第二章 主VS妹【4】
アルバイト先のコンビニを出て、家へと戻る。
僕はアルバイトを辞めた。店長には引きとめられたけど、家庭の事情なので、という理由で押し通した。
アリーシアの使徒になっちゃったので仕方ないですよねえ、なんてことは言えないからね。
アリーシアの使徒となった以上、極力時間に縛られることはしない方がいい。
学校は仕方がないとしても、アルバイトは元々絶対にやらなくちゃならないというわけでもなかったし。
ただ単純にコンビニに訪れる女性客を見たかった、っていう理由だしね。
なかなかに不純な理由だっただけに、辞めることに未練はなかった。
というか、今はアリーシアを愛でるのに忙しいし。……電流制裁に怯えながらだけど。
携帯を取り出して時間を確かめる。四時を少し過ぎたところ。
アリーシアが僕の言いつけを守ってくれているのなら、家にいてくれているはず。
そう思って、玄関のノブをそのまま引いてみる。
がちゃ、っと遮られることなくドアは開いた。うん、どうやらいるみたい。
「ただい……ま?」
足を踏み入れて、気づく。
見慣れない靴がある。いや、訂正。
一年以上見ていなかった靴が、玄関にある。それは間違いなく、彼女のもので、いやいや、でもそんなわけあるはずがない。
だって、一年以上家に帰ってきていなかったんだぞ? だというのに、なんでこのタイミングで――
「まずい!」
そう思って居間に駆けこんだときには、すでに手遅れであった。
「……」
「……」
そこは確かに、修羅場だった。
ソファに座る我が主、アリーシア・クロウリー。吸血鬼。
かたや、アリーシアを見たまま立ち竦む我が妹、伊浪響子。人間。
そして最悪の状況に今にも逃げ出したい僕、伊浪恭平。使徒。
その三者が居間にそろって、沈黙という無言の圧力により支配されていた空間が弾けた。
「恭平、彼女はだれ?」
「兄さん、彼女はだれですか?」
同時に訊ねられて、どう答えていいものか困る。
アリーシアは、説明しにくい。どう表現していいものか、わからない。
だから僕は、
「アリーシア、彼女は僕の双子の妹なんだ。響子っていうんだけど」
「そう」
興味がないと言いたげに、アリーシアは捨てるように言った。
「兄さん、私の質問にも答えてください」
「いや、その前に、だ。どうして響子が帰ってきているんだ?」
「私だってたまには家に戻ります」
「一年以上帰ってきていなかったのに?」
響子の眼鏡がキラリと光る。
な、なんだ?
「そんなことよりも、兄さん、私言いましたよね? 誘拐はダメだと」
やっぱりこうなったぁあああああああああああ!
予想通りの展開に脱力してしまう。
いやわかっていたけど。
だからこそ帰ってきて欲しくなかった。
なのに狙ったかのようなこのタイミング。
ぺたん、と床に座り込んで、仁王立ちする妹を見上げた。
僕と似た顔つきに黒い縁の眼鏡、そしてアリーシアと同じくらいの長さの黒髪。彼女が通う女子高のセーラー服はとてもよく似合っていて、すらりと伸びた綺麗な脚はモデル顔負けだ。
別に身内贔屓をしているわけじゃない。響子は可愛い。人目に見ても、だれもが頷くはずだ。
いや、今は、それはどうでもいい。
「大丈夫、兄さん」
「えっ?」
座り込む僕の肩に、響子の手が置かれる。
「人生はまだこれからです。私が一緒にやり直してあげますから、ちゃんと償いましょう?」
「冤罪だ!」
「嘘はダメですよ、兄さん。兄さんの女性好きを一番近くで見てきた私だからわかります。兄さんはやるときはやる男」
「その理解のされ方は嬉しくないよ!」
確かに女性は好きだけど。でもちゃんと境界線は引いてるから。ちゃんと犯罪にならない程度にしているから。
というか妹にそんな風に思われていたことが、一番ダメージがきつい!
「あまり、苛めないで」
不意に、アリーシアの声が響き渡った。
その声に、僕と響子はソファを見る。
アリーシアはテレビを見たままで、僕たちの方を向いていない。
「わたしはなにも、恭平に誘拐されたわけじゃない。わたしは恭平に助けられただけ」
「そ、そう! そうなんだよ!」
「気安く兄さんの名前を呼ぶな」
「ひぃっ!」
黒いよ! 響子が黒いよ! 思わず言われてもいない僕が怖がっちゃうほどだよ!
しかし、アリーシアはそんな響子に怯えを見せない。いやまぁ、相手は妖魔で吸血鬼なアリーシアなわけだし。
「わたしがだれをどう呼ぼうかなんて、あなたに縛られることじゃない。恭平を恭平と呼ぶのはわたしの勝手」
「また、呼んだ……」
響子の歯ぎしりが聞こえて、僕は慌てて立ち上がる。
「お、落ちついてよ、響子! らしくないじゃないか!」
いつも冷静に僕を罵倒する響子が、アリーシアに対して異様なまでに敵意をむき出しにしている。こんな彼女、僕は知らない。
なにが彼女をそうまでして苛立たせているんだ?
わからないから、訊ねるしかない。
「響子、どうしたんだよ、いったい?」
「兄さんは黙っていてください」
「そうはいかないよ」
アリーシアを睨みつける響子の前に立ちはだかる。
「響子、彼女が君になにかをしたのか? 君をそうまでして怒らせるようなことをしたのか?」
響子は答えない。
だけど、わかってしまう。
僕たちは双子で、生まれたときからずっと一緒だったから。
「なにもしていないのに、そういう態度は許せないな。僕に対してならいいよ。でもね、それを他の人にはダメだよ。それだけは、僕が許さない」
響子は間違っている。彼女の態度は理に適っていない。だから僕は立ちはだかる。
僕たちはそうしてきたから。どちらかが間違ったことをすれば、それをどちらかが正す。僕らはそういう兄妹なんだ。ずっとそうやってきた。
響子もそれを知っているから、なにも言えない。口を閉ざして、僕を睨みつけることしかできない。
眼鏡の奥の瞳に込められた感情は怒りだ。
でも、その怒りが向かっているのは僕じゃなくて、アリーシアだってところがよくわからない。




