第二章 嫉妬と誤解【12】
帰宅すると同時に迎えたのは、響子の、おかえりなさい、という言葉ではなかった。
たたたた、という足音が聞こえて、それが玄関に近づいてきたと思うと、突然止まる。
「どうしたんですか、兄さん?」
心配するような声が耳に届く。
「あぁ、響子。ただいま」
玄関に腰を下ろした状態で、響子を見上げた。
歪む。
響子の顔が、歪む。
あぁ、違う。
そうじゃない。
歪んでいるのは僕の感覚か。
ははっ、おかしいな。
……なにが、おかしいんだろう。
「悪い、伊浪妹。恭平を運ぶのを手伝ってくれないか?」
「あっ、はい」
左右を李桜と響子に抱えられて、居間に入る。
そのまま、いつもアリーシアが使っているソファの上に座る。
アリーシア……。
彼女の匂いが残るソファに座ると、再び視界が歪んだ。
すべてが歪に見えて、思わず目を閉じた。
そのまま大きく息を吸って、吐く。
深呼吸を何度か繰り返して目を開けると、視界が元に戻っている。
さっきからこうだ。
何度も何度も、視界が歪む。
絵具が混ざり合ったような、歪な空間に変化する。
「天川さん、兄さんはいったいどうしたんですか?」
「私にもわからない。だから、それを今から訊くんだ」
ソファに座る僕の前に、李桜と響子が並ぶ。
「恭平、どうしたんだ?」
「……さぁ、どうしたんだろうね」
なにが、どうして、どうなって。
僕はどうして、こうなっているんだろう。
……あれ、おかしいな。
思い出せない。
なんでだろう。
「……兄さん、もしかして、『また』忘れたんですか?」
「……なにを?」
なにを忘れたのかすら、わからない。
その僕の様子を見た響子が一度頷いて、李桜を見る。
「天川さん、兄さんを部屋に運びましょう」
「あ、あぁ」
戸惑う李桜。
僕は二人に肩を貸してもらって、部屋まで向かう。
部屋に着くと、なだれ込むようにベッドに倒れる。
「兄さん、今日は休養を取ってください」
「……」
穏やかな響子の声が聞こえて、僕の意識が薄れる。
「大丈夫。目が覚めたとき、兄さんはもう、大丈夫ですから」
その声を最後に、僕は眠りに落ちた。




