第六章 伊浪家の朝【1】
「よし、治ってる」
巻かれていた包帯を外すと、そこには見慣れた僕の左手がある。
李桜との戦いで、僕は多くの力を消費した。主に治癒の面で。
受け続ける攻撃を治癒し続けた僕の肉体からは、ごっそりと力が奪われ、戦いのあと、僕はほとんど動けない状態に陥っていた。
それに加え、ボロボロになった左腕も、力足らずで中途半端にしか回復を見せず、治るまでに一週間の日を要した。
李桜に背負われて帰って来た僕を見た時のアリーシアと響子の顔は当分の間忘れられそうにない。
ボロボロの格好に、左腕を失った姿を見て、彼女たちは本当に驚いていた。
響子なんて、今にも泣きそう顔をしていたっけ。その後に散々バカにされたけど。
僕は左腕を握ったり離したりして、ちゃんと動くかどうかを確認する。
うん、問題ない。ちゃんと動く。
それを確認してから、隣で眠るアリーシアを起こさないようにして、ベッドから降りる。
僕が戻ってきてから、毎晩アリーシアは僕の隣で眠っている。
僕の力を供給しているのは、主であるアリーシアで、近くにいるほうがより力の流れがスムーズに行くらしい。
そのことから、力を消費した僕の隣で、アリーシアは眠っていた。
その日から響子はかなり機嫌が悪くなったけど。妙に質素になったご飯を食べる毎日はきつかった。
はだけた布団をちゃんと被せて、部屋を出てから居間へと向かった。
「お邪魔している」
「あぁ、久しぶりだね、李桜」
居間には、テーブルの椅子に腰かけて、お茶を啜る制服姿の李桜がいた。
李桜と会うのは一週間振りだ。
あの日、アリーシアが半妖であると知った李桜は、《狩人》にそれを報告しに行ってくれていた。
といっても、別に僕が頼んだ訳はなく、ただ単純に、それが彼女の役目だからだ。
うちにいるということは、《狩人》でなにかしらの決定が下ったからなんだろうけど……。
そこで、ふと、響子がキッチンのほうから、李桜のことを睨んでいるのに気づく。
「どうしたの?」
「……大きい」
大きい?
……なるほど。
響子が睨んでいたのは李桜自身ではなく、李桜のおっぱいだった。
いやまぁ、確かに大きいけど。
響子が李桜のおっぱいを睨んでいるのは、響子がひんにゅ――
「……響子、ぞうきんを投げないでよ」
「いま、失礼なことを考えてましたよね?」
「でも、事実だよね?」
「次は包丁を投げましょうか……」
キラリと光る包丁をかざして、響子が言うので、僕は無言で土下座をして見せた。
それに、よし、と答えて響子は包丁を下ろす。
ふぅ、危うくまた治癒に励まなければならないところだった。
というか、お客さんの前で僕たちはなにをしているんだ。
「あぁ、えっと、朝からごめんね。変なところ見せて」
「いや、気にするな。家族団欒の時間に割り込んでいるのは私なのだから、気にせず続けてくれ」
「では、遠慮なく」
「包丁は勘弁してください」
響子に言ってから、僕は李桜の対面の席に座った。
響子は響子で、朝食の準備をしていたらしいので、その作業に戻る。
「腕はもう治ったみたいだな」
「おかげさまで、って言うのは少し嫌味っぽいかな」
「そうでもあるまい。私がしたことなのだから、言われて当然だ」
変に堅い李桜は、そう言う。
しかし、僕としてはあまり気にしていないのだ。
李桜は李桜のすべきことをしただけだし、僕も僕のしたいようにして、それがたまたまぶつかって、こうなってしまった。ただそれだけだ。
それに、治るのだから別に構わない。
そりゃ、一週間学校を休まなければならなかった、というのはあるけれど、その分、一週間アリーシアに添い寝をしてもらえるという役得もあった。
うん、あれは良かった。
身じろぎしたときに漏れる声とか、少し触れる身体とか、お風呂上りの良い匂いとか、さらさらの髪の毛とか。
いろいろと邪な気持ちが増幅する中で、電流と戦い続けた一週間も、もう終わりなんだと思うと、少し寂しくなる。
電流が恋しいわけじゃないけど。




