第六章 伊浪家の朝【6】
「兄さんのせいで全然話が進みません」
「すみません」
否定できないので、謝ることしかできない。
「天川さん、この通り、兄は時も場所も関係なく女性のお尻を追いかけ、果てには抱きつこうとする変態ですが、私がいる限り、あなたに手は出させません」
「いや、手は出さないよ」
「今さっき抱きつこうとしていた兄さんがそれを言いますか?」
「すみません」
否定できないので、謝ることしかできないパート2。
「あ、あぁ。私は、別に恭平が嫌だとか、そういうことを言っているわけじゃないんだ。……むしろ私は、恭平のことを好漢だと思っている」
「え?」
「死ぬことはないとはいえ、愛する女性のために命を張る……見上げた根性だ。どれほど傷つこうと、何度も身体を奮い立たせ、真正面から私にぶつかってきた。それは、並みの人間に出来ることではない」
使徒だからね、とは言えなかった。
李桜にそんなことを言われて、少し照れているのだ。自分のことをそんな風に思ってくれているとは思っていなかったからだ。
過大評価が過ぎる。
僕は李桜が言うような男ではない。
ただ単に、アリーシアを守りたいという思いで必死だったのだ。
それに、最終的には言葉攻め(決して卑猥な意味ではない)で、男らしさの欠片もなかったし。
「ん?」
気が付くと、アリーシアが李桜を見ていた。李桜は僕の方を見ているので、それに気づかない。
並びで言うと、アリーシア→李桜→僕、というような構成だからだ。
どうしたんだろう、と思っていると、
「天川さん、もしかして兄さんに惚れましたか?」
不意に響子がそんなことを言った。
好意を抱くことができるとか言われたけど、それは決して好きだとかそういう感情の類のものじゃないだろうし、そんなことあるわけが……。
「いや、それはないな」
「……ちょっとは悩んでほしかったよ……」
即答で答えられ、思わずへこんでしまう。いや、わかっていたけどさ……。
「あれほど私に、主に対しての愛を語ったんだ。他者を愛する男を奪うような趣味は私にはないさ」
アリーシアへの愛を李桜に語ったことが、こんなところで返ってくるとは……がくし。
「なんですか、ロリコン兄さん。ロリコン兄さんは戦いに行ったんじゃなくて、わざわざ愛を語りに行ったんですか?」
「違うよ! それとロリコン兄さんはやめてよ!」
「それで天川さん。ロリコンはどんなことを語ったんですか?」
「そんなこと訊かないでよ! というか呼び方がひどい!」
「彼女が妖魔だとかどうでもいい。ただ、たまたま好きになった女の子が妖魔だった、それだけなんだ、と言っていた」
「君も君で、なんで言っちゃうかなぁ!」
顔から火が噴きでそうなほどの恥ずかしさに包まれて、両手で顔を覆った。
あぁ、穴があったら入りたい……。
響子に聞かれるだけならまだしも、アリーシアもいるっていうのに……。
でもよくよく考えてみれば、僕は李桜に言った以上のことをアリーシアに言っているんじゃないのかな。
だとすれば、それはそれでまた恥ずかしい……。
「うわぁああああああああああ!」
今、めちゃくちゃ死にたい。
死ねないけど、死にたい。
恥ずかし過ぎる。
この年でなんてことを言っていたんだ、僕は……。
「なんですか、うるさいロリさん。情緒不安定ですか?」
「僕を不安定にするのは主に君だよ、響子」
もうまともにアリーシアの顔を見れそうにない。
必死だたっとはいえ、あんなに恥ずかしいことを言ってしまうなんて……、今さらながらに自覚する僕もどうかと思うけど。
とか思いながらも、指と指の間から、ちらりとアリーシアの様子を窺う。
真っ赤だ。
顔を真っ赤にしたアリーシアが僕を見ていた。
でも、目と目が会うと、アリーシアはそっぽを向いてしまう。
そうだよね、アリーシアも恥ずかしいよね。
ただの使徒でしかない男に愛しているとか言われて。
アレイスターのことを告げた日は、彼女も泣いていて、恥ずかしがる余裕はなかったかもしれないけど、思い返して、恥ずかしくなったのかもしれない。
でも、そんなアリーシアの仕草も可愛い。
あぁ、抱きしめたい。
でもそうすると、電流と手錠が僕を襲うのだろう。……無念。




