第三章 忘却の想い【4】
……あぁ、そうだ。
忘れていたと言えば、だ。
「あのさ、李桜」
「なんだ」
「僕ってさ、どうやって学校から帰ってきたか、知ってる?」
どれだけ脳内を詮索しても、一向に答えが見つからないし、同じ学校で、一緒に帰っているはずの李桜に訊くのが早い。
しかし、李桜は少し戸惑った様子で、恐る恐ると言った感じで、
「覚えて、いないのか?」
とだけ、問い返す。
僕はそれに頷いて答える。
すると李桜は、うむ、と一度頷いてから答える。
「私が気絶したお前を背負って、連れ帰ったんだ」
「気絶? 僕が?」
はて、どうして気絶なんてしたんだろう?
その疑問に、李桜が答える。
「放課後、お前は私の教室にやって来たかと思うと、『李桜! おっぱいを揉ませてくれ!』と言って、ダイビングして来たのだ」
「……」
「だから私は、『させん!』と答えて、飛び込んできたお前の首を掴み、のど輪で落とした。つまりはそういうことだ」
「……マジですか?」
まったく、これっぽっちも覚えていないけど。
「あぁ。落ちる寸前まで、『おっぱいおっぱい』と呟くお前の姿は非常に気味悪かった」
「ごめんなさい!」
自分の所業に対する謝罪をする。
全然信じられない話だけど、李桜が言うってことは、嘘じゃないんだろう。
それに、だ。
「おっぱいが絡んでいるということは、やりかねない……」
あぁ、自分が恐ろしい。
普段はちゃんと抑制しているつもりなんだけど、まさか、どこかでたがが外れてしまったのかな。
そんな経験、一度もないだけに、ちょっと怖い。
のど輪で僕を落とした李桜も怖いけど。
「覚えていないのは、おそらくそのときのショックだろう」
「なるほど……」
記憶があやふやなのは、そういうことなのか。
ということは、『アレ』は関係ないってことなのかな。
なら、少しは安心かな。
「はい、兄さん」
「ん、ありがとう」
少しして、響子がチャーハンを持ってきてくれる。
「どこか、お加減が悪いところはありませんか?」
「いいや、見たところ、どこも正常だよ」
ぱくり、とチャーハンを一口。
うん、やっぱりおいしいな、響子の料理は。
「となると、異常なのは脳だけですね」
「待って。いったいどういう経緯でその答えにたどりつくのかをきちんと説明してくれないかな、マイシスター?」
「えっ? 兄さんが脳に異常を来たしているのはいつものことでしょう?」
料理はこんなにおいしいのに、どうして妹様はこうもひどいのだろう。
どこで教育を間違えってしまったのか。
あぁ、あの頃の純粋無垢な響子はどこに消えてしまったのか。
「それはただの妄想です」
「いっそ、そんな気がしてきたよ」
「失礼な兄さんですね。解毒薬をあげませんよ?」
「毒入りチャーハンっ!? というか、妄想って言ったのは響子でしょ!」
「冗談ですよ、毒は入れていません。私は自身の料理を汚すような真似はしませんから」
「それは良かった……」
「しかし、憎悪の念を込めています」
「入れるのなら愛情にしてよ!」
妹に憎悪を込められるとは。




