第三章 忘却の想い【3】
……二人?
そこで気づく。
居間には響子と李桜の姿はあるけど、アリーシアの姿がない。
いやまぁ、そもそもの話が、彼女たちがこんな時間に起きていることがおかしいだけで、普段の伊浪家ではこの時間帯に起きている人はいない。
僕だって、たまに起きているくらいだし。
特に、アリーシアは眠る時間が早い。
吸血鬼って言われれば、夜行性で、昼よりは夜に活動しそうなイメージがあるけど、アリーシアの場合、半分は人間の血だし、まだ子供だから、イメージとは異なっているのかもしれない。
実際、僕が持つ吸血鬼のイメージである、太陽の光に弱かったりしないしね、アリーシアは。
それに、アリーシアは人一倍、休まなくちゃならない。
僕の血を吸って、アリーシアは弱体化している。
それは僕が持つ妖魔殺し――『否定』の力のせいなんだけど、
『否定』の力は、その名の通り、妖魔に関するありとあらゆる事象や現象を否定することが出来る力だ。
一見して、これだけを聞くと、対妖魔最強の力なんじゃね?と勘違いしてしまいそうになるが、ところがどっこい。
『否定』はそんなに有能な能力じゃない。
まず一に、『否定』は自分の意思で発動することが出来ない。
実際、僕自身も、一度たりとも自分の意思で発動したことはないし、アリーシアを弱体化させたのだって、僕の意思じゃなかった。
二に、使徒である僕にとって、この力は枷でしかないということ。
僕はアリーシアの使徒になることで、彼女が司る権能――『雷』を継承している。
だけど、僕はその力をフルで発揮することは出来ない。
アリーシアから供給を受けることで僕は魔力を得て、それを用いて『雷』を練り、発動するんだけど、僕の中で魔力の凝縮を感じると、どうしてか自動的に『否定』の力がそこに関与し、僕が練った力を消滅させてしまうのだ。
おかげで僕は、『否定』の力が発動しない程度の『雷』を使うことしか出来ない。
三に、僕の『否定』の力が弱いということ。
『否定』が持つ、妖魔に関するありとあらゆる事象と現象を否定するという力を、僕はアリーシアに対して、無意識のうちに行使している。
でも、僕はアリーシアという存在を否定することは出来なかった。
それは僕の『否定』の力が弱かったからだ。
だから、アリーシアは死ぬこともなく、弱体化しているのだ。
そういうことがあって、アリーシアは現在も力を取り戻している真っ最中だ。
食事を取ったり、僕の血を吸ったり。
依然、肉体的に変化している様子はないけれど、本人の話では徐々に力も戻ってきているらしい。
というか、彼女が取り戻していた力の多くは、僕の左腕の治癒に使われていたり、僕に力を分け与えていたりで、その分の遅れもある。
血を吸ったのは間違いなくアリーシアからの行為なんだけど、そこには少し罪悪感を覚える。
と言っても、僕が彼女にしてあげれるのは、血をあげることくらいなんだけど。
なんてことを考えていると、僕の対面に座っている李桜が、未だに僕を凝視していることに気づく。
なんだなんだ?
本格的に怪しくなってきたぞ。
こんな時間に彼女たちが起きているってこともそうだけど、どうにも様子がおかしい。
さっきから人の顔をじろじろ見てくるし、なんなんだろう。
でも、その目は決して僕に対する悪意だとか、そういうものが含まれているようには見えない。
しかし、事情も話すことなく、こうしてじろじろ見られているのは少し癪に障る。
だから僕も、李桜を見つめ返すことで、反撃してみる。
「じぃ……」
「何故お前は私の胸を凝視する」
「えっ? 李桜のおっぱいは観賞用じゃないの?」
「違う。それと、『李桜の』とはなんだ。私以外の胸はなんだと言うんだ」
「そうだね……響子のは観賞用には不向きだから、」
「ぶち殺しましょうか?」
ぎろり。
包丁を構えた響子がキッチンから僕を睨みつけていた。
さん、はい。
「ごめんなさい」
伝家の宝刀、土下座で謝罪する。
よろしい、と響子は作業に戻ってくれる。
ふぅ、危ない危ない。
響子の胸に関しては言ってはいけないんだった。
すっかり忘れていたよ。




