしかすると、あの怪しい研究所で入れ知恵でもされたんだろうか。
でも、クリスがそこまでわかっているなら……多分、アタシたちの事もバレてしまう。
クリスは、不意に、責めているような、励ましているような、曖昧だけれど、優しくはない――険しい視線で、独り言のように告げた。
「――なるほど」
それだけ。
だけど、もっと深い意味が込められているように見えた。
ミウが問いかけた。
「クリス、普通の人間って……」
「ミウさん、いちごさん。
……あなた方のような不思議な力を、持っていない人間の事ですわ」
――言われた。
アタシの心臓も止まりそうになる。
既にクリスは、この秘密を察知したのだろう。
アタシたちが、一体何であるのか。どんな事を隠し続けているのか。
アタシとミウは、気まずい表情をした。
「――クリス」
……これまでに言う機会がなかったのは、悪いとは思うけど。
それでも、アタシたちだって、ただ色々と慎重だっただけだ。
それに、アタシだって気になっている。なんでクリスはこの時空で動く事が出来て、そんな詳しい事を知っているのか。
クリスは、アタシの前にてきぱきした足取りで歩み寄ると、息もかかるような距離にまで近づいて、言った。
「行きなさい、マジカル女番長、それに、マジカルギャル……。
そして、今回も……どうせなら、必ず勝ちなさい!」
何かを、諦め吹っ切れたような一声だった。
呆れているのか、気が抜けたのか、何かを決心したのか、何もわからないが――とにかく、そんな時にしか言えないニュアンスで言った。
「クリス……」
「早く、行きなさい……」
そう言って、クリスはへたり込むように力なく座った。
アタシたちが隠し続けていた事がショックだったのか、こんなクリスは見た事がなかった……。
――唐突に、時間が動き出した。
時間の流れが一瞬にして変わったのを、確かに感じた。
家族席の人たちは直っているグラスを気にしていたり、店員は一瞬で少し様子が変わったアタシたちを不審げに見ていたりしたが、それぞれの思いは、すぐに窓の外の光景に塗り替わっていった。
極悪帝国の侵略軍。毎回必ず一人ずつ現れ、それでも強すぎるくらいの連中。
「……極悪帝国だ!!」
「逃げろ!!」
これからもアタシたちが立ち向かわなければならない敵が、そこにいた。
「――わかってるよ……クリス! 必ず勝つ……だけど、クリスもすぐに逃げて!」
アタシは、時間が止まる前のクリスの言葉に応えた。
だが、クリスは、その言葉には答えなかった。
「……これ、マジで内緒だからねっ。絶対バラさないでよっ!」
ミウは小声で言いつつ、アイスコーヒー一杯分の小銭をテーブルの上に置いていた。こうなったら、クリスに払ってもらうしかないからだろう。
アタシは、悪いけど、一緒に住んでいる訳なので、後で払う事にする。細かいのがないし……。
最後まで、クリスはそれ以上、何も言わないままだった。逃げようと言う様子さえなく、ただ椅子に座り続けている。
……まあいいや。心配だけど、すぐに行こう。
行かなきゃダメだ。
アタシたちは、そのまま店の外に駆け出した。
「「――変身っ!」」
誰もいない路地裏で、ルミナスエッグのボタンを押す。
アタシ――いや、アタイたち二人は、それぞれ不思議なキラキラ空間で、特攻服とフリフリの衣装に変身するのだ。
また、二人だけで揃ってしまったけど……とにかく、委員長だって多分遅れてくる。
アタイたちは、今は空から現れた極悪帝国の敵に立ち向かう。
マジカル女番長として。
「……ん?」
と、何かに気づいたようにミウ――マジカルギャルが言った。
「何だ? マジカルギャル」
「いや、なんかLINEに通知来てるんだけど」
「後にしろよ」
「……いや、今回は『マジバンは戦うな』って来てるよ。委員長のIDでワニワニンから」
って、そうは言うけど、もう変身してしまっているし、何しろ敵はすぐ目の前にいる。
状況が状況だし、見れば、余計に放っておけない。
「ハハハハハハハハハハッ!!
逃げろ、逃げろ、逃げまどえ、地球人ドモ……!!
ボクたちの国をてこずらせる愚かな民族……ボクはこれまでの小隊長のように甘くはないゾ!!!」
ここから見えるのは、そんな事を叫んで、たまたまそこらにいた通行人を脅かしている、不気味な道化師のような男性怪人……。
あれを放っておかないといけないって言うのか?
そう思った直後、ピエロの指示で、戦闘ロボットのミサイルランチャーが火を噴く。それは保険会社の看板に命中する。
「下等人種を屈服させ、一生奴隷のように働かせる事こそ、ボクのマニフェストダ!!!
ボクたちの邪魔をする者は死んでしまえッ……!!!」
見れば、そのまま巨大な看板は崩れて、人のいるところに落ちそうになっている……!
見覚えのある子どもたちが、大人二人に手を引かれて逃げようとしていたのが見えた。さっきの家族だ。喫茶店から出て、逃げている最中だったのだ。
そして、その上に、ゆっくりと看板の影が落ちていった……。
「やばいっ!」
「――くそっ! あんなんじゃ、誰に何て言われたって、ほっとけるわけないだろ!」
マジカルギャルとアタイは、すぐに駆けだした。
アタイたちなら間に合う。
このまま誰かを目の前で死なせたり、傷つけさせたりはしない……それが、アタイたちの真っ先にやるべき事なんだ。
「はっ!!」
「とぅっ!!」
どういう事情があるのかわからない指示よりも先に、アタイたち二人は、もう看板の下に立っていた。
誰もが目を瞑った隙に、倒れかけた巨大な看板の下で、アタイとマジカルギャルが踏ん張っている。――思ったより重いぞこれ。
「……大丈夫? 怪我ない?」
「……」
「大丈夫、っぽいかな……? じゃあ、パパとママとすぐ逃げて。できるっしょ?」
マジカルギャルが、呆然と見ている家族の――その中心にいる小さな子供に向けて言っていた。
その子は、不思議そうにマジカルギャルを見上げるだけで、いま起きた光景に対しては、決して何も言わなかった。両親の方は、肝を冷やした直後で、しばらく口をぱくぱくさせた後で、はっと気づいたように、「ありがとうございます!」と言って慌ててそこから逃げた。
こんな感謝の言葉を聞いた時、アタイたちは心に熱いものを感じる事がある。
……あの子供は、何も返しはしなかったけど、たぶんいつか気づく。感謝なんて、言葉だけじゃなくて、その時で良い。それに、まだ小さい子供がすぐに知らない大人に口をきくわけもないんだ。
アタイは、そう思った。
目の前で起きている事を見過ごすのは、アタイの道理に反する。
こういう時、憧れているモノと、やるべき事と、やりたい事と、本能と……すべてが一致するから、アタイは逃げない。
「はぁっ!!」
アタイは看板を持ち上げ、誰もいないのを確認してから、建物に立てかけた。
敵のいる方を睨むように見た。――今回の敵は、余裕そうにパントマイムをしながら、こちらを見て笑っていた。
極悪帝国らしくもない。こんな死人が出るかもしれないような攻撃を仕掛けてくるなんて……。
「来たネ、魔法少女……!!!
今日は随分と早いネ……!!」
「ああ、たまたま近くを通りすがったからな!!
だけど、あんた……これまでの敵と違う……あんたらがこんな酷い事をするなんて!!」
怒りが声に表れた。
「ふんッ!! 聞いて驚きなヨ!! 魔法少女!!
このボクこそは!! 誰でも三回受ければ絶対受かると言われている小隊長昇進試験に、十五回も落ちた男――クラウン・ドールなのダ!!
悪いけど、ボクほどの無能は他にいないヨ!!」
「そんな凄い無能……!? ――って、無能!? そんな事で威張るなよ!」
危うく、凄い実績を持つ敵なのかと思ってしまうところだった。
「フッフッフッ……だけど、人手不足とお情けで、こうしてボクも無事昇進させてもらったんダヨ!!
帝国は優しいから、どんな無能でも粘り強く試験を受ければ、大抵いつか受かる!!
受かっちまったらこっちのモンだヨ!!」
「――」
「昇進は出来たけど、イライラしてるから、これまでのストレスと鬱憤、すべてを貴様ら地球人にぶつけてやるんダ!!
ボクはぶっちゃけ、敵国の連中なんてゴミのように扱ったって良いと思うんダヨネ!! 今日はその為の戦いダヨ!!」
なんて下衆な奴だ。
帝国も帝国だ。絶対昇進させはいけない奴が、小隊長不足と、お情けとで、結局昇進させてしまったわけだ……。そんなの、上から下まで全員にとって迷惑だし、こっちにとってはとばっちりだろう。
しかも、多分こいつの場合――たぶん、昇進試験に落ちたのは、性格の問題な気がしてならない。
「とりあえず、ボクのやり方だけど……魔法少女には死んでもらうネ!!」
これまでの敵が絶対言わないような事を言いながら、ピエロは不気味に笑った。
……こいつ、怖い。何するかわからない。
ルールや道理を破っても、こいつは襲って来る。いつか、敵の幹部が言っていた「非人道的侵略行為」とかいうやつを、当たり前に使う「個人」がこいつなんだ。
「行くよ、マジバン……こいつ、マジでヤバそうだから、遊び抜きでボコボコね!」
「ああ」
――アタイは、その手に木刀を構えた。
道理に合わない相手なら、尚更、この拳も硬くなる。
そうだ、こんなヤツ、どこまでも痛めつけてやらないと……。
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