エピローグ―薔薇に込められた魔法―【8】
アリーシアは、確かにその言葉を受け取った。
『私はあなたを愛する』。
赤い薔薇が持つ花言葉だ。
だけど、言葉を直接届けることは出来なかった。
妻は病で亡くなった。二人で伝えることは、出来なくなった。
だが、彼の中には、あの日の約束が生きていた。
彼は、彼の中に残る妻の記憶を引きつれて、苦しみながら、命を燃やしながら、薔薇を目指した。
時間はなかった。
すでに満身創痍の彼に、彼女を連れていけるほどの力はなかった。
だから、彼女が自分を探して追いかけて来てくれることを望んだ。だから使徒に、その情報も託した。
薔薇にたどりついたとき、彼は動くことが出来なかった。
使徒以外から血を吸わないという約束を妻と交わした彼は、力を使わなくても力を奪われる呪いを受けた彼は、もうほとんど力が残っていなかった。
でも、それでも良かった。
ただ、ひとつの想いを託すことができれば良かった。自分たちが言えなかった言葉と想いを、薔薇に託すことさえ出来れば、それで良かったのだ。
そして彼は、自分を追って現れた人間たちに気を払うこともなく、灰となって、散った。
死ぬために、この場所を選んだのではない。託すために、この場所を選んだ。
それが……アレイスターというひとりの父親が、娘に残した『魔法』。
永遠を司る吸血鬼だからこそ出来る、『魔法』。
永遠に咲き誇る赤い薔薇に、『私たちは永遠にあなたを愛する』という想いを込めた『魔法』だ。
涙は、止まらなかった。
その涙と赤い薔薇に誓った。
僕は忘れない。アレイスターが残した『魔法』を。彼が命を捧げて残した『魔法』を。
そして、そんな彼に誓う。
「僕が……守ります」
言葉にして、それは初めて形になる。
「あなたたちが愛したアリーシアを、僕が一生守ります。だから……」
どうか、安らかに眠ってください。
言って、目を閉じた。彼らの冥福を祈るために。
その瞬間、ぶわっと一際大きな風が吹いた。
強い風だ。
身体が吹き飛ばされそうになるほどに強い。
その風が、肩を叩いたような気がした。
――任せたよ――
そんな声が、聞こえたような気がした。
「恭平」
「うん」
涙を流すアリーシアが、涙を流す僕を見た。
「……お父様たちに約束したんだから……ちゃんと守ってね……」
「守るよ」
きっぱりと言い放つ。
「百年だろうが、千年だろうが、それこそ永遠だろうが、僕は君を守る。守り続ける」
「……うん」
自然と、僕たちは向かい合っていた。
互いの両手を握りしめ、僕は屈んで、アリーシアはつま先立ちをする。
これは誓いだ。
彼女のこれからを守り抜くという誓いだ。
真っ赤な薔薇が見守る中で、僕らは唇を重ねた。
僕の愛しい吸血姫。
これからたくさん大変なことがあると思う。
妖魔に襲われるかもしれない。
《狩人》に裏切られるかもしれない。
でも、僕が君を守る。
今は無力な僕だけれど、きっと強くなる。
君を守るために、強くなる。
だから、泣かないでほしい。
唇を離す。
二人とも、涙は止まっていた。
両手は繋いだまま、見つめ合う。
僕が君の永遠を守る。
だから、アリーシア。
「笑って。僕はそれだけで嬉しいんだ」
「……うん」
アリーシアは微笑んだ。
ぎこちない笑みじゃない、彼女の心からの笑み。
僕の愛しい吸血姫の笑顔は、赤い薔薇に負けないほどに、美しい。
この笑顔を守るために、戦おう。
彼女の永遠を脅かすすべてと。
それが、吸血姫の使徒である、僕の誓いなのだから。




