64 兄さん! サリコがわたしたちを殺す気だよ!
勇作は、まだモニターの前に座ったまま、いくつものことを同時に確認していた。画面の光が、銀の腕時計のガラスの上で、そして白いスーツの上で揺れていた。
キアロコは窓のそばにいた。そよ風が、カーテンと同じリズムで、彼の服と髪を揺らしていた。
サリコは、まだぶつけたところをさすっているソラと一緒に、床から立ち上がったところだった。サリコは父のほうへ歩いていった。そのあいだ、ソラは事務所の中を漂い、家具のあいだをゆっくりと回っていた。逃げ出した風船のように。
「あの戦いの場にいなくて、ありがたいことだ」
深く息をついて、勇作が言った。
「わたしは正直、いたかったな」
サリコが、笑って言った。
そして一瞬、黙りこんだ。そこにいたかった、本当の理由を思いながら。
「ああ」
窓のそばから、キアロコが言った。
「でも、あの少年は、あの断片のせいで死んだ」
「そのとおりだ。マユモは、断片のせいで死んだ」
勇作が言った。
「だが、彼が最初というわけではない。最後でもない」
ソラは漂うのをやめ、ゆっくりと床に降りた。
「じゃあ、炎の少年の名前は、マユモっていうの?」
小さな声で、ソラが言った。
「かわいそう。家族は今ごろ、打ちひしがれてるよね」
「本当に、そうだね。嘘はつかない」
サリコが言った。
「でも、落ち着いて受け止めて、ひとつ分かってほしいの。これは、二人のせいじゃない。全部初めてのことだって、分かってる。それに、これを続けろなんて、誰も無理強いしないから」
ソラはうつむいた。起きたことと、炎の少年の死のことを考えながら。
「うん……でも、あの子のものは、何も残らなかった」
ソラが言った。
「体が消えちゃったの。床の上で消えていくのを、わたし、見たんだ」
「分かっている」
勇作が言った。
「炎のせいなのか、断片のせいなのかは分からない。今のところ、なぜ体が消えたのかは、分かっていないんだ」
「で、勇作さんはこれからどうする?」
キアロコが聞いた。
「このままじゃ、手に負えなくなる」
「本当に、そうだな。それに、あの学校については、私には何もできない。病院やほかの物件とは違って、あそこは私のものじゃない。私立の学校で、大物が大勢からんでいる」
「なるほど」
キアロコが言った。
「でも、それじゃ、事態が悪くなったらどうするのかは、はっきりしないな」
「そのとおりよ、キアロコ」
サリコが、落ち着いて言った。
「わたしたちは、ものを動かすことも、人を消すこともできる。たとえば、キアロコとソラを、今ここで殺したいと思えばね。間に入る人が多くなければ、だけど。少なければ少ないほど、簡単なの」
ソラのすぐ後ろに立って、そう言った。ソラは気づいていなかった。
ソラは振り向き、そこにサリコがいるのを見て、目をまん丸にした。キアロコのところまで飛んでいき、その後ろに隠れた。
「ちょっと! ねえ、兄さん! サリコがわたしたちを殺す気だよ!」
サリコを指さし、しかめっ面をしながら、ソラが言った。
「あの顔、見てよ!」
サリコは、ただ微笑んだ。それが、余計に怖かった。
「幸い、学校の被害はたいしたことなかった」
何も聞こえなかったかのように、勇作は続けた。
「いちばんひどかったのは外の、校庭だ。これなら、授業もすぐに再開できるだろう」
キアロコは、また窓の外を見た。毎日の暮らしのことを、すべてがどれほど普通だったかを考えながら。そのとき、腹が鳴った。カーテンの音よりも大きく。腹に手をやる。ほかのみんなも同じだった。誰も、何も食べていなかった。
「えっ?」
勇作を見て、ソラが抗議した。
「しばらく授業がないって、期待してたのに! ずるい!」
「唯一の問題は、マユモのことだ」
勇作が言った。
「だが、それはもう、ほかの者の手に渡っている」
*
サリコは少し離れて、電話を耳に当てていた。食べ物と茶を注文している。
「あ、それと、オモリ・ロサとオモリ・ベルデもお願いします」
そう話していた。
ソラが、サリコのほうへすっ飛んでいった。
「わたしの魚、忘れないでね!」
顔のすぐ近くで、口からふうっと息を吹きかけながら言った。前髪が揺れるほど近くで。
「あと、エビを詰めた魚もお願いします」
ソラを片手で押しのけながら、サリコは電話に付け加えた。それから挨拶をして、電話を切った。
ソラは事務所の中を、くるくると飛び回り始めた。誕生日の子どもみたいに、うれしそうに。
勇作は深く息をつき、机の上の何かに触れた。事務所の中央に、ホログラムの画面が、かすかなうなりとともに浮かび上がった。
「キアロコ、ソラ、見てくれ。学校で戦っていたのは、この女性か?」
キアロコとソラは、画面のほうへ歩いていった。
最初に反応したのは、ソラだった。
「うん、この人! もう少しで、みんな殺されるところだった!」
画面から目を離さない。眉をひそめ、不機嫌な顔で、画面を突き破りたいとでもいうように睨んでいた。
勇作は、サリコのほうへ向き直った。厄介ごとを告げるような、真剣なまなざしで彼女を見る。
「サリコ、あそこで見たのは、本当にアンジーニだったのか?」
サリコはため息をついた。すでに分かっていることを受け入れたくない人の顔で、父を見た。
「うん、お父さん。あそこにいたのは、アンジーニだった。間違いなく、あの人だった」
事務所の空気が、一瞬で変わった。カーテンはまだ揺れていたが、もう誰の耳にも、その音は届いていなかった。勇作とサリコが言葉を交わすたびに、重い沈黙が残った。二人は、画面に浮かぶアンジーニの姿を見つめていた。
ソラとキアロコは、何も言わなかった。
だが、その目の交わし方で、分かった。あの女が、ただ者ではないことを。




