第8新卒:『たったひとりの三姉妹』その2
【青山未羽】
……敵が出て来ない。
あさみちゃんの手術は三日後だっていうのに、出てくる気配ゼロ。
いつもはアポなしで突然来たり、襲撃の翌日にまた襲撃したりしてくるのに、よりによってこんな時に限って、ほんとに誰も来ない。
一週間も空く事なんてこれまでほとんどなかったのに。
「もぉ~~~~~なんで来ないのぉ~~~~~」
ほんと、来てほしくない時に来て、来てほしい時に来てくれないってイライラする。
頭がもやもやして仕方ない。
向こうが来る事を想定して特訓してるのに。
……って事で、あんまりにもイライラしたので、ウチはもう変身なしでランニングに出かける事にした。
とにかく、何かをしていよう。
ひたすら体を動かして強くなって、今回はきっちり勝とう。
どこかにいるあさみちゃんが感じているつらさを、ウチも少し感じてから戦おう。
そう思って、ウチはスポーツタイツと10kgの鉄ゲタを装着して、走る事にする。
なんで鉄ゲタが我が家にあるのかはわからんけども……。
「まあいいや。よーい、スタート!」
外に出ると、アスファルトの道路でガチャガチャ鳴る鉄ゲタ。
めちゃくちゃ耳に悪いし、何より近所にどう見られてるかが恥ずかしい。
……けど、とにかく実践だ!
鉄ゲタでいつもの土手まで走って、それから、また鉄ゲタで戻ってこよう(まっ、結果的に、走るってより重い物を引きずって歩くって感じだけど)。
……。
……。
……。
……で、一時間経って土手に辿り着いた。
「は、はひ~……」
ぶっちゃけ、もう歩けない。死んでしまう。
余裕があったら土手をぐるぐる走ってやろうと思ってたんだけど、なんか無理っぽい。
もう足上がんない。なんか軽くしびれてるし。足の指超痛い。ちぎれそう。
「何これ超無理~……」
やっとたどり着いた土手の芝生で、気づいたらウチは横になった。
腕時計を見ると、こんなはずじゃなかった時間になっていて、もう本当にしんどい。
しかも、帰りの靴を持ってきてなかったから、帰る時は鉄ゲタか裸足。
しばらく休むしかない。
もう体もボロボロって感じだけど、それでもまた何時間でもかけて家に帰ろう。
ちょっと暗くなってきたけど、まあ大丈夫でしょ。
鉄ゲタを脱いで、一度裸足になって寝転ぶ。
鉄ゲタを置いてみたら、かなり体が軽くなった感じがした。
そんな感じで眠りそうな目を開けて、空を見る。何となくなつかしいって思っちゃう空一面オレンジの夕焼け。かなりきれい。
「――あら。誰かと思えば、あなたは……」
ん。
誰? なんかウチの顔を覗き込んでる影。
超へとへとで汗が目に入ってる中、その顔はぼんやりとしか見えない。
「……青山ミワさん」
あっ、クリスだ。
上から覗き込んでるから、縦ロールがこっちにぶら下がって降りてきてるもん。
ちょっと起き上がったら縦ロールに当たりそう。
「どしたの、クリス」
「いや、あなたこそどうしたんですの?
今時、鉄ゲタを履いて走っているギャルなんて見かけませんわよ……」
「修行中なの。わりーけど、ほっといてよ」
「それに、そんなところで寝転がっていると、
エアマックス狩りに遭って鉄ゲタ取られますわよ」
「……いやいや大丈夫。
鉄ゲタはエアマックスじゃないし、現代にエアマックス狩りはないから」
「いえ、この鉄ゲタ、エアマックス特有のビジブルエアがありますし、
間違いなくエアマックスですわよ……。
鉄ゲタなので、流石にエアが抜けているようですけど……」
「えっ!? この鉄ゲタ、エアマックスだったの!?」
ウチはちょっと確認してみた。
ちゃっかり中身が透けてるし、ロゴもある。
「うわ、マジでエアマックスだこれ……」
道理でウチの家にあるわけだ……。
エアマックスの鉄ゲタを開発した人は何を考えてたんだろ。親和性悪そうなのに。
でもどーでもいいから、もう一度エアマックスを置いて寝転がる。
「――ああっ……!!
エアマックス狩りではないけれど、
光る物を集める事で有名な習性があるカラスが、
いまちょうどミワさんのエア鉄ゲタを持っていこうとしてますわ!
このっ! このっ!」
エアマックスに群がったカラスを、クリスが追い返そうと必死に頑張ってくれてるんだけど、なんかウチはもう動けない。
ごめんね、がんばって、クリス。
「えっ!? このカラス強いですわっ!?
徒手空拳では敵いませんわっ!?
誰かワタクシに武器を……武器を……っ!
あっ、エア鉄ゲタを咥えて………………――重くて諦めたようですわね」
なんか、ウチの足元で起きていた戦いは、エアマックスの想像以上の重さに持っていくのを諦めたらしい。
カーカーうるさかったのが、突然聞こえなくなった。
「……疲れているようですわね、丁度、大納言しるこを持ってるんですが、飲みます?」
「いや、水分は欲しいけど、そんなの飲んだら絶対もっと喉乾くし……」
大納言しるこ好きだけど。タイミング。
「そうですか……じゃあ、この『レモンウォーター』はどうです?」
……なんか、やっぱりあんまり見ない飲み物をクリスが見せてくる。
まあ、喉乾いてるのは事実だし、おしるこじゃないなら有難く飲ませてもらおう。
こういう時はスポーツ飲料が一番だし。
「ありがと。貰うね。えっと、これいくら?」
「そこのディスカウントで箱買いしたものの一つですわ。
確か一本、39円だったか……。
まあ、夢咲家の皆さんが飲まないので、お代はいりません」
クリスってマイナー飲料ばっかり買ってるんだっけ。
なんか、考えてみると、それならドクターペッパーって比較的メジャー?
……まあ、とにかく、やばいくらい安いんだね。
ごくごく。あー、おいしい。
味薄いし、ぬるいけど、飲み物ってだけでおいしい。
「……それにしても、鉄ゲタで修行とはよくやりますわね。
ミワさんはサッカー部でしたっけ? 陸上部でしたっけ?」
「帰宅部」
「では、まさかとは思いますが、帰宅の早さを鍛える為に鉄ゲタで特訓を……?」
「いや。ちゃうちゃう。もっとちゃんとした理由あんだよね。
あんまりはっきりとは言えないんだけど……絶対やんなきゃいけない事あってさ」
「ああ、それなら良かったですわ。
帰宅の為に陰で努力する帰宅部なんて、たとえ死んでも見たくありませんもの」
なんでそんなに帰宅部の努力に嫌悪抱いてんの?
クリスも帰宅部だから他の帰宅部をライバル視でもしてんの?
「えっとね……。
とにかくウチは、帰宅の為じゃなくて、ちょっと女の子の為にやんなきゃなんないの」
ウチが頑張らないと、一人の女の子に勇気あげられないからね。
……って言うのも何だけど、とにかく、手術の日までひたすら特訓して強くなりたい。
「――そうですか。なんだか、よくわかりませんが……」
「そう?」
「ええ。とにかく他人の為に奉仕している、というのはわかります。
しかし、鉄ゲタに何の意味があるんだかは、ちっともわかりませんわ」
「えっ」
「だって、あなたが鉄ゲタを履いて走る事で救われる女の子っていますの……?」
……えっと。
そう言われると……困る。
「……まあ、あなたの事情ははっきりとはわかりませんわね。
鉄ゲタを履いて走らなければならない、止むに止まれぬ事情があるとも知れません。
ミワさんが鉄ゲタを履いて走っている光景を見なければ精神を著しく病む女の子だとか。
失礼しましたわ」
「あっ、いや、えっとさ……。
その子がいま辛い想いしてるから、ウチも頑張ろうってさ。
ウチもちょっとでも辛い想いして励ましてあげようって思ってんの」
「――ああ、なるほど。そうですか。
……でも、辛い想いをしている人を慰めるために自分を苦境に置くのは、何の意味もありませんわよ?
その人と同じにはなれないんですもの――」
なんだか、クリスの声が不意に寂しそうな物に変わっていった。
彼女が何を思い出しているのかはウチにはわからなかったけど、きっと何かを思い出しているように見えた。
でも、なんか、すごく重い言葉。
「所詮、自分は自分、他人は他人、ですわ。……良くも悪くも」
「で、でもさ、痛かったり辛かったりを知ってるから、相手の気持ちがわかるって事あるよね?」
「まあそうかもしれませんが、
その子とやらは、鉄ゲタで走り回った痛みに耐えてますの?」
……あっ、違う。
でも、でもっ、ほらっ! ……えっと。
「ウチはただ、フツーにテキトーに生きてきたけど、
そうじゃない人だっているじゃん……!
そんな子を励ますって時に、ウチは何すればいいんだか。
絶対元気あげたいし、その為なら何だって……」
「……まあ、ワタクシも訊いてみただけなので、別にあなたを否定するつもりはありませんが」
「だって、そういう子には言葉とか態度とか選ばないと無責任だし、
そういうの考えるの苦手だし、ほっとくわけにもいかないし……。
だって、そういう時ってホント、どうすんのが一番いいんだか。
とにかく、まずは特訓ついでに、辛い想いしながら走ろうって……」
「ああ、それで鉄ゲタを履きながら、方法を探していたんですわね……。
なるほど。ようやく意味がわかりましたわ。
何故、いま、ギャルが鉄ゲタを履かなければならないのか――謎はすべて解けた! ですわ」
……あっ、今のでわかったんだ。
「――とはいえ、まあ、先ほど言ったように、自分は自分、他人は他人。
自分が辛いと思う事を他人に強いたり、
自分が楽しくない時に楽しんでいる相手を恨んだり、
そんなのは何の意味もない事。
全員で一斉に暗くなる世の中なんて、ワタクシにとってはクソですわ。
そんな辛さを強いてくる友人ならば、いっそ縁を切ってしまいなさいな」
いや、そりゃわかるけど、んな事言ったってあの子にはしゃーないよ。
不幸な時に他人をちょっと妬ましく思わなきゃなんない人だって当然たくさんいるし、ウチもたまーにそうだし。悪い事じゃないと思う。
そういう時の為に、相手の気持ちに近づいてへらへらしないデリカシーって超大事だと思うけど……。
まあ、ウチもなんか、人の事言えない気するけどさ。
「――今回は、ウチが勝手にやってるだけだから」
「そうですか。……まあ、いいんじゃありません?
ワタクシはワタクシ、あなたはあなたですから。
それもそれであなたらしい判断だと思って尊重しますわ」
なんだろ。
う~~~ん。
なんか見下されてる気分。いや、まあ、ポジション的には見下されてるんだけど。
ウチも普段ならそういう事言う側だからかな……?
……でも、絶対にいつもそうってわけじゃないし。
とにかく、ウチは一人で頑張るって決めたからシャットアウト!
「――って、あっ! ヤバいですわっ!
ワタクシ、バイトの為にここを通ってたんですわ!
しかも始業時間まであと一時間しかありませんわっ!?」
「余裕じゃん」
「とにかく急ぎますので、これにて失礼っ! ではっ!」
……結局、何なんだあの子。
クリスって、巨大隕石に頭ぶつけたりしたのかな……?
まあいいや。
やっぱ、変だけどわりと良い子だよねクリス。
――……なんて思ってたら、ウチのスマホアプリが『極悪帝国きたよー^^』と音を鳴らし始めた。
極悪帝国はいつも突然だ。
だけど、今日はちょっと、待ってた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【青山未羽/マジカルギャル】
――――パラリラパラリラ~。
まだまだ色んな窓が光っている町の空。
空は真っ暗に近づいてるけど、下にはまだまだ灯りがある。
そして、やっと来た極悪帝国。
空中の光を追って、ウチは先に現場に向かっていたマジカル女番長あーんどマジカル委員長を探す。
いつもこうして、光を追って三人それぞれ会う形になる。
赤、青、緑の三つの光の線が隣り合った。
「マジバン、マイマイ! 今日はウチ、一人で戦うからね!」
厳重注意。
今回は二人が一緒に戦ったら負けだと思う。
マジバンとマイマイも顔を見合わせる。
「――わかってる! だけど、傍で見てるくらいは出来るだろ!」
「いざっていう時は、当然あなたを守るわ。構わないわね?」
ウチは頷く。
でも、そうなったら負けだ。
誰かの力を借りるわけにはいかない。
確かに、二人が協力して倒してくれれば地球を守る事は出来る。
代わりに一人の女の子に勇気は与えられない。
「いくよっ!」
加速して、誰よりもウチが先頭になって、現場に向かった。
――極悪帝国が現れたのは、天楽市内の隣町・歌舞斗夢市にある呪駅付近。
普段はあんまり極悪帝国が来ないからか、なんか野次馬の数が普段より多い。
先に来てた警察とかも必死に封鎖してるんだけど、結局野次馬の数が桁違い。――カメラを回している人たちも多すぎる。
「――あっ! あれは何だっ!?」
「鳥かっ!?」
「魔法少女かっ!?」
「暴走族かっ!?」
「いや、あれは……」
様々な人が、街に降り立っていくウチらを見て騒いでいる。
うーん……一般人に言われて答える事ってあんまりないけど、答えちゃうか。
「ウチらは、ただの……子供に希望を与えに来た暴走族だからっ……!!!」
ハイ、キマリ。
とにかく、ウチら三人暴走族は、悪い奴をブッ飛ばす。
今日の相手は何男? ……じゃなかった、今日の悪い奴はどんな奴?
見ると、白衣を着て、その顔はカラスみたいな形のマスクですべて覆われてる。
超不気味。
言葉も凄く冷たい。まるで機械みたい。
「……来たか、魔法の暴走族」
「誰だ、あんたは!?」
「私は、死神ドクターC.D.。本業は、軍医だ。
この度、特別に戦線に出る事になった。
ちょうど、地球の皆に、私のマニフェストを聞かせようとしたところだ」
えっと、軍医……? お医者さんって事?
凄く若くて、髪が医者とは思えないくらいすらーっと伸びていて女の人みたいな男の人だ。
……とにかく、今回の敵は、この死神ドクターC.D.って事ね。
「さて、それでは、まずはきみたちの名前をお聞かせ願おうか」
死神ドクターC.D.は、こっちに名乗りを振ってくる。
顔を見合わせた後、マジバンが頷いて、彼女から順番に名乗り始めた。
「邪なる魔物の薔薇の舞……今宵咲かせて魅せましょう……」
「明日の命があるのなら……それを捨てても往きましょう……」
「走りに命懸けてます、来れるもんならついといで!」
「初代魔法連合、魔侍華流女番長――紅魔利子!! 見参!!」
名乗りタイム。
マジバンから名乗ったけど、ウチらはあくまで一人で戦う。
「ゥチは、正義のヒーロー、マジカルギャル!
またの名をクレープちゃん♪ ダヨー★
よろしくねー(^^)」
はい、ウチのウインク攻撃。
とりあえず、これで戦闘ロボットは撃破できるかなー……と思ったけど、今回はいないみたい。
なんか、この人一人で来たのかな。
それなら、魔法は消費せずに一対一で戦える……。
「ここで、これを見ている女の子へと一句。
――――見ていてね
――――ギャルの戦い
――――そのかちを
……以上。麗しの大和撫子、マジカル委員長」
マイマイの俳句は、今回は「勝ち」と「価値」をかけたダジャレ(?)だ。
よくまあ、毎回別のダジャレ考えながら俳句作れるよね。とにかく、この俳句は、どこかできっとウチの戦いを見てくれるあさみちゃんへのメッセージ。
ウチが戦って、そして、「勝つ」。その「価値」をちゃんと見つけてねって事。
そんなわけで名乗り口上。
「「「魔法の一騎打ち! マジカル三姉妹!!!」」」
「この世を荒らす」
「不埒な輩に」
「女の闘い、申し込むっ!」
「「「覚悟しなっ!!!」」」
いつも通り、ウチらの後ろでナパーム爆発。
最近知ったんだけど、これはなんか魔法の力を放出してるだけで、人体に当たってもそこまで影響ないし、モノ壊したりしないバーチャルなんだって。
……敵が爆発するとほんとにそうもいかないけど。
「――というわけで、今回はウチが一対一であんたと戦うからっ!」
「一対一……? どういう事だね」
敵が頭にハテナを浮かべて訊いてくる。
そりゃ悩むよね。三人で戦った方が効率良いもん。
それでも。
「決まってるでしょ、あんたを一人で倒すのっ!
――おーいっ! テレビ、見てる?
あさみちゃん、今からマジカルギャルが一人であいつ倒すからねっ!
絶対、見ててよねっ!」
とにかく近くのテレビカメラに向けて、大きな声で叫んだ。
あさみちゃんって誰なのか、いまこの映像を見ているみんなが考えてるかもしんないけど、今日の戦いは世界じゃなくて、あさみちゃんに捧げるモノ。
ウチから一人の女の子へのメッセージだ。
「……なるほど。誰かと約束がある、という事か」
「あんたらには関係ないじゃん」
「どうあれ、私にも、譲れない約束がある。
戦友との譲れない約束がね……」
死神ドクターC.D.は、両腕を高くあげるが、戦う準備はしなかった。
ウチと戦うんじゃなく――ただ、何か伝える為に来たみたいに、そのまま、政治家の演説みたいに語りだした。
あのカラスみたいなマスクの下で、きっと大きな口が開いて、中のマイクが響いたんだと思う。――凄く大きく、声が響いた。
「――地球の皆さん方、聞いてくれ。
私のマニフェストは、『この世界を安楽死合法地域に指定する事』だ!」
そして、この怪人は、ものすごくタイミングの悪い話をし始めた。
ウチは思わず絶句する。
「――先ほど言った通り、私は医者だ。
かつて、私は、人には最後まで生きる義務があると、信じてた。
人が生きる手助けをする……それが医者の運命だと、
誰に何と言われようと、それこそが私の誇りだと思ってきた」
「だ、だから、それでいいじゃん!」
「しかしながら、軍医の私は、戦いの地に立って大勢、見てきた……
苦しみに耐えながら、報われる事なく死んだ……治療によって余計な延命をされた兵たちだ!
現実には、動けない体に、痛む体に苦しみ――『死ぬ事』だけが唯一の希望となった者も、多くいた!
彼らは理想では救えない、医療でも救えない……」
「――」
「今、地球にも、戦場でなくとも、重い病と闘い苦しみ続ける者は多いだろう!! ここには、合法の地もあると聞いている!!
しかし……我が帝国に、安楽死という制度はない! ならば、私が作ればいい! 侵略した地に、その功績として、新たな手段と選択を!!」
「――いや、ちょっと待って、今そんな事言わないでよっ!
なんで今、よりによってこんな時にそんなっ……そんな事を言うのっ!!」
こんな事言われたら、あさみちゃんが怖がるじゃん!
今日はあの子が病気と闘って生きる勇気をあげる為に戦うんだよ?
あさみちゃんは全然医療で助かるけど、それでもきっと辛い想いしてるんだよ?
死んで楽になるって事の為に戦うつもりなんて絶対にないから!
……でも、コイツは続ける。
「――地球の皆よ、私の言葉を聞いてくれ!!
極悪帝国の管理下に置かれれば、帝国の持つ科学技術も、この地で分け合う事ができるのだ!
提供できる医療技術は多くはないが……。
……ただひとつ、我々の持つ魔法には、麻薬よりも素晴らしい幻惑効果もある!
あれを使えば……最後の時を、苦しみや痛みではなく、心地よい夢や思い出と共に、眠るように旅立つ事もできるはずだ!
そう、我々とともに生きれば、最後の瞬間を、その人の幸せに彩る事ができるっ!!」
――マジバンとマイマイもこいつを苦い目で見ている。
……だけど、二人とも反論だけはしなかった。それどころか、誰も野次を飛ばしたりはしない。
この人も、とにかく必死なんだ。病気や大けがで苦しんでいる人たちを見てきた仕事だから。
この人の言ってる事が嘘なのか本当なのかわからない。ただ、とにかく、涙声のような必死の演説が街を飲み込み続けた。
彼が主張する「夢を与える魔法の力」に惹かれる人もたくさんいるんだ。
「――」
正直、ウチもどっちがいいかはわかんないけど、とにかく、今は……絶対イエスなんて言えない。
ウチが反論しようとすると、その瞬間にまた大きな声が重なる。
「最後まで生きて戦うか、死という安らぎに逃げるか!! どちらも間違っていない!!
否定されるべきものではない!!
私は、多くの民に……その自由な選択と、本人の望む最良手段を与えたいっ!!」
「ダメ……」
「死ぬよりも今日を生きる事が、苦しみが持続するのが辛い……そう訴える者たちの意思を尊重したいのだ……!!
それがたとえ、私の存在否定だとしても……それが、私自身の答えだ!!
その為に、私は今日、この地に来た!!」
「そんなの……」
「ああ、勿論全員がそうしろとは言わない――
ただ、今を苦しむ帝国民に、その『幸せな死』という選択肢を与えてほしいっ!!
私は、戦う以上に、この説得の為にこの地に来たのだっ!!」
「――そんなの、ダメだよっ!!」
この人の声より大きな声で、ウチは叫んだ。
ちゃんとした、具体的な、そんな反論が出るより前に、ウチはたくさんの人の注目を浴びてしまった。
何か、何かいわないといけないんだけど……一体何を言えばいいのかわからない。
なんにも知らないから、この人の言葉に全部は言い返せない。
でも、言い返さなきゃ。
「――」
どこかで聞いてるあさみちゃんの為にも。
それに、あさみちゃんだけじゃない。――何か大きなハードルや絶望を抱えて、揺らぎそうになっている人たちの為にも。
「そんなの、良いんだか悪いんだかわかんないけど……
合ってるとか間違ってるとか、
きれいごとかはわかんないけど……
とにかく、今はダメだから!!」
「何故だ――」
「だって、選択ができるようになるって言うけど……
もし死んじゃったら、もう何も選ぶ事できないじゃんっ!
それ、それ……凄く大事な決断なんだから、
こうやって、みんなの前で煽っちゃ、絶対ダメっ!!」
ウチは精一杯で語り掛けた。
自分の中に色んな言葉が浮かんできて、まとまるかわかんないけど、とにかく必死で返してみせた。
「このカメラを見てよ! いっぱいあるよ! みんな見てる!
地球のたくさんの人がいま、あんたの言葉を聞いてるんだよっ!?
だってだって、あんた医者なんでしょっ!?
いま不安の中に生きてる人たちに、そんな話を突き付けちゃダメだよ!!」
「――」
「死ぬ方法じゃなくて、生きる楽しさとか、生きてて得したなーって思う事とか、
それ探すのがマニフェストってやつの本当の使い方なんじゃないの!?
これを見ている人たちが……その中にいる、病気や辛さと戦ってる人たちが、
あんたの言葉で……――それって、超重いんだよっ!?」
ウチの中で見つかる言葉や想いはそれくらいだったけど、とにかく必死。
正論だって言われても、ウチにはそれは無理だ。
「――ああ、確かに。
きみの言う通り、命は原則、本来続くべきモノ、私たち医者はそれを救うべきモノだ。
これは、大勢の前でする話ではない。
……しかし、その例外にぶち当たった者の事は、いずれ誰かが目を向けなければならない。
彼らに居場所や、その人にとっての最善を与えるのも、我々医者だ」
「……」
「たとえ何があっても、私はいつか、この苦しい世界に実現させなければならない。
魔法を、人が見る最後の夢の為に使う世界をね!」
……ぐっと堪える。
やっぱり、極悪帝国って最後まで話できない。
みんな何か――どっかでぶつかっちゃう。そんな宿命なんだと思う。
わかる……わかるけど、なんか違う。
ウチが言って良いんだかは、わからないけど――。
「でも、ダメ……絶対させない」
「きみがそういうならば、政見放送の時間はやめよう。
私にとってのチャンスは、今日だけだ。その時間を、無駄には使えない」
「ウチは……ワガママかもしんないけど、
とにかく、これを見てくれる子の為に……
今度手術があるあの子の為に……絶対勝たなきゃダメなの!
だから、絶対倒す!」
そう、それがウチのやらなきゃいけない事だ。
たとえ相手が正しいって状態でも、ウチは今は……あの子の味方。
あの子には、まだまだ未来がある。子供が生きたいって思える未来だけは絶対、作る。それが、どんなバカだって当たり前に考えなきゃならない大人の義務じゃん。
一人で倒す。
絶対……。
…………あれ。
でも、なんだろう……。
なんか……力が入らない…………。
ものすごい…………眠いし…………。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆




