↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/91

36 断片の目覚め



断片が、新たな強さで輝きはじめた。


娘は、自分でも説明のつかないまま、強くなったように感じていた。


意識が、澄んでいた。


まるで世界そのものが、少しだけ鮮明になったかのようだった。音のひとつひとつが、より明瞭に。動きのひとつひとつが、より近くに。


頭の中を、速い映像が過ぎていった。


海。大海原。嵐。


一度も見たことのない光景だった。それなのに、見覚えがあった。


まるで、水そのものが、自分の血の中を流れているかのように。



   *



長椅子の上で、意識を失っていた老人がわずかに反応した。


やっとのことで目を開け、立っている娘を見た。


その胸の上で、断片が輝いていた。


その顔が、戸惑いから驚きへ、そして驚きから、もっと深い何かへと変わっていった。


――怖れだった。


「何をした……?」


かろうじて聞き取れる声で、そう言った。


「それを……手に取ったのか」


娘は、何と答えればいいのか分からなかった。


内側を走る力が、あまりに大きすぎた。言葉を形にすることすら、ままならなかった。


「分からない……何が起きてるのか」


手を震わせながら、そう言った。


「でも……何か、変な感じがするの」


老人は身を起こそうとした。


額に手をやった。


目の前のものが、信じられなかった。


断片が、この娘に対して、想像したこともないような反応を示していた。


「断片が、あなたと融合しつつある……」


重い声で、そう言った。


「もはや、ただの結晶ではない。水の力が……今、あなたの中に生きている。


 だが、これは……これは、あってはならないことだ」


娘は胸に手を当てた。


その力が身体じゅうを巡っていくのを感じながら。


これまで知っていたどんなものとも違った。


純粋だった。生きていた。そして――混沌としていた。


(わたし……これから、どうすればいいの)


そう思った。答えは、どこにもなかった。



   *



断片の輝きは、止まらなかった。


一秒ごとに、それと彼女とのつながりが強くなっていった。


まるで、二つの魂が編み合わされていくように。


老人には分かっていた。


これは祝福であり、同時に呪いでもある。


そしてこの先に何が起きるかは、彼女がそれを御せるかどうかにかかっている。


「備えねばならん」


そう呟いた。


「始まってしまったものは……そう簡単には、止まらん」


そのときだった。


娘が、床に崩れ落ちた。気を失って。



   *



断片が、新たな激しさで輝いた。


その光はあまりに強く、島全体を照らし出した。


空気が、目に見えるほどの力で満たされていった。


まるで、大海そのものが、古い呼び声に応えたかのように。


「そんなことが、あってたまるか!」


老人が叫んだ。


彼女のほうへ近づこうとした。


だが力の波が、その身体を後ろへ弾き飛ばした。目に見えない波に押されたかのように。


断片の内側に棲んでいた精霊が――目覚めようとしていた。


「断片は……力を与えるだけではない」


額から汗を流しながら、そう囁いた。


「喰いもするのだ。水は、混沌に変わる。


 御せなければ……この島は、消える」


だが、もう遅かった。



   *



島が震えはじめた。


大海が、目覚めた獣のように咆哮した。


巨大な渦が生まれ、水の竜巻が幾本も天へと立ち上がった。


木々が根ごと引き抜かれた。


空が、暗くなった。


ほんの数分前まで静かな隠れ家だったその場所が、いまや生きた嵐の中心になっていた。


「違う……」


老人が囁いた。


「これは、まだ始まりにすぎん……」


這うようにして、娘のもとへたどり着いた。


意識を失ったその身体は、いまや原初の力の器だった。


断片が、その胸の上で脈打っていた。青い心臓のように。


「完全に融合してしまえば……」


割れた声で、そう言った。


「もう、戻る道はない。喰い尽くされる。


 そしてあの子とともに……すべてが」


大地が揺れていた。


波が岩に砕けていた。狂った獣のように。


老人にできることは、もう何もなかった。ただ見ていることしか。


青い太陽のようなその輝きが、彼女の内側で脈打つのを見ていることしか。


暗くなった空を見上げた。


「決めるのは、運命だけだ」


そう呟いた。


「あの子が混沌を御するのか。……それとも、混沌に喰われるのか」



   *

   五日後 ―― ビル



そこは、何もかもが正反対だった。


笑い声。くつろいだ話し声。


暖かく、ほとんど家庭のような空気。


ソラ、サリコ、キアロコ、そして勇作が、静かな午後を分かち合っていた。


ここしばらくの緊張が、一瞬だけ解けたかのように。


「それでな、ピザ屋の親父に言ってやったんだ。もうソラがピザを盗むことはありませんってな。……あの顔、完全に固まってたぞ」


笑いながら、キアロコが話していた。


「それ最高だったよね!」


微笑みながら、ソラが返した。


「兄さんがあんなに堂々としてるの、知らなかった」


「食べ物というのは、人を結びつけるものらしいな」


その笑いにつられて、勇作が言った。



   *



だが、そのとき――何かが変わった。


ソラが、頭に手をやった。


奇妙な感覚が、身体を走り抜けた。


さっきまで暖かかったその目が、白く、透き通った光を放ちはじめた。


まるで、その奥底から未知の力が浮かび上がってきたかのように。


同じ瞬間、キアロコは胸に強い圧を感じた。


その眼差しが、暗くなった。


――文字どおりに。


その目が、完全な黒になった。虚無のように、深く。


彼の内側で眠っていた影が、たった今、身じろぎをした。


「え……?」


戸惑ったまま、ソラが囁いた。


キアロコは、じっと彼女を見た。


彼にも、感じ取れていた。


「ソラ……お前も、感じてるのか」


二人とも、黙り込んだ。


二人のあいだで、何かがつながった。


そしてこの部屋の誰ひとり、何が起きているのかを理解できていなかった。


「二人とも、どうしたんだ」


困惑して、勇作が訊いた。


サリコが眉をひそめた。その声が、硬くなった。


「なんで……二人の目が、そんなふうに光ってるの」


部屋の空気は、すっかり変わっていた。


笑い声の温かさが、重い密度に変わっていた。


何かが目を覚ましつつあった。


誰も、それに名前をつけられない何かが。



   *



沈黙を破ったのは、キアロコの低い声だった。


「ソラ。何かが起きてる。


 俺には分からない……だが、真珠に関わることだ。それだけは分かる。


 ……制御できない」


ソラが、不安げに自分の目に触れた。


「わたしの目……どうしちゃったのか、分からないよ、兄さん……」


勇作が一瞬、視線を落とした。考え込むように。


「筋が通らんな。……断片が、君たち二人のあいだで反応している、ということか」


サリコが、押し殺した声で呟いた。


「もし、間に合うようにこれを理解できなかったら、どうなるの。


 真珠も、力も……わたしたち、これから何をすればいいの」


キアロコとソラの目の輝きが、ゆっくりと薄れていった。


だが二人のあいだには、ひとつの眼差しが残った。


言葉を必要としない、静かな了解が。


――もっと大きな何かが、動いている。


「答えがいる」


確かな声で、キアロコが言った。


「それも、急いで」


誰も答えなかった。


だが全員が感じていた。


ソラとキアロコのつながりが、さらに強くなったということを。


そして今や、真珠の行方と、彼ら自身の行方とが――まだ完全には理解できない形で、結ばれてしまったということを。

「我々は地球で働いている。だが、書いているのは、別の銀河からだ。アルモリアへようこそ。すべての応援に感謝する。『我が第二の精霊』についてどう思うか、感想を教えてくれよな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。