81 風の残響の瞳
第三の試練 ―― 残響の間 腐った魂
ソラは、両手を合わせたまま、足場の上で動かずにいた。分身たちはそれぞれ違う方向からソラを囲み、動かずにいた。風は、かすかに吹いているだけだった。
『どうして動かないの?』
声が、くつろいだ調子で言った。
『それとも、もうあきらめることにしたの? そうだとしたら、あなたの死は、この場所に書かれているわ』
声はソラに話しかけていた。だが、ソラは聞く気がないようだった。
ゆっくりと息をしながら、考えていた。
(わかった。この分身たちは、わたしからできてる……中身が空っぽなんだ。感じられる。でも、わたしが動いたら、攻撃してくる)
『ねえ、愚かな娘、あなたに話してるのよ!』
声が叫んだ。
風が、ソラを動かそうとするかのように、さらに激しく揺れた。だが、ソラは動かなかった。両手を合わせたまま、そこに立ち続けていた。
「この分身たちは、四つの感情でできてる」
ソラは、微笑みながら言った。
「そして、わたしは、その感情をつなぐ糸。だから、そのひとつひとつに集中すれば……このいまいましいゲームは、ここで終わる」
目を閉じたまま、ソラはひとつひとつに集中した。
孤児に。愚かさに。憎しみに。恨みに。
それらを遠ざけはしなかった。否定もしなかった。ひとつずつ、自分のものでもあるものとして、感じとった。そして、この場所に入ってから初めて、自分の過ちを受け入れた。
『そう、それでいいのよ』
声が言った。
『さあ、動きなさい。わたしのほうへ来なさい。憎しみに、あなたを前へ歩かせればいいわ。本当にわたしを傷つけたいなら、近づいてきなさい。わたしはあなたの目の前にいる。いつでも攻撃していいのよ。どうして走ってこないの、孤児みたいに?』
ソラは、目を閉じたまま歩きはじめた。
そして、分身たちがソラに飛びかかった。
憎しみの分身が素早く近づき、腹に蹴りを入れようとした。ソラは歩みを止めずに、左腕でそれを受け止めた。
恨みの分身が跳びかかり、頭を蹴ろうとした。ソラはもう片方の手で、その脚をつかんだ。
残りの二体が、素早く迫ってきた。
ソラはつかんでいた二体を強く握りしめ、自分のまわりで何度も振り回し、残りの二体に向かって投げつけた。四体の分身が、ぶつかり合った。
ソラは立ち止まった。息をついた。もう一度、両手を合わせた。
微笑んだ。
そして、また歩きだした。だが今度は、分身たちのほうへ。
分身たちはふたたび構え、ソラに襲いかかった。
孤児の分身が最初に来た。顔へ、まっすぐな拳。ソラは歩みを止めずに、わずかに頭を左へ傾けただけだった。拳は空を切った。そして、その同じ瞬間、分身は腹に一撃をくらい、床に倒れた。
愚かさの分身がソラの頭上を跳び越え、頭へ蹴りを放った。ソラは片手を上げて、それを防いだ。分身は空中で、また蹴りを放った。もう一度。さらにもう一度。ソラはそのすべてを、片手で受け止めた。左手で。
それから、息をついた。その同じ手で分身の右足をつかみ、足場に叩きつけた。
分身は倒れたまま、動かなくなった。
ソラは、残りの二体のほうへ歩き続けた。
今度は、分身たちのほうが一歩下がった。床の二体は、怯えながら立ち上がろうとしていた。ソラはゆっくりと歩いた。攻撃してくるのを待ちながら。
だが、分身たちは動かなかった。ソラが進んでいくあいだ、その場にとどまったまま、何もしなかった。
『なんて生意気な子なの!』
声が叫び、激しい突風を放った。
『どうして死なないの? もう死ぬべきなのよ!』
分身たちは、ソラのまわりを回りはじめた。それから、あらゆる方向から飛びかかってきた。
だが、どの攻撃も無駄だった。
ソラは少し左へ、それから少し右へ体をひねった。身をかがめた。跳んだ。攻撃がどこから来ようと、分身たちはソラに触れることができなかった。
ソラは、ふたたび足場の上に着地した。
分身たちは後ろへ下がり、また構えた。
今度は、ソラは待たなかった。
分身たちへ向かって、走った。
一体目の腹を殴った。二体目の顔を蹴った。三体目の首をつかみ、足場に叩きつけた。
それから、憎しみの分身のほうへ向き直った。
分身は凍りついた。一歩、後ろへ下がった。
ソラは微笑んだ。
そして、その顔に拳を叩きこんだ。分身は回転しながら、足場の上を後ずさった。
風が強く吹きはじめた。ソラの髪と服がはためいた。分身たちの髪と服も、同じように。分身たちは一体ずつ立ち上がり、また構えた。
孤児の分身が、蹴りを放ちながら襲いかかってきた。ソラは右手でその足をつかんだ。残りの三体は、すでに上から攻撃しようと跳んでいた。
ソラは正確に足を握りしめ……孤児の分身を、残りの三体に向かって投げつけた。
四体は、ボウリングのピンのように足場の上に倒れた。
ソラは動かずにいた。
もう一度、両手を合わせた。目を閉じたまま、静かに、やわらかく息をしていた。
「もう、あなたたちを通して全部見えてる」
ソラは言った。
「あなたたちの目は、わたしのものよ」
そして、その顔に、邪悪な笑みが浮かんだ。




