エピローグ―薔薇に込められた魔法―【7】
「この薔薇を、白く染めようと思うのだ」
彼が言った。
彼の隣に佇む女性は、薔薇を穏やかな表情で見る彼の横顔を見上げ、訊ねる。
「どうしてですか?」
「なに、ちょっとした遊びだよ」
悪戯に微笑んだ彼が、手をかざす。
すると、真紅の色を携えた薔薇は、その色を、汚れなき無垢な白へと変貌させる。
その一瞬の光景に、女性は目を奪われ、言葉を失う。
彼のことを妖魔と知る女性は、彼からいくつもの『魔法』を見せてもらっていた。だからこれも、『魔法』だとすぐに気づく。
「赤い薔薇の花言葉を、君が教えてくれた。だから私も、伝えたいのだ」
「だれにですか?」
だれかなんてわかっているのに、それでも女性は、言葉を求めて訊ねる。
女性を振り返った彼が、女性の腹に、優しく手を置く。
「私たちの子供に、だ」
そこに宿る新しい命に思いを馳せながら、目を細めて呟いた。
「だが、ただ伝えるだけでは面白くはないだろう? だからこそ、白く染めたのだ」
追われている身だということも忘れて、そう語る彼は、再び白い薔薇に目を向けた。
「再び、ここに訪れたとき、私は薔薇に本当の姿を思い出させる。それを見た我が子は、どのような顔をするのだろう」
「もしかして、本当に驚かせたいだけなんですか?」
「それ以外に、理由が必要なのか?」
ううん、と女性は首を振る。
変わったな、と女性は思った。初めて会ったときの彼は、こうじゃなかった。もっと、酷い人物だった。
でも、変わった。たぶん、それは自分のおかげなんじゃないかと、少しながら自惚れを抱いている。
「きっと、私たちの子は君のように美しい」
「あなたも、十分綺麗ですよ?」
「私の美は、造られた美だからな。それに、私は出来れば、子には黒髪であってほしい」
「金色も、いいじゃないですか」
そうだろうか、と疑問に思う彼の美しい金髪を、女性が手に取る。
己の使徒にさえ触れさせない自分の髪も、彼女になら、と思う彼。
彼自身も、自分が変わったことに、すでに気づいている。
人間を恨み、仲間を率いて大きな戦を起こした。今だって、戦は続いている。
だが、彼はすでに戦を放棄した。守るべきものが出来たから。
愛する妻と、やがて生まれ来る愛しい子供。
人を理解し、愛した彼に、戦う理由はもうない。
穏やかな時間だった。もっとここで、村の人々とともに生きていたかった。
だが、それは叶わない。
『彼ら』がそれを許さない。村の人々に、これ以上、迷惑を掛けるわけにはいかない。
だからこそ、出ると決めた。
彼女とともに。
「そろそろ、行くとするか」
「ですね」
最後に、もう一度薔薇を見た。
彼らが育てた薔薇は、赤を隠すための白を纏い、永遠にそこにある。
「いつか……三人でここに帰ってくるのだ」
「……はい」
「そして伝えるのだ。赤い薔薇が持つ花言葉と、吸血鬼の力を受けたそれが、いったいなにを意味するのかを」
私はあなたを愛する。
ただその言葉を、愛する子供に。




