35 水の断片と、最後の希望
老人は、娘の脇に膝をついていた。
その疲れきった目が、彼女から離れなかった。
黒曜石の毒が、皮膚の下を速く進んでいた。
そして分かっていた。あまりに多くを見てきた者の、苦い明晰さで分かっていた。
この惑星に解毒剤はない。門を開く時間もない。すでにやったこと以上を為す力も、この身体には残っていない。
ただ、死んでいくのを見ていることしかできなかった。
*
そのとき、空の何かが変わった。
輝く光が、流れ星のように天を横切った。
ほかの世界の上で幾度となく見てきた、あの類のものではなかった。
――これは、落ちていた。
意図をもって、落ちていた。
この島へ向かって、落ちていた。
老人が顔を上げた。
その濡れた目が、細くなった。
その光に、見覚えがあった。
あり得ない。それなのに、そうだった。
「断片……」
そう囁いた。
ついこのあいだ、はるか遠くで散らばっていった何かが――ようやく、落ちる場所を見つけたかのように。
*
考えなかった。理屈も立てなかった。
できるかぎりの動きで立ち上がった。脚が言うことを聞かないまま。胸を焼かれながら。
そして、落下地点へ走った。
その断片が彼女を救えるのかどうか、分からなかった。
水の力が毒を中和するのかどうかも、分からなかった。
ただ、試せるものがもうそれしか残っていないということだけが、分かっていた。
(もしかしたら……ただ、もしかしたら……)
一歩ごとに、前の一歩より痛みながら、そう思っていた。
木々のあいだの、小さな開けた場所にたどり着いた。
その中心に、半ば土に埋もれて、結晶の石が輝いていた。
そこから放たれる青い光は、ほかのどんな光とも違っていた。
灯りのように森を照らすのではなく――呼吸しているように見えた。脈打っているように見えた。
まるで、内側に命を抱えているかのように。
老人は身をかがめた。
両手で、慎重にそれを取った。
石は乾いているのに、指を水の冷たさが伝っていった。
「浄化……」
独り言のように、そう呟いた。
「毒を払えるものがあるとすれば……これだ」
そして走って戻った。残っていたわずかなもので。
*
娘は、まだ木にもたれかかったままだった。さっきよりも、青白くなって。
その呼吸は、もうほとんど聞こえなかった。
老人はその脇に、崩れるように膝をついた。
震える手で、断片を傷ついた腕の上に置いた。毒が皮膚の下で黒くなった、ちょうどその場所に。
そして、囁きはじめた。
短い呪文だった。もう誰も覚えていない言語の。
彼自身にも完全には理解できていない時代から出てきた言葉だった。
断片が、応えた。
その青い光が強まり、冷たい流れが――娘の肌の上に、目に見えない川がたった今生まれたかのように――傷口を巡りはじめた。
紫が、ゆっくりと退いていった。
肉の下の黒が、きれいな水に落ちた墨のように溶けていった。
娘が震えた。
そして、ついさっきまであれほど弱かったその呼吸が、深くなった。より生きたものになった。
老人は動かなかった。
動く勇気がなかった。
一秒ごとが、途切れさせてはならない祈りだった。
やがて断片の輝きが、それほど強くなくなったとき――娘の腕は、元の色に戻っていた。
その肌は冷たかった。だが、澄んでいた。
毒は、去っていた。
*
彼女がゆっくりと目を開けた。
まだ戸惑ったまま、彼を見た。
「……できたの?」
そう囁いた。
老人は頭を垂れた。
かろうじて、頷くことしかできなかった。
「もう、大丈夫だ」
娘はまた目を閉じた。
だがそれは、死の眠りではなかった。
命へ戻っていく身体の、休息だった。
少しずつ、顔に色が戻っていった。
そしてそれと一緒に、わずかな力も。
動けるだけの力が。
そして――今度は老人のほうが消えかけているのだと、気づけるだけの力が。
*
それまですべてを支えてきたその男が、肩を落とした。
頭が重かった。
目が、もう言うことを聞かなかった。
一度よろめき、そして草の上に膝から落ちた。
娘は、たった今返してもらったばかりの力をかき集めた。
立ち上がった。
弱々しい足取りで、彼に近づいた。
「おじいさん……」
そう言った。
「しっかりして」
老人の腕を、その小さな肩に回した。
重かった――自分よりもずっと重かった。
それでもどうにか、死から抜け出したばかりの者の、借りものの意志で、彼を起こした。
そして一歩ずつ、邸まで運んだ。
海を見晴らす硝子の窓のそばの、長い椅子の上へ、慎重に横たえた。
頭の位置を整えてやった。
呼吸が楽になるように、胸の上に載っていた両手をどけた。
*
そのときだった。何かが床に落ちた。
木の床の上で鳴った、小さな結晶の音だった。
彼女はかがんで、それを拾った。
輝く石だった。結晶の。青い。
触れると冷たく、それでいて内側で光が動いているようだった。生きた水を閉じ込めているかのように。
娘には、それが何なのか分からなかった。
ほんの数分前に自分の命を救ったのが、まさにこの石だということも、知らなかった。
こんなものは、見たことがなかった。
思ったのは、ひとつだけだった。
「きれい……」
両手で、それを持った。
窓の光にかざして、眺めた。
内側に閉じ込められた青は、動かすたびに形を変えるように見えた。
かすかに微笑んだ。宝石を前にした、どこにでもいる女の子の、小さな微笑みだった。
そして、どこにでもいる女の子がそうするように、簡単なことを思い描いた。
――きれいな首飾りになりそう。
石を胸元へ持っていき、鎖があったらどう見えるかを確かめた。
そして、ちょうど心臓の上に当ててみた。どんなふうに見えるかを、見るために。
*
彼女は、何ひとつ気づかなかった。
石がその肌に触れたその瞬間に、輝きを変えたことに気づかなかった。
青い光がごくゆっくりと、住む場所を探すように、彼女の内側へ入り込んでいったことに気づかなかった。
心臓に当てられたその石が、溶けはじめていたことに気づかなかった――砕けるのでも、融けるのでもなく、入っていっていたことに。
ただ、何かを感じただけだった。
はじめは、くすぐったさ。
それから、冷たい流れ。胸から腹へ下りていく流れ。
それからもっと深い何か――とても小さく、とても古い川が、血の中を流れはじめたかのような何か。
胸に手をやった。
もう石はなかった。
もう宝石はなかった。
もう、持つものが何もなかった。
娘は、動かなくなった。
手を心臓に当てたまま。
目を、大きく見開いたまま。
「なに……わたしに、何が起きてるの……」
分からなかった。理解できなかった。
ただ、自分の内側で何かが流れはじめたということだけを感じていた。
そしてそれは、もう止まらないのだということも。
長椅子の上で眠っている老人を見た。
自分の両手を見た。今はもう、違う理由で震えている両手を。
そして、なぜだかは分からないまま、こう囁いた。
「これ……よくない」




