エピローグ―薔薇に込められた魔法―【6】
更紗さんに白い薔薇の場所を聞いて、僕たちは村を出た。
白い薔薇は、アレイスターと亜里沙さんが村の奥の、野生動物が出るから立ち入り禁止区域とされている場所を越えた先にあるらしい。
村の人間の中でも、薔薇を知るのは立ち入り禁止区域に入ることが出来る更紗さんしか知らないらしい。
源さんは危険だからと、僕たちに付いて行ってやると言ってくれたけど、僕たちはそれを断った。
僕は使徒で、それにアリーシアは妖魔だ。
野生動物程度に襲われてどうこうなるような存在じゃない……たぶん。
李桜にボロ負けしてから、あまり自分の力に自信を持てない僕だった。
村を出てから少し歩いた先。
林の向こう側に、白い光が見えた。おそらく、あれがそうなのだ。
「アリーシア、着いたよ」
「……うん」
僕の斜め後ろを歩くアリーシアが、僕の手を強く握った。
彼女の不安な気持ちが伝わってきて、僕も強く握り返した。
そして僕らは、光に向かって、林を抜けた。
「あぁ、これは――」
この光景を、どんな言葉で表現すればいいんだろう。
美しい。たったその一言では押さえきれない。
これほどの光景を、僕は知らない。
林を抜けた先に広がる、白い薔薇の草原。
辺り一面を覆うそれは、すべてが満開。
これが、アレイスターが愛した白い薔薇。
僕の手を握るアリーシアも、その光景に言葉を失い、目を奪われている。
更紗さんの話では、だれも世話もしていないのに、この草原一帯に広がる白い薔薇は、荒れることなく、雑草に侵されることなく、燦然と輝き、咲き続けている。
それはおそらく、アレイスターの力が働いていたのだと、アリーシアは言った。
吸血鬼は永遠を司る。アレイスターの持つ力の一端が白い薔薇に宿され、枯れることなく永遠に咲き続けたのだろう、と。
僕たちは、白い薔薇に一歩足を踏み入れた。
どれだけ強い風が吹いても、踏み荒らされても、薔薇はその姿を変容させることなく、美しい汚れなき白い姿を保ち続けている。
「これが……お父様が愛した白い薔薇……」
感慨深い様子で、アリーシアが白い薔薇に触れた。
その瞬間――
「これは……」
白い薔薇が、光り輝く。まるでアリーシアが触れてくれるのを待っていたかのように。
輝きは段々と増していき、遂には目も開けていられないようになる。
目を閉じる瞬間、輝きの中に手を取り合う二人の男女の姿が見えた。
――『魔法』は完成する――
なにかが心に響く。
――愛するアリーシアのために『魔法』を送ろう――
優しい男女の声。
――この『魔法』は、君だけのもの――
光が、二人の男女が、アリーシアを優しく包んだ。
――私たちの『愛』を送ろう――
あぁ、そうか。
アレイスターが最期にここを訪れた理由が、想いが、流れ込んでくる。
アレイスターは、いや、アレイスターと亜里沙さんがここに残したのは、二人の『愛』だ。
薔薇とアリーシアが触れた瞬間に起きるのは、奇跡だ。
アリーシアが訪れることを願い、アレイスターが残した最後の『魔法』。
それを残すためだけに、アレイスターはろくに動きもしない肉体を動かしてまで、命の灯火を燃やし続けて、燃え尽きることも厭わず、ここにやってきた。
永遠を司る彼が愛する娘のための『魔法』を残すために。
これは白い薔薇じゃない。
これはアレイスターが施した『魔法』だった。彼は薔薇を白く染め上げた。
いつかここに帰って来たとき、娘に薔薇の本当の姿を見せるために。
だから、すべてを欺くために白く染め上げた。
そして魔法は、完成したのだ。
アリーシアという鍵が現れたことで。
「……アリーシア、君の両親は、本当に君のことを愛していた」
「……うん」
ずっと手を繋いでいた。アリーシアの想いも、伝わっている。
同じ気持ちを共有して、アリーシアが涙を流して、僕も涙を流す。
そして最後に、光が完全に消える寸前、言葉が届く。
――私はあなたを愛する――
光は……消えた。
僕らの目の前に現れたのは。
「赤い……薔薇だ」
白で隠されていた本当の色が、現れていた。
「……お父様とお母様は、私にこれを見せて……驚かせたかった……」
「……うん」
白い薔薇に、意味はなかった。ただ、アリーシアを驚かせるために、十数年も前から用意されていた偽りの色だ。
これらが本当に纏っていたのは、赤い、真紅の色だった。
アレイスターが残した『魔法』に触れた僕らにはわかる。彼らがなにを想って、この赤い薔薇を残したのか。




