47 木々のあいだの光
車が、少しも進まないように感じられた。
信号のひとつひとつが、永遠に思えた。前を横切る車の一台一台が、また新しい障害だった。
心臓が、胸の中で響いていた。
一刻も早く病院に着きたいという焦りが、膝の上の両手を固く握らせていた。
運転手に「急げ」と怒鳴りたかった。だが、これ以上速く走れないことは分かっていた。
そして、どのみち着くのだということも。
それでも、不安は離れてくれなかった。
傷ひとつ、見当たらなかった。――それこそが、何よりも彼を落ち着かなくさせていた。
あの公園で、いったい何が起きたのか。
*
車が病院の前に止まると、勇作は扉を開けてもらうのを待たなかった。
自分で開けて、すばやく降り、入口へ向かった。ほとんど走るように。
ソラの容体が心配でたまらなかった。まるで家族に――自分の娘に、会いに行くかのように。
中では、医師たちが彼をなだめた。あまりに張りつめた様子だったからだ。
「大したことはありません」
医師が、微笑みながら彼の右肩に手を置いて言った。
「ひどく疲れているだけです。おそらく学校から走ってきたのでしょう。休めば大丈夫ですよ」
勇作は頷いた。ほっとして。
だが頭の中では、問いが積み重なっていった。
(修行だったのか? ほかの保持者と戦ったのか……? だが、傷はなかった……)
医師が、まだ彼を見ていた。
「会長こそ、大丈夫ですか」
さっきより穏やかな声で、医師が訊いた。
「念のため、診ておきましょうか」
「いや、大丈夫だ。何でもない。ありがとう」
*
勇作は廊下を歩き出した。
電話を取り出し、キアロコにかけた。
*
キアロコは、一本の木の高いところに座っていた。
幹に背中を預けて、鳥たちが飛ぶのを眺めていた。
一羽が、すぐ隣の枝に止まっていた。怖がりもせずに。まるで、彼を知っているかのように。
電話が鳴った。
鳥がびくりとして、飛び去っていった。
キアロコは一秒だけそれを目で追い、それから電話に出た。
「もしもし、勇作さん」
電話の向こうで、勇作は話す前に深く息を吸った。心配させたくなかった。
「ああ、大丈夫だ。ただ、今、病院にいてな」
「何があった? あんたは大丈夫なのか」
枝の上で身体を落ち着けようとしながら、キアロコが訊いた。
「ああ、私は大丈夫だ」
廊下を歩きながら、勇作が言った。
「ソラだ。ソラが、ここに――病院にいる」
「……ソラって言ったか」
キアロコは、考えるより先に木から飛び降りた。
「今から行く」
「ああ、だが大丈夫だ、心配するな。医者も、悪いところは何も――」
沈黙。
勇作は電話を見た。
通話は、もう切れていた。
キアロコは、何ひとつ聞いていなかった。
*
勇作はため息をつき、出口まで歩いていった。
扉をくぐったとたん――通りの並木のあいだで、ひとつの光がきらめいて動くのが見えた。
それから、停まっている車のあいだを抜けていった。あまりに速くて、ほかの誰も気づかないようだった。
そして不意に、キアロコが歩道を歩いて現れた。何事もなかったかのように。
病院の入口にいる勇作を見つけると、彼のほうへ駆けてきた。
「何があった? ソラは? どこにいる」
心配そうに、そう言った。
「ソラは大丈夫だ。眠っていて、疲れているだけだと言っただろう。君が話を聞く前に電話を切ったんだ。医者の話では、傷ひとつない」
キアロコは、ゆっくりと息を吐いた。
肩から、力が抜けた。
*
「そうか……。何があったんだ。何か分かってるのか」
「ああ。私は公園で会合に出ていたんだが、作業班の何人かが、あの子が気を失っているのを見つけた」
「なんで」
キアロコが訊いた。
「分からん。だが、ひとつだけ分かっていることがある。公園がめちゃくちゃになっていた。前はあんなふうではなかったそうだ。
なぜ公園の一角だけが壊されていたのか、誰にも分からなかった」
キアロコが眉をひそめた。
「……誰かと、戦ったのか」
「分からん。傷はない。あの子が目を覚ますのを待って、聞くしかない」
キアロコは息をついた。さっきより、落ち着いて。
「そうか。……分かった」
*
勇作とキアロコは、のんびりと食堂のほうへ歩いていた。
勇作が、気の抜けたような笑みを浮かべて、しばらく何も食べていないのだと言った。
キアロコは、異を唱えることもなく答えた。
「……分かった。行こう」




