↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/87

48 風がさらった笑い声




二人は食事をし、数時間を外で過ごした。


起きたことについて話し、あの公園で何があったのかを、あれこれと考えながら。


それからビルへ戻った。まだ、ソラのことが気がかりなまま。


――だが、これから目にするものへの備えは、何ひとつできていなかった。



   *



黙ってエレベーターで上がった。


扉が開き、事務所に入ったところで、二人は立ち止まった。目を見開いたまま。


ソラが、サリコと並んでテーブルに座り、何事もなかったかのようにお茶を飲んでいた。


二人とも、穏やかに、小さく笑い合っていた。すっかり落ち着いて。


湯呑みから湯気がゆっくりと立ちのぼり、大きな窓から午後の光が差し込んでいた。


「な……何してるんだ、ソラ」


戸惑って、キアロコが訊いた。


「病院にいると思ってたんだぞ!」


ソラが、驚いたように顔を上げた。


「病院? あっ、そうだった! でも、もうずっと元気になったよ。サリコが、休ませるためにここへ連れてきてくれたの」



   *



勇作が、疑わしげに彼女を見た。


「では、公園は。何があった。めちゃくちゃになっていたぞ」


ソラは目を伏せ、考え込んだ。


「練習してたの……。夢中になっちゃって。風を、うまく制御できなくて……それで、ほら」


そう言いながら、うつむいた。


サリコが、落ち着いた声で口を挟んだ。


「ソラはね、一生懸命覚えようとしてるの。でも、まだ慣れてない。ときどき、力のほうに振り回されちゃうんだって。さっき、話してくれてたところ」


キアロコは、まだ心配だった。


それでも、無事な彼女を見て、かすかに笑った。


「まったく……。公園のあとで、こんなにのんびりしてるとは思わなかった」


ソラはいたずらっぽく、湯呑みを持ち上げた。


「慣れてきたのかも。でも、まだ覚えなきゃいけないこと、いっぱいあるよね?」



   *



少し表情をゆるめた勇作が、釘を刺した。


「ああ。だが頼むから、次の公園は壊さないでくれ」


みんなが、少し笑った。


キアロコは、椅子にどさりと腰を下ろした。


「こういうのに慣れるのが早すぎる気もするけど……とにかく、無事でよかった」


サリコが、にこりと笑って言い添えた。


「みんなで一緒に覚えていけばいいんだよ。それがいちばん大事」


穏やかな空気が、部屋を満たしていた。


――今のところは。



   *



ソラが、不意にうれしそうに立ち上がった。


「バルコニーに行こう! すごいもの見せてあげる!」


全員で外へ出た。


夕方の空気はひんやりとしていた。眼下には街が大きく広がり、灯りがともりはじめた通りが続いていた。


――何の前触れもなく、ソラがサリコの手を取った。


そして、すばやい動きで、彼女を宙へ放り投げた。手すりの向こうへ。


サリコが、バルコニーから飛び出していった。



   *



キアロコと勇作は、凍りついた。


ソラがサリコを虚空へ投げ出すのを、ただ見ていた。


サリコは下を見た。


街。車。通り。何もかもが、ひどく遠かった。


「え……」


「え……」


「な、なんであんなことを……」


キアロコが言った。


それから、ソラを見た。


落ち着いていた。サリコを見ていた。


――サリコは、落ちていなかった。



   *



サリコは、風の球の中に浮かんでいた。


街の上に、宙吊りになって。恐怖に目を見開いたまま。


落ちていないのは分かっていた。それでも、身体が固まって動けなかった。


「ソラ、何してるんだ! 下ろせ!」


手すりへ駆け寄りながら、キアロコが叫んだ。


勇作は、青ざめたまま動けずにいた。


サリコは震えていた。身動きひとつできず、恐怖に囚われて。


「ソラ、下ろして! お願い!」


みんなの反応に戸惑って、ソラが呟いた。


「ごめん……。そんなに怖がると思わなかった」



   *



ソラは、そっと彼女をバルコニーへ引き戻しはじめた。


ぎこちない手つきで、風の球を床まで下ろした。


サリコは無事に立っていた。


――だが、震えていた。


「ひどいよ!」


涙を浮かべて、訴えた。


「すっごく怖かったんだから!」


ソラは、しゅんとしてうつむいた。


「見せたかっただけなの。わたしにできること。……もう、しない」


キアロコが、厳しい顔で近づいた。


「後のことも考えずに、あんなことしちゃだめだ!」


まだ顔に怯えを残したまま、勇作が言い添えた。


「君のやることは、たいしたものだ……。だが、危険でもある」



   *



サリコが深く息を吸い、小さく笑って、張りつめた空気をほどこうとした。


「まあ……少なくとも、どこかから落っこちても、風は信用していいってことは分かったかな」


みんなが笑った。これ以上のことにならなくてよかったと、胸をなでおろして。


「これは、パズルが組み上がっていくようなものだな!」


勇作が、身を乗り出すように言った。


「ソラは、人を飛ばせるのか! たいしたものだ。きっと、すばらしいことに違いない」


ソラが、うれしくなって調子に乗った。


「勇作さんも、投げてあげようか?」


そう言いながら、彼の手を取ろうとした。


「いや、いや!」


笑いながら、勇作が言った。


「私は、地に足がついているほうがいい。……それにな、バルコニーと私は、大の仲良しなんだ」


そして彼女の頭に手を置き、愛おしげに髪をくしゃくしゃにした。



   *



笑い声が、また辺りを満たした。


キアロコが、ソラの肩をぽんと叩いた。


「上達が早いな。けど、忘れるなよ。力は、人を驚かせるためだけのものじゃない。……守るためのものでもあるんだ」


ソラは、まだ少し照れたまま頷いた。


「うん、分かってる……。もっと気をつける。約束する」


道のりがまだ長いことは、誰もが分かっていた。


それでも、みんなでなら向き合えることも、分かっていた。


毎日練習を続けて、もっと気をつけていけば――ソラは、少しずつ、もっと多くを覚えていけるはずだった。


四人は、そのままバルコニーにいた。


街に夜が降りてくるのを眺めながら。


風が、カーテンをそっと揺らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。