第四章 君が泣いた日【4】
気づけば、僕も泣いていた。アリーシアの悲しみが、伝わってくる。
このとき、確かに僕とアリーシアは繋がっていた。
主と使徒として。主の抱く悲しみが、使徒である僕の涙を誘発したのだ。
襲い来る妖魔と『狩人』から逃げ続ける日々は、どんなものだっただろう。
傷つく父の姿を見続けた娘の気持ちは、どんなものだっただろう。
病によって床に伏せた母親の死は、どんなものだっただろう。
そして、父をも失った今の彼女は、どんな思いを抱いているのだろう。
ふと、自分の中に芽生え始めたひとつの感情に気づく。
愛おしい。アリーシアが、愛おしい。
この気持ちは、紛れもなく愛だ。
僕はこの子のそばにいたい。ずっと、ずっと、そばにいたい。
きっとそれは苦難の道だ。
アレイスターの娘ということで妖魔に狙われるかもしれない。
妖魔ということで『狩人』に狙われるかもしれない。
それこそ、アレイスターがたどった逃亡の日々に身を投じることになるかもしれない。
それでも、この子と生きて行くことができるのなら、それでも構わない。
湧き上がるこの気持ちは、使徒になったことによるものなのかもしれない。
アリーシアを守らなければいけないという思いを、勝手に生みだしているのかもしれない。
なら、それもいい。それが、アリーシアを守ろうという気持ちになるのなら、いい。
「僕は、君とずっと一緒にいる」
誓いを捧げよう。
「だれがなんと言っても、僕は君と在る」
人間への未練がないかと問われれば、あると答える。だけど、そんな未練されも捨てる。
「君と在るために、僕は人間であることを捨てる。君と永遠の時間を生きるために、人であることを放棄する」
君だけのために。ただただ君だけのために。僕のすべてを捧げる。
この気持ちに抗いはしない。この気持ちを受け入れる。
「いい……の?」
胸の中で、アリーシアが訊ねる。
「一緒に、いてくれるの……? どこにも、行かないの……?」
揺れる黒眼が、僕を見た。
「君がそれを望んでくれるのなら、僕はそれに応える」
「あっ……」
アリーシアの疑いを掻き消すために、彼女の小さな身体を強く抱きしめる。
小さく声を漏らしたアリーシアの腕にも力が籠る。
「お父様も……お母様も……いなくなった……」
「うん」
「恭平もきっと……いなくなる……」
「不安にならないで、アリーシア。僕は、僕だけは君のそばにいるから。妖魔も、『狩人』だって敵に回しても構わない。それらすべてから君を守るから」
この思いを、アリーシアに届けたかった。僕が抱くこの愛を。
だけど、そうは上手くはいかない。だれかに愛を届けることは、簡単じゃない。
簡単に伝える方法はある。
でもそれは、使徒である僕がしていいことじゃない。僕は使徒で、あくまで彼女は主なのだから。
だから、言葉で伝えるんだ。
「僕は、君を愛している」
胸の中のアリーシアが震えた。
「……本当に……そばにいてくれる……?」
「うん」
即答だ。迷う気持ちはない。
「……恭平」
「なに?」
「……ずっと、そばにいて」
アリーシアが、僕との永遠を望んでくれた。
なら、僕はそれに応えるだけでいい。
「わかったよ」
だれが、彼らを血吸いの鬼と呼んだのかは知らない。
だけど、ひとつ、言えることがある。
アリーシアは鬼じゃない。
か弱き姫だ。
彼女は、か弱い吸血姫なのだ。
だから僕は、か弱い彼女を守るために……僕の愛しい吸血姫に、永遠を誓おう。




