54 冷めてしまったピザ
前回、すべてが止まったあの瞬間――。
今回は、あの男が動きます。
ピザ屋
キアロコは、いつもの席に座っていた。ピザ屋の、窓際の席に。
外では、昼の陽射しの下で通りが輝いていた。
人々はピザの箱を小脇に抱えて出入りし、ほとんど誰もが、カウンターの前を通るときにリュウへ手を振っていった。
焼けた生地ととろけたチーズの匂いが店に満ちていた。話し声のざわめきと、扉の小さなベルの音に混ざって。
*
カウンターの奥で、リュウがオーブンから野菜のピザを取り出した。
二度の素早い動きで切り分け、皿にのせた。
冷蔵庫からオモリ・アスールを一本取り、キアロコのテーブルへ歩いていった。
途中で、客の一人が彼を呼び止めた。
「すみません、トイレお借りできますか」
「ああ、奥の角だ」
皿を持ったまま、顎で示してリュウが答えた。
テーブルに着き、ピザとオモリをキアロコの前に置いた。
「よう、キアロコ。元気か」
「ああ。あんたは」
「まあな」
窓の外を見ながら、リュウが言った。
「今日はいい天気だな。ここんとこ、ずっと雨だったからよ」
「ああ、ほんとに。だいぶ良くなってきた」
キアロコが答えた。
*
だが、そう言いながら――その目は、遠くの何かに釘づけになっていた。
屋根の向こう。
一筋の煙が、晴れわたった空へ立ちのぼっていた。
雲ひとつない日に、何もないところから。
「まあ、晴れりゃ晴れたで、暑くなるんだけどな。へへ」
笑いながら、リュウが言った。
外で、サイレンが通りの喧騒を切り裂いた。
消防車が一台、ピザ屋の前を猛スピードで通り過ぎていった。その後ろに、救急車が二台。
キアロコは、ガラス越しにそれを目で追った。
角を曲がった。
――学校のほうへ。
キアロコが、目を見開いた。
「ああ……午後に崩れなきゃいいけどな」
落ち着いた声で、そう言った。
*
リュウは頷き、軽く手を上げて、カウンターへ戻ろうと背を向けた。
一瞬だけ。
だが、言っておきたいことを思い出して、振り返った。
「おい、キアロコ。言い忘れてたんだが……」
椅子は、空だった。
テーブルの上に残っていたのは、まだ湯気の立つピザと、開けられていないオモリ・アスールだけだった。
扉のベルは、鳴っていなかった。
扉が開く音も、閉まる音も、誰も聞いていなかった。
リュウは戸惑ったまま、その椅子を見つめた。
「おいおい……今度はどこ行きやがった、あいつ」
*
皿とオモリを手に取り、カウンターへ戻った。
ピザは脇に置いておいた。すぐ戻ってくるかもしれないから。――あるいは、あとで捨てるために。
「ったく……あいつは昔から変なやつだ」
扉を見ながら、ぼそりと呟いた。
「なんでか知らねえが……ここに来る客の中で、あいつがいるときだけは、いつも妙な感じがするんだよな」
深く息を吸い、エプロンで手をはたいた。
「まあ……どうせ、たいしたことじゃねえか」
*
キアロコは、ビルからビルへと跳んでいた。
止まらずに、屋根から屋根へ。風が顔を打ち、街が足の下を流れていった。
下では、サイレンが渋滞をかき分けて進んでいた。
彼は上から、そのルートを追っていた。救急車を。消防車を。それが曲がる角のひとつひとつを。
煙は、跳ぶたびに大きくなっていった。
学校の真正面にあるビルに着き、屋上の縁で足を止めた。
そこから、すべてが見えた。
*
壊された校庭。
灰と化した木々。
地面のクレーター。
――そして、その真ん中で。
一人の少年が、ソラの首を掴んでいた。彼女の足は、宙に浮いていた。
少年が、腹に乾いた一撃を入れた。
ソラの身体が折れ、少年の顔に血を吐きかけた。
少年は、瞬きひとつしなかった。
もう片方の手を上げ、指をそろえて、炎の針のようにした。その先端が白熱に燃えていた。
――彼女を、貫くために。
*
「やめろ!」
キアロコの足もとで、影が震えた。
黒い尾のように、彼の後ろへ広がった。
彼は屋上から跳んだ。できるかぎりの速さで。――これまで一度も出したことのない速さで。
黒い稲妻のように炎の少年の脇を駆け抜け、その手からソラを奪い取った。
そして何メートルも先で止まった。足をコンクリートに引きずりながら、彼女を腕に抱いて。
*
炎の少年は、空になった手を宙で握ったまま、立ち尽くしていた。
視線を落とし――少女がもういないのを見た。
どうでもよかった。
ゆっくりと、キアロコのほうへ首を回した。
分かっているのは、ひとつだけだった。
――殺す相手が、もう一人増えた。
*
キアロコは、彼を見もしなかった。
その目は、ソラに向けられていた。
腕の火傷に。口もとの血に。自分の胸にかかる、弱い息に。
彼女を抱く腕に、さらに力を込めた。
足もとで、影がひとりでに動きはじめた。
暗く、落ち着きなく。――まるで影もまた、あの少年が彼女に何をしたのかを、見てしまったかのように。
そして、彼は口を開いた。
低い声で。
これまで誰も聞いたことのない、暗い怒りを帯びた声で。
「……ここで、お前を殺す」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ついにキアロコが駆けつけました。次回、影と炎がぶつかります。
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