第10新卒:『パラレル女番長』その1
【夢咲いちご】
――久々に帰った世界。
そこは、異様な活気に満ちていた。
懐かしい秋声駅の姿……。いや、振り返ると三日ぶりほどだったが、今のアタシにはあまりにも長い時間が経過した後のようだった。
ここでミウや綾香たちと戦っていた時間が懐かしい。
お気楽な戦いを続けられたあの頃が、とても遠い時間のように感じられた。
勿論、厳密には、「異世界」ではある。――が、アタシが本来、いるべきだった場所。
長い悪夢など想像する事もなく、ただ安穏とした日々が続いている筈の分岐世界だ。
日付は――七月二十九日。
そうか、アタシたちが連れ去られたのは、揃って七月二十六日。それから後、アタシたち三人は、謎の異世界にある奇妙な島の中で殺し合いの開幕を宣言され、別々の場所に分散させられ、それぞれ誰かと出会い、戦い合ったのだ。
アタシたちは、同じように魔法を使う女の子や、れに近い力を使う奴らと、対立したり、協力したり……ややあって本気で戦う羽目になった。
魔法の非殺傷設定もすべて主催者によって解除された。
そして……アタシだけが生き残った。
「――」
この世界でも、相変わらず、七月の猛暑は続いている。蝉の声はいつもよく聞こえる。街並みはぼんやり歪む。街にあふれかえっている人たちは皆、暑そうに額を拭っているが、まぎれもない日常の中にいる。
ふと、思った。
ここは本当に、アタシが帰るべき世界ではなく、何も起きなかった世界なのか、と。
そんな時、不意に、その街頭から誰かの声がした。
「あれ? 番長……?」
それは――死んだ筈の仲間の声だった。
あまりに自然に聞こえた言葉に、アタシの中の時間は止まる。
そう、その声は――。
「ミウッ!?」
と、アタシは仄かな期待とともに振り返った。
しかし、そこには確かに青山未羽がけだるそうな表情で立っていた。少しだけ、アタシの様子に口をあんぐり開けている。
「え、どうしたの、そんな驚いて――」
「生きてるのか!? ミウッ!!」
アタシは、思わず、ミウに抱き着くように駆け寄っていた。
二日前に抱きしめたミウの身体は、既に力がなく、やがて氷のように固くなり――……それを思い出す。
だが、密着した瞬間、確かに聞こえる――ここに生きているミウの鼓動や呼吸。肌や服はじっとりと汗ばんでいたが、暑さに火照った体温も間違いなく感じた。
二度と会えないと思っていた親友の生命がここにある。実感する。
死に際のミウの姿を思い出す。――アタシの中のあの忌まわしい悪夢。体中に傷を負った、痛々しい彼女の姿。
「――ちょっ、何、暑いってマジ! 今日、三十度超えてんだから!
って、いきなりどうしたの? なんかまともじゃなさそうだけど……暑さにやられた?」
ミウは、慌てて、アタシを突き放す。
周囲を見て、どうやらひどく恥ずかしがっているようだった。
しかし、アタシにとっては関係ない。今生の別れの後に、またこうしてミウと会えたのを、何故喜ばずにいられるだろうか。
……とはいえ、まあ、こうなるのも仕方がない。
「いや、ごめん、なんでもない。凄く悪い夢から覚めたみたいだ……。
みんなが順番に死ぬ夢だ……」
「あー、マジか」
くだけた反応。
――それを見て、アタシは思う。
これまでの事は全部、夢だったのではないかと。
こっちの方がずっと現実感がある。
アタシはしっかりとこの世界に足をつけて生きていて、先ほどまでアタシが経験していた凄惨な殺し合いの方こそが嘘だったのではないかと。
そもそもだ、あまりにも作風が違いすぎる。アタシたちのお話で、あんな結末が待つわけがない。
「っていうか、番長。なんでここにいんの?」
「――えっと。散歩かな?」
咄嗟にそう返すが、少し無理があったかもしれない。
見下せば、アタシの今の恰好は、あの殺し合いの会場で調達して着替えた黒いワンピースだ。遠くから見ると喪服のように見える。普段のアタシがこんな格好をしているわけがない。
しかも、リュックサック――これは殺し合いの中の道具を入れるリュックだ――という出で立ちで、色々とバランスの悪いファッションだ。
いくらアタシだって、こんな格好はしないだろう。
……待て。
待て。そうだ、待てよ。夢として誤魔化せない立派な証拠じゃないか、これ。
殺し合いの時の恰好をしている以上、アタシは明らかに夢の住人なんかじゃない。
アタシは、明らかに――魔法少女同士のバトロワ的殺し合いを経験したうえで、この世界にいる。都合の悪い事は作風が違っても夢にならないのだ。
「……」
ふと、思い立ったように、アタシはリュックサックを地面に下ろして、中身を空ける。
これがただの買い物鞄なら、まだ夢だった事になる。
中にあるものを確認する。
「――」
リュックの中身は、開いた口がふさがらなくなるくらいに、殺傷武器に満ちていた。
ドラえもんの四次元ポケット方式で、そこにはいくらでもモノが詰め込めるようになっているが――到底、中身はこの世界で詳細にお見せする事ができない物体だ。
銃器、刃物、鈍器、毒物、爆発物、マジカルアイテム……その中には血塗られているものもあるし、遺品やあの空間での生活具までほぼ取りそろえられている。
悪い思い出が染みついていた。
……ダメだ。頭を抱えたくなる。
やはり、アタシはあそこにいた。
この手で何人も殺めた過去や、アタシの世界のミウや委員長たちが死んでいった事実は、どうやっても夢にならないらしい。
「どしたの、番長」
「いや、なんでもない……」
「それなんか入ってるの?」
「いや、本当になんでもない。忘れてくれ」
そう言って、ミウがリュックの中身を覗き込もうとする前に、アタシは慌ててリュックの口を閉じる。
こんなモノを見られたら、どうなるかわかったものじゃない。
いくらミウでもドン引きするだろう。
……いや。それにしても、こうしている場合じゃない。
やっぱり、アタシの宿命はただ一つ。
アタシがここに来たのは、何よりアタシの世界のミウたちを助ける為だ。
兎にも角にも、ターミネーターみたいに夢咲いちごを探して、この手で殺す事で、アタシは自分の生きる世界を取り戻さなければならない。
たとえ、別世界で自分が死ぬとしたって、あんな結末は見過ごせないから……。
「――」
みんなの死に様が過る。
……よし、行動しよう。
アタシはどうせ、夏休みの始めは自分の家でダラダラしている。外に出るような性格だったら、スポーツテストであんな低得点を取れていない。
すぐに引きずり出して、そんなアタシを殺すしかない。
目の前のミウの方を、しっかりと見る。
「――じゃあ、悪いけど、ミウ。ここでお別れだ。
アタシはちょっと、野暮用で、家に帰るよ」
「えっ? 結局、何しにここに来てたの?」
「なんだろう……。いや、まあ、とにかく……何にしても」
これからのアタシの行動次第で、この世界のミウはもう二度と、この世界のアタシに会う事はない。これがきっと、ミウの見る最後の夢咲いちごになってしまう。
悪いとは思うけど――それなら、この世界のアタシの代わりに、ミウには挨拶しておかないとダメだ。
「――さよなら、ミウ」
これから殺され、ミウと二度と会う事のない――そのうえ偽物同然のアタシに最後の別れを告げられるこの世界のアタシに少し同情しながらも、アタシはそう言った。
アタシを見るミウの怪訝そうな眼差しは、どこか、かつての親友としての眼差しとは違っている。
寂しさを感じつつも、アタシはそこを後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【夢咲いちご】
……あーーーーー。
まったく、夏休みが始まったのは良いけどやる事がない。
退屈だ。平和だ。何事もない。
バトルロワイアルに参加させられる悪夢を見た気がするが、いや、ちゃんと夢だった。良かった良かった。
まあ、それはそれでいいんだけど、夢とフィクションとダラダラだけで過ぎる一日は人生の無駄のように感じてしまう。
「……」
この前みたいな肝試しは勘弁だという気持ちが勝り、結果的にアタシは出かけるのが怖くて、ここ数日ずっと家にいる。ひきこもりだ。本当に何もしてない。八月三十一日に終わる夏休みに合わせて宿題をしようにも早すぎる。
計画があるのが嫌なので、あんまり計画を立てていないんだけど、結局計画がないのも嫌で、一日中ウダウダして時間が過ぎると焦る。
うーん。
クリスみたいにバイトでも始めれば良かったと思うんだけど……接客バイトでクレームとかつけられたら嫌だし、なんかワニワニンの話を聞いていると後の事なんて怖さしかない。よくクリスは平気で労働なんてできるよなあ……。
「――ん? クリス?」
「うぅっ……うぅっ……」
と、その当のクリスは、今日はバイトがなくて同じ部屋にいるものの、なんだか横で漫画を読みながら何やらウンウン唸っている。
調子でも悪いのかと思ったが――いや、違う。
そうだ。違う。今、クリスは、泣いているんだ。
……何を読んですすり泣いているのかはわからない。
同じ部屋で漫画を読んでいる友達が泣いているのはあまりにも気まずいので、泣き声を聞いてない事にして、今はそれとなく無言でやり過ごそうかなと思っていた。
しかし、当の本人が突然が、ばっと突然起き上がって、声をあげた。
「――信じがたいほどに、感動しましたわっ!!」
「わっ! びっくりした!」
心臓が止まるかと思った……。
いやいや、この年で死にたくはない。アタシの心臓に負担をかけないでほしい。
「どうしたの?」
「高橋留美子……やはり天才ですわ! 見てくださいまし、この『うる星やつら』の最終回!
このあたるくんの『忘れるもんかーっ!』っていう台詞。どういうセンスをしていたらこんな見事なシーンが作れますの?
あのシチュエーションで最後まであの言葉を言わないって……それ……おいおいおい……」
当人の話すところによると、なんだか、『うる星やつら』を読んで泣いていたらしい。
あー、そうだ。
しばらく熱心に読んでいたかと思えば一時期飽きて手放し、同じ作者の『めぞん一刻』を読む方向に落ち着いたかと思えば、ついこの前、最終巻で泣きながら「きっとこれだけ面白いならば『うる星やつら』も面白かったに違いありませんわ! きっと長すぎたから飽きただけですわ!」と読み返しに走り、今日ようやくそれを読んだ、と。
アタシもだいたいこの辺の漫画については同じ流れだったのでわかる。
……それは置いといて、クリスはすぐに泣き止んでテンションを上げていた。
「でも……そうですわ! 行きましょう! いちごさん! 出かけましょう!」
「は? どこに!」
クリスの一挙一動一言一句はすべて唐突だ。
「――もうっ! 夏休みだからってゴロゴロしてたら不健康ですわよっ!
今こそ、グッズを買いに出かけるべき時! マイナーな作品や一過性のブームならともかく、うる星やつらは四十年選手! 間違いなく、どっかにグッズがあるはず!
なんか身に着けてないと作品と別れたみたいで落ち着きませんわ! この感動が残っているうちに何か買いましょう!」
なんか思い立ったらすぐ行動するんだなぁ。
見習いたいといえば見習いたいけど、「暑いから無意味に出かけるな」っていうのがここ数日のニュースの常套句だ。意味がないならアタシも出かけたくない。
「え、外は猛暑だし……意味もなく出かけて熱中症で死にたくないし……」
「そんな事を言っているから、太りこそせずとも運動神経が上がらないんですわっ!
筋肉が衰えるのも無理なしっ! 握力12kg、100m28秒!」
「――うるさいなっ! スポーツテストの結果を言うなよっ!」
常識外の運動音痴はコンプレックスなんだから……。
まあ、こういう風に、いっそイジリのネタにしてくれた方が成仏できるくらいには、ひどい結果だと思うけど。
「でも熱中症が危険なのは確かだろ?」
「だから対抗策を覚えて出かけるんですわ。熱中症対策には、一にも二にも水分補給と適度な休息。
うちに膨大にある飲み物を何本か持ち歩きつつ、飲み切ったらコンビニでも自販機でも使ってケチらずに買う!
これで熱中症対策はバッチリ! 帽子も被って行けば、直射日光も完全ガード!
もし、疲れたらすぐに休んでよろしい! 大丈夫、オッケー、行きますわよ、いちごさん!」
「疲れた」
「まだ家から出てないじゃありませんか! 軟弱者! なまけもの!
ばか! いくじなし! 猫ちゃんの擬人化!
意志薄弱! 精神的向上心のない奴! そういう奴!」
「うるさいなぁ……」
「――というか、今のままの虚弱体質でもバリバリ死にますわよ!
もし、未来からターミネーターが襲ってきたらどうするおつもりです?
逃げきれますの!? 未来から来るロボットはドラえもんだけじゃありませんのよ!?」
「ターミネーターもドラえもんも来ないよ。フィクションだもん」
「ターミネーターじゃないにせよ、現実にも無差別的な殺人犯はいますし、
そこまで言わずとも、ひったくりやチカンなど逃げるべき相手はいますわよ!」
……うっ。
考えてみるとそうだなぁ。
「というか、考えても見てくださいな。
たとえば、いまは食べても太らないかもしれませんが、そうして未来を楽観視している人間こそ、怠惰を重ねていざ太るとどうしようもないのですわ。
この生活が延々続いて、夏休みが終わる頃には体重が三倍に増え、とても女番長とは言えないようなオデブになったらどうしますの?」
「うーん……それは確かに」
太らないとは思うけど。
「それに、根本的な問題ですが、いちごさんは自堕落すぎるでしょう。
心は女番長になりたいとか言って、結局、部屋に入るとスイッチが切れたかのように平凡より多少ダメな女の子になってるじゃありませんか。
自室モードのいちごさんは、意志が弱く、投げやりで、努力嫌いかつ引きこもりの言い訳上手。さながら、のび太くんに見えますわ」
……と言われると、あんまり言い返せない。
何もかも猛暑とエアコンが悪いんだけど。
クリスもこうしてしばらく一緒にいるうちに世話焼き女房みたいになってきてるけど、それと同時にアタシは自分を飾る為の背伸びを忘れがちになり、追い打ちをかけるように外気は三十度を超してエアコン部屋からの脱出を妨害する。
結果的に、こういう小言を言われるような形になってしまっている。
ダメだ。確かに、そろそろなんとかしないと……。
夏休み初めだからあわてなくたって良いとは思いつつ、考えてみると、その気持ちでいて夏休み終わりに来ても先延ばしが常套なのだ。
思い立ったらすぐ行動した方がずっといいかもしれない。
「わかったよ……行くよ、クリス」
「そうですわ! その通り! やっと目が覚めましたか! るんるん♪」
……なんか、もっともらしい事でずっとアタシを焚きつけてはいたみたいだけど、結論はコレだ。
自分が今すぐ行きたいものの、どこに行けばいいのかあんまりよくわからないので、土地勘のあるアタシを連れまわして行きたいというだけ。
……まあいいや。
詭弁だったとしても、ちょっと耳が痛い話だったし。
クリスに乗る事にして、頭の中に色々と浮かべる。
「えーーーっと、どっかにあったかな、『うる星やつら』の関連商品」
「どっかにはあるでしょう」
「いや、あるところに行く為に思い出してるんだよ……。
野菜買う時は本屋に行かないだろ?
うる星やつらがあるところを思い出して行くんだよ」
「それもそうですわね。暑すぎて文意が読み取れず失礼」
「こっちも暑すぎて変なところでキレ気味になってごめん」
いや、なんでこんなに暑いんだ。
当たり前に毎日毎日三十度超えて……。近頃の猛暑は、ただの暑さというよりは災害だろう。毎年のように観測史上のデータを超越するのがイライラする。
――なんて考えても、もう仕方ない。
アタシは、そういえば秋声駅にアニメグッズとかが結構置いてある本屋があるのを思い出した。
「あっ、そうだ。この近くだと、秋声駅らへんの本屋にあったような……」
「じゃあ、今すぐレッツゴーですわ」
と、そう言ってアタシは泣く泣く、エアコン天国から外に出る事になった。
廊下ですらもわっとしていて、エアコンのあるこの場所と比べて暑い。もう気が狂う。頭が痛くなりそう。死んでも出かけたくないよ。
そのうえ、なんだろう、下の階に降りると、リビングで御袋が皿を落として割る音が聞こえた。
「あら。嫌ねえ……何か悪い事が起きないといいけど。
あっ、二人とも出かけるの? 今日の夕飯、いちごちゃんが好きな焼肉と、涼しいパインサラダだから、すぐ帰ってきてね」
……なんて言っている。
うーん、ちょっとすぐ出かけて帰ってくるだけなんだけど。
「うん。ちょっと二人で買い物してすぐ帰ってくるから」
と、まあそんな風に言って、内心夜ご飯をちょっと楽しみにしているアタシだ。
まだ昼過ぎなのに夜ご飯のネタバレを受けられたのは、ちょっと嬉しい。帰ってご飯を食べるのを楽しみに待てる。若干、死ぬ前の出撃シーンみたいに見えちゃうけど。
「さて、と」
あ。玄関でアタシが靴を履くと、突然、ブチブチブチッと一斉に靴紐が切れた。
「あっ!?」
うわ。なんだろう、この嫌な感じ。
……とりあえず、まあいいや。これはほっといて、クロックス型のサンダルを履いて出かける事にしよう。この方が涼しいし……。
靴紐は後で直そう。玄関を開ける。
カーカーと家の前の電線の上に漆黒のカラスの群れが、ピンポイントで停まって鳴いていた。
「――あら。なんか、不気味なまでにカラスが騒がしいですわね」
「あ、黒猫の集団だ」
カラスに気を取られていたが、目の前の道路を見ていると、何匹もの黒猫の集団が大名行列のように次々と目の前を横切っていた。
みな、低い声でミャーミャーと鳴いている。なんかあんまりかわいくない、というか、ホラー映画に出てくるような、不気味なタイプの猫だ。
それにしても、いくら何だって黒猫がこんな絶え間なく何匹も何匹も目の前を横切り続けるなんてありえないだろう……。
……何て言っていいのか、凄く嫌な予感がする。
良くない事の前兆が全部続いている予感が凄い。
今日は、ろくな目に遭わない予感……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆




