59 水の牢獄
辺りは、ひどい有様だった。あちこちに木々が倒れ、校庭はひび割れだらけで、校舎の壁の一部は崩れ落ちていた。建物の中で何かが軋むたびに、天井から埃が少しずつ落ちてくる。焼けた木々の煙が低く、濃く漂い、空気の中で灰と湿った土の匂いが混じり合っていた。
ソラは地面に倒れたまま、息を切らしていた。わずかに残った力に、しがみつくようにして。
キアロコの呼吸は荒かった。息をするたびに、少しずつ空気が足りなくなっていくかのように。
一方のアンジーニは、首元の飾りを直しながら、落ち着いた様子で状況を眺めていた。金属が日の光を受けて、一瞬きらりと光った。
キアロコは構えを取った。その周りで、影が地面から立ちのぼり、四匹の黒い蛇に分かれた。蛇たちはそれぞれ違う方向へと伸び上がり、宙でうねりながら、待ち構えていた。
(影にあいつの攻撃を止めさせて、押さえつける)
キアロコは考えた。
(そうすれば、好きなだけ殴れる。俺にはあいつの攻撃は読めない。でも、影なら捕まえられる)
アンジーニは、キアロコの周りから影が湧き出す様子を、じっと見つめていた。初めて、その笑みがわずかにこわばった。
(こんなの、予想してなかったわ……この子、何者なの?)
アンジーニは平静を保とうとしながら、そう思った。
(さっさと終わらせるしかないわね)
キアロコは拳を握りしめた。
アンジーニが全速力で突っ込んできて、拳を繰り出した。影の一匹が勢いよく飛び出し、その腕を宙で受け止めた。キアロコはその隙に顔へ拳を叩き込もうとしたが、アンジーニは左へ身を傾けて、あっさりとかわした。すぐさま、もう一方の手で腹を狙う。だが、別の影がその手首を捕らえた。
キアロコは頭へ蹴りを放った。アンジーニは素早く身をかがめ、下から蹴り上げて応じた。キアロコは一歩下がってかわしたが、アンジーニの足が顎をかすめていった。
キアロコが再び攻めようとしたとき、アンジーニはすでに抜け出しかけていた。腕から水が湧き出し、彼女と影のあいだをすべり抜けて、最初から捕まってなどいなかったかのように、彼女を逃がした。アンジーニは後ろへ跳び、数メートル先に着地した。
自分の手を見て、ゆっくりと返してみる。何ともなかった。
キアロコは再び待ち構えていた。自分の作戦を信じ、四匹の影に守られるようにして。
地面に倒れたまま、ソラは息を殺して、その攻防の巧みさを見つめていた。
*
アンジーニは影を見た。このままでは、思っていたほど簡単にキアロコを殺せない。それは分かっていた。
微笑んだ。
構えを取り、半身になる。青い髪がその動きにつれて揺れ、腕輪と首飾りが日の光にきらめいた。突然、風が激しく吹きつけ、校庭の灰を渦のように巻き上げた。
ソラは地面の上で震え、目を大きく見開いた。キアロコは、その場で凍りついた。
「わたし、やることがあるの」
アンジーニが言った。
「いつまでもあなたたちと遊んでいられないのよ」
両手を掲げる。
「――潮汐の渚!」
その周りに、澄んだ水の矢が現れた。数十。数百。宙に浮かび、震えながら、光と校庭の炎を映していた。
キアロコとソラがその技を見るのは、二度目だった。ただ今度は、矢がキアロコを狙っていた。
ソラは、目の前の光景が信じられなかった。キアロコは攻撃の規模を見て、自分の作戦がたった今、根こそぎ変わってしまったことを悟った。
アンジーニが、彼に向かって手のひらを突き出した。
矢が、すさまじい速さで放たれた。
「兄さん!」
矢の雨がまっすぐ彼へ向かっていくのを見て、ソラが叫んだ。
四匹の影がキアロコの周りを猛烈な速さで回り始め、黒い渦を作った。キアロコは両腕で身をかばおうとする。その前には、影の壁もせり上がった。渦が矢をそらし、致命的な一撃を防いでいく。
それでも、何百本もの矢が彼の体を切り裂いていった。腕を、脚を、肩を、顔を。
その音は、トタン屋根を叩く嵐のようだった。影にぶつかる水の、終わりのない連打。矢は止むことなく降り注ぎ、キアロコの周りの地面は砕けて、土煙の幕になっていった。
アンジーニは笑みを浮かべていた。
矢が、止んだ。
土煙が、ゆっくりと晴れていく。
ソラは、立っているキアロコを見た。一瞬、胸に安堵がこみ上げた。
それから、もう一度よく見た。
体じゅう、切り傷だらけだった。腕と脚を血が伝い、攻撃の水と混じり合って、地面に滴り落ちていた。
キアロコが、膝をついた。
「いや……いや! いやぁぁぁっ!」
ソラが叫んだ。
*
瞬きする間に、アンジーニがキアロコの目の前に現れ、腹部へ容赦のない一撃を叩き込んだ。衝撃音が校庭じゅうに響き渡る。キアロコは、肺から空気が抜けていくのを感じた。
体勢を立て直す間もなく、水が彼を取り囲み、液体の球の中に閉じ込めた。球はキアロコを地面から持ち上げ、捕らえられた操り人形のように、宙に吊るした。
球の中では、何もかもが遅く、くぐもって感じられた。ソラの叫び声は、プールの底から聞こえるように遠かった。キアロコは息を取り戻そうともがいたが、視界がかすんでいく。この水の牢獄に閉じ込められているという感覚が、彼をさらに弱らせていった。口から泡がこぼれ、ゆっくりと昇っていく。
彼の内側の影は、水に閉じ込められたまま、逃げ出そうとしていた。檻の中の獣のように、球の壁に向かって暴れる。だが、アンジーニの力が、それを圧倒していた。




