45 風の盾
時間を無駄にせず、ソラはもう一度試してみることにした。
今度の挑戦は、もっと大きかった。
――風の球を、二つ同時につくる。
目を閉じ、深く息を吸った。空気が両手を包むのに、身をまかせて。
はじめは、かすかな揺らぎを感じた。風が、従うのをためらっているかのように。
だが少しずつ、二つの球が形をとりはじめた。左手にひとつ、右手にひとつ。
小さくて、透明だった。中に閉じ込められて回っている土埃と草の切れ端で、かろうじてそれと分かるだけだった。
それを、反対の方向へ放った。
そして公園に転がったものにぶつかるのを、じっと見届けた。
ベンチが、さっきよりも楽に動いた。
折れた枝のいくつかが突風に引きずられ、乾いた音を立てて草の上を転がっていった。
(すごい……!)
驚きに目を輝かせて、そう思った。
*
新しい球をつくるたびに、速く、正確になっていった。
風はもう、荒れ狂う敵ではなかった。応えはじめた、味方だった。
完全に使いこなすには、まだほど遠い。それは分かっていた。
でも、ほんの数日前には考えもしなかったことを、やってのけたのだ。
思わず、笑い声がこぼれた。
自分の翼を見つけた子どものように、公園を駆け回った。止まらずに、突風を放ちながら。
乾いた葉が、彼女の通ったあとに舞い上がり、渦になってついてきた。一緒に遊んでいるかのように。
わくわくが、怖さを追い越していた。
もう、風は怖くなかった。
――自分のものだと、感じていた。
(このまま練習を続けたら、すぐに、もっとずっと大きなことができるようになる……)
そう思った。まわりで空気が渦を巻き、葉を、枝を、地面に留められていないものを片っ端から動かしていた。
*
数秒のあいだ立ち止まり、深く息をして、自分のつくり出した、静かな混沌を眺めた。
そのとき、ひとつの考えが稲妻のように頭をよぎった。
(風を放つんじゃなくて……自分のまわりに集めたら? 盾みたいに……)
その考えは、すばやく形になった。
風の領域の中にいる自分を、思い描いた。自分を包んで、守ってくれる壁を。
目を閉じ、集中しはじめた。
二つの風の球が、それぞれの手の中で、目の前に浮かんでいた。
力を込めて、それをゆっくりと大きく、広げていった。
やがて、二つが溶け合いはじめた。
*
もう、ただの球ではなかった。
空気の、濃い塊だった。エネルギーで震える、目に見えない塊。
少しずつ、その風が彼女のまわりに広がっていった。
空気が自分の呼吸に合わせて脈打っているのを、ソラは感じていた。
盾が、形をとりつつあった。
両手にかかる圧は強かった。だが、踏みとどまった。
焦りに、飲み込まれなかった。
深く息を吸い、力を込めた。まるで風そのものが、自分の内側から湧き出してくるかのように。
――そして、目を開けた。
*
目に見えない泡が、彼女を包んでいた。
風がまわりで回っていた。濃く、けれど安定して。
その向こうの世界は、水越しに見るように、かすかに揺らいで見えた。
生きている壁だった。敏感で、彼女の意志の拍子に合わせて動いているようだった。
「できた!」
驚きと嬉しさの混じった声で、叫んだ。
「風の領域……盾だ!」
*
試してみたくなった。
いちばん近い木の枝を見た。太く、ねじれていて、ちょうど頭の真上に張り出していた。
その真下に立ち、手を上げ、枝に向けて風の球を放った。
枝を折って、まわりの領域がどうするのかを見るために。
――二つの力を同時に使っていることに、彼女は気づいていなかった。
枝が、ぱきりと音を立てて折れた。
彼女の上に落ちてきた。
だが、盾にぶつかった。
風がすぐに反応し、かすかな、だが確かな一陣で、その衝撃を逸らした。
触れたところで、枝の一部が粉々に砕けた。
領域は不安定だった。明滅し、ゆがんでいた。
それでも、中を通り抜けようとするものを、すべて切り裂いているのが見て取れた。まるで、研ぎ澄まされた突風のように。
木屑が、彼女のまわりに降った。
かすりもしなかった。
*
(これ、使える……)
草の上に腰を下ろし、息を落ち着けようとしながら、そう思った。
(これなら、本当にわたしを守ってくれる)
盾はまだ不安定だった。それでも、思っていた以上のことができた。
小さな突風を操るところから、本物の守りをつくり出すところまで来たのだ。
この先のどんな戦いでも、きっとそれは欠かせないものになる。
わくわくしたまま、盾がゆっくりと消えていくのにまかせた。
微笑んだ。もう一回、やってみたかった。
立ち上がり、片手を伸ばし、身体を押し上げるための新しい風の球に集中した。
*
――何も起きなかった。
風が、応えなかった。
そよ風ひとつ。葉っぱ一枚、動かなかった。
呼吸が少し乱れていた。だが、わくわくのせいで、自分に起きていることに気づけなかった。
(どうしたの? なんで何も起きないの? また、動かなくなっちゃった……)
少しがっかりして、手を下ろした。
空を見た。
陽が傾きはじめ、まだ立っている木々の梢を、橙色に染めていた。
(まあ……帰ろうかな。もう遅いし)
すぐに、笑顔が戻ってきた。
(跳んで帰ろう。そしたら、どこにだって早く着ける)
*
構えをとった。膝を曲げた。
そして跳んだ。ここまで自分を連れてきたのと同じことができると、疑いもしない者の嬉しさで。
――だが今度は、空気が彼女を支えなかった。
一瞬、上にいた。
次の瞬間には、身体が落ちはじめているのを感じた。一秒ごとに。浮かび上がるのではなく。
草の上へ、仰向けに落ちた。鈍い音を立てて。
何かが、おかしかった。
*
呼吸が、さらに荒くなっていった。
手を上げた。手のひらの上の空気が、弱々しく震え――そして、ほどけて消えた。
それから、急なめまいが来た。
地面に倒れたまま、倒れた木々を見ていた。
――それらと同じように、横たわったまま。
「な……なに、これ……? 動けない……」
起き上がろうとした。
だが、脚が身体を支えなかった。
もう一度、草の上に崩れ落ちた。力が入らなかった。視界がかすみ、心臓が制御を失ったように打っていた。
目が、閉じた。
*
彼女は、ひとりでそこに横たわっていた。
自分が倒した木々と、ひっくり返ったゴミ箱のそばで。
今は静まった風が、公園の中をゆっくりと吹いていた。
彼女の髪と服を揺らしていた。
まだ立っている木々の葉を、揺らすのと同じように。




