第五章 吸血姫の使徒【3】
アリーシアは、伊浪家の縁側から、恭平にもらったねこきちを抱きしめながら、空を眺める。
どこまで続く空の下で、恭平は戦っている。
自分の命を狙う『狩人』と。
自分を守るために。
勝てるとは思えない。思うことが出来ない。
アリーシアは父と母、そして父の使徒たちとともに、妖魔と『狩人』から逃げてきた。
彼らがどれほどの力を有していて、どれほど恐ろしい存在なのかも知っている。
だから、恭平が勝てるとは思えない。
恭平には力がない。
彼の『妖魔殺し』、『否定』は、完全に対妖魔の力だ。火や水を操れるわけでもなく、使いを召喚できるわけでもない。ただ、妖魔に関する事象を『否定』するのみ。
並はずれた身体能力を持っていても、『妖魔殺し』の所持者に対して、それがどこまで通用するかもわからない。
唯一、使徒として継承している『雷』も、『否定』による制限が施されている。
そんな彼を行かせてしまったことを、今さらになって後悔する。
確かに、恭平は死なない。
肉体がどれほどバラバラになろうとも、灰になろうとも、永遠を司る吸血鬼の使徒は、主が存命である限り『死』という理の外に存在するため、何度でも再生できる。
だが、それだけなのだ。
死はなくとも、苦痛は存在する。
どれほどの苦痛が恭平を襲うことになるのか。
それを考えるだけで、アリーシアは泣きそうになる。
出かける寸前の恭平は笑っていた。
――必ず帰ってくるから、待っていて――
そう言い残して、戦場に足を向けた。
それがやせ我慢であることくらい、気づいていた。
クロウリーの一件を経て、恭平とアリーシアの間を繋ぐ絆は確かに強くなっていた。
故に、近くにいれば、使徒の心のうちを微かながらも感じることができる。
恭平は怯えていた。これから起こるであろうことに。
それでも、アリーシアは恭平を止めなかった。
恐怖以上に、恭平の中を満たしていたものが存在するからだ。
だれよりも、アリーシアを想う気持ち。
すべてを投げ打ってでも守るという誓いをかけた少年の想いを、アリーシアは無下にすることは出来なかった。
だから、行かせてしまった。
それを今になって後悔して、でも、恭平に絶対に来てはいけないと言われているので、後を追うことさえできない。
だから、空を眺めることしかできない。




