36 断片の目覚め
断片が、新たな強さで輝きはじめた。
娘は、自分でも説明のつかないまま、強くなったように感じていた。
意識が、澄んでいた。
まるで世界そのものが、少しだけ鮮明になったかのようだった。音のひとつひとつが、より明瞭に。動きのひとつひとつが、より近くに。
頭の中を、速い映像が過ぎていった。
海。大海原。嵐。
一度も見たことのない光景だった。それなのに、見覚えがあった。
まるで、水そのものが、自分の血の中を流れているかのように。
*
長椅子の上で、意識を失っていた老人がわずかに反応した。
やっとのことで目を開け、立っている娘を見た。
その胸の上で、断片が輝いていた。
その顔が、戸惑いから驚きへ、そして驚きから、もっと深い何かへと変わっていった。
――怖れだった。
「何をした……?」
かろうじて聞き取れる声で、そう言った。
「それを……手に取ったのか」
娘は、何と答えればいいのか分からなかった。
内側を走る力が、あまりに大きすぎた。言葉を形にすることすら、ままならなかった。
「分からない……何が起きてるのか」
手を震わせながら、そう言った。
「でも……何か、変な感じがするの」
老人は身を起こそうとした。
額に手をやった。
目の前のものが、信じられなかった。
断片が、この娘に対して、想像したこともないような反応を示していた。
「断片が、あなたと融合しつつある……」
重い声で、そう言った。
「もはや、ただの結晶ではない。水の力が……今、あなたの中に生きている。
だが、これは……これは、あってはならないことだ」
娘は胸に手を当てた。
その力が身体じゅうを巡っていくのを感じながら。
これまで知っていたどんなものとも違った。
純粋だった。生きていた。そして――混沌としていた。
(わたし……これから、どうすればいいの)
そう思った。答えは、どこにもなかった。
*
断片の輝きは、止まらなかった。
一秒ごとに、それと彼女とのつながりが強くなっていった。
まるで、二つの魂が編み合わされていくように。
老人には分かっていた。
これは祝福であり、同時に呪いでもある。
そしてこの先に何が起きるかは、彼女がそれを御せるかどうかにかかっている。
「備えねばならん」
そう呟いた。
「始まってしまったものは……そう簡単には、止まらん」
そのときだった。
娘が、床に崩れ落ちた。気を失って。
*
断片が、新たな激しさで輝いた。
その光はあまりに強く、島全体を照らし出した。
空気が、目に見えるほどの力で満たされていった。
まるで、大海そのものが、古い呼び声に応えたかのように。
「そんなことが、あってたまるか!」
老人が叫んだ。
彼女のほうへ近づこうとした。
だが力の波が、その身体を後ろへ弾き飛ばした。目に見えない波に押されたかのように。
断片の内側に棲んでいた精霊が――目覚めようとしていた。
「断片は……力を与えるだけではない」
額から汗を流しながら、そう囁いた。
「喰いもするのだ。水は、混沌に変わる。
御せなければ……この島は、消える」
だが、もう遅かった。
*
島が震えはじめた。
大海が、目覚めた獣のように咆哮した。
巨大な渦が生まれ、水の竜巻が幾本も天へと立ち上がった。
木々が根ごと引き抜かれた。
空が、暗くなった。
ほんの数分前まで静かな隠れ家だったその場所が、いまや生きた嵐の中心になっていた。
「違う……」
老人が囁いた。
「これは、まだ始まりにすぎん……」
這うようにして、娘のもとへたどり着いた。
意識を失ったその身体は、いまや原初の力の器だった。
断片が、その胸の上で脈打っていた。青い心臓のように。
「完全に融合してしまえば……」
割れた声で、そう言った。
「もう、戻る道はない。喰い尽くされる。
そしてあの子とともに……すべてが」
大地が揺れていた。
波が岩に砕けていた。狂った獣のように。
老人にできることは、もう何もなかった。ただ見ていることしか。
青い太陽のようなその輝きが、彼女の内側で脈打つのを見ていることしか。
暗くなった空を見上げた。
「決めるのは、運命だけだ」
そう呟いた。
「あの子が混沌を御するのか。……それとも、混沌に喰われるのか」
*
五日後 ―― ビル
そこは、何もかもが正反対だった。
笑い声。くつろいだ話し声。
暖かく、ほとんど家庭のような空気。
ソラ、サリコ、キアロコ、そして勇作が、静かな午後を分かち合っていた。
ここしばらくの緊張が、一瞬だけ解けたかのように。
「それでな、ピザ屋の親父に言ってやったんだ。もうソラがピザを盗むことはありませんってな。……あの顔、完全に固まってたぞ」
笑いながら、キアロコが話していた。
「それ最高だったよね!」
微笑みながら、ソラが返した。
「兄さんがあんなに堂々としてるの、知らなかった」
「食べ物というのは、人を結びつけるものらしいな」
その笑いにつられて、勇作が言った。
*
だが、そのとき――何かが変わった。
ソラが、頭に手をやった。
奇妙な感覚が、身体を走り抜けた。
さっきまで暖かかったその目が、白く、透き通った光を放ちはじめた。
まるで、その奥底から未知の力が浮かび上がってきたかのように。
同じ瞬間、キアロコは胸に強い圧を感じた。
その眼差しが、暗くなった。
――文字どおりに。
その目が、完全な黒になった。虚無のように、深く。
彼の内側で眠っていた影が、たった今、身じろぎをした。
「え……?」
戸惑ったまま、ソラが囁いた。
キアロコは、じっと彼女を見た。
彼にも、感じ取れていた。
「ソラ……お前も、感じてるのか」
二人とも、黙り込んだ。
二人のあいだで、何かがつながった。
そしてこの部屋の誰ひとり、何が起きているのかを理解できていなかった。
「二人とも、どうしたんだ」
困惑して、勇作が訊いた。
サリコが眉をひそめた。その声が、硬くなった。
「なんで……二人の目が、そんなふうに光ってるの」
部屋の空気は、すっかり変わっていた。
笑い声の温かさが、重い密度に変わっていた。
何かが目を覚ましつつあった。
誰も、それに名前をつけられない何かが。
*
沈黙を破ったのは、キアロコの低い声だった。
「ソラ。何かが起きてる。
俺には分からない……だが、真珠に関わることだ。それだけは分かる。
……制御できない」
ソラが、不安げに自分の目に触れた。
「わたしの目……どうしちゃったのか、分からないよ、兄さん……」
勇作が一瞬、視線を落とした。考え込むように。
「筋が通らんな。……断片が、君たち二人のあいだで反応している、ということか」
サリコが、押し殺した声で呟いた。
「もし、間に合うようにこれを理解できなかったら、どうなるの。
真珠も、力も……わたしたち、これから何をすればいいの」
キアロコとソラの目の輝きが、ゆっくりと薄れていった。
だが二人のあいだには、ひとつの眼差しが残った。
言葉を必要としない、静かな了解が。
――もっと大きな何かが、動いている。
「答えがいる」
確かな声で、キアロコが言った。
「それも、急いで」
誰も答えなかった。
だが全員が感じていた。
ソラとキアロコのつながりが、さらに強くなったということを。
そして今や、真珠の行方と、彼ら自身の行方とが――まだ完全には理解できない形で、結ばれてしまったということを。
「我々は地球で働いている。だが、書いているのは、別の銀河からだ。アルモリアへようこそ。すべての応援に感謝する。『我が第二の精霊』についてどう思うか、感想を教えてくれよな。」




