第五章 吸血姫の使徒【4】
「まだ、起きていたんですか?」
足音が聞こえて、声が掛けられる。
「うん」
アリーシアは振り返らず、声の主、響子に答える。
響子は恭平の妹だ。
それを知っているアリーシアは、少なからず、彼女に対して罪悪感を覚えている。
実の兄を使徒にされて、そして彼女は伊浪家に戻ってきた。
おそらくは、兄を救うため。だが、方法はない。いや、なかった。少なくとも、アリーシアは知らなかった。
だから、響子は諦め、兄を使徒と認め、なおも兄のそばにいることを決めた。
彼女とは仲良くできないアリーシアだが、兄を想う彼女の強さは認めていた。
そんな響子にアリーシアは告げた。
自分を殺せば、恭平を救うことが出来ると。恭平を人間に戻すことが出来ると。
殺されても良かった。事故的にとはいえ、恭平を使徒にしてしまったのは間違いなく自分のせいで、その償いとして殺されるのなら、それも仕方がない、と。
恭平が家を出てから、それを響子に伝えたのだ。
だが、響子はアリーシアを殺さなかった。
――兄さんが人間に戻りたがっていないのに、私が勝手にそんなことをするわけにはいきません――
そう言って、普段と変わらない様子で浴室に姿を消した。
普段は恭平のことを雑に扱う響子だが、その心のうちでは、本当に恭平のことを想っている。
だから、恭平が望まないことをしない。
そして、恭平がなにを望んでいるのかを理解している。納得したくはない様子だが。
「兄さんはきっと帰ってきますよ」
アリーシアは頷くことができなかった。
確証はない。もしかしたら、『狩人』に捕まるかもしれない。
そして、どうにかして自分の居場所を付き当てるかもしれない。
考えれば考えるほど、嫌な予感がしてならない。
「冷えますよ」
隣に並んだ響子が、アリーシアにパーカーを羽織らせた。
「ごめん」
「どうして謝るんですか?」
「恭平は、たぶん、使徒としての性質上、わたしを愛してしまったから」
本当にそんなことがあるのかはわからない。だけど、本質的に使徒は主を大切に想うものなんだと思う。父のもとにいた使徒たちもそうだった。傷つくことを恐れず、勇猛果敢に戦っていた。
そして、父が行方を晦ましてからも、自分の世話をしてくれていた。
使徒は主を愛する。
だから、恭平がアリーシアに抱く愛も、きっと使徒のそれに相違ない。
そう思うアリーシアに、響子は言う。
「兄さんの気持ちを、あなたが勝手に決めないでください」
それに、と響子。
「今、その気持ちのために戦っている兄さんに対して、あなたがそんなことを言うのは、あまりにも酷い」
言い咎められて、アリーシアは俯いた。
「兄さんはバカで、女の子が好きです。ですが、それが兄さんのすべてではありません。あの人は、だれよりも優しい」
悠然と語る響子の言葉は、アリーシアにも響く。
だれよりも恭平のそばにいて、だれよりも恭平という男を理解している響子だからこそ、それが出来る。
「兄さんの愛を、信じてあげてください」
「信じる……」
響子の言葉をなぞるようにして呟き、再び空を見上げる。
半分に欠けた月が空に昇っている。
恭平は、この空の下で戦っている。自分のために。
恭平の愛を信じよう。
恭平は必ず帰ってくる。
そばにいることを約束してくれた恭平だから。
永遠を誓ってくれた恭平だから。
(恭平を守って……お父様……)
懇願するように瞳を閉じて、ねこきちを抱きしめたまま静かに祈る。
恭平の無事を。




