33 惑星ロブ ―― ソラの目覚めの五日前
老人は、古い神殿の奥にある、隠された一室に座っていた。
その部屋に名前はなかった。
ほかに入る者もいなかった。彼だけだった。
無限へと向いた硝子の窓から、宇宙を眺めていた。
星々は、静かに光っていた。
街は、はるか下のほうに見えていた。小さく、整然として、灯りをともして。
その文明は調和のうちに生きていた。
空ひとつ隔てた先に、すべてを滅ぼしうる何かがあることも知らずに。
一瞬だけ、長い息を吐いた。
安堵に近いものだった。
おそらくは、ずいぶん久しぶりに――真珠は無事なのだと、そう思えた。
それは、一秒しか続かなかった。
*
内側で、何かが灯った。
自分のものではない本能だった。
彼よりも古く、その肉ではなく、この場所そのものに属しているような何かだった。
弾かれたように立ち上がった。
両手を、強く握りしめた。
(来たか)
(唐王朝。……そして、おそらくもう一つ。ほかの者たちも、真珠のことを知った)
声には出さなかった。
言う相手が、どこにもいなかった。
*
空に、不吉な光が走り、夜の静けさを裂いた。
巨大な船が、惑星ロブの上へ降りてきた。暗く、そして脅かすように。
その影が空の一部を覆い、畑の上に、眠っている街の屋根の上に、影を落とした。
その船の中には、人間の兵士たちが軍団を成していた。
欲深く、鍛えられ、飢えていた。攻め込む準備は、すでに整っていた。
*
老人は、一瞬も無駄にしなかった。
神殿の隠し通路を走った。振り返りもせずに。
年月が膝に重くのしかかっていた。それを、無視した。
戦士ではなかった。美しく走る術など、知らなかった。
自分より遥かに大きな何かが頭上に落ちてこようとしているとき、ただの人間が走る――そういう走り方だった。
通路の突き当たり、隠された発着台に、小さな船が待っていた。
埃にまみれていた。外殻は、年月に削られていた。
長いあいだ、誰も触れていなかった。
そして正直なところ、まだ動くのかどうか、彼自身にも確信はなかった。
乗り込む前に、脇の小部屋へ入った。
そして、ダクリを取り出した。
封じられた品だった。小さな箱ほどの大きさで、もはや読める者もほとんどいない文字に覆われていた。
一秒だけ、それを胸に押し当てた。
これから起きることを、詫びるように。
それから船の中の安全な区画へ慎重に納め、離陸で動かないよう、しっかりと固定した。
操縦席へ走った。
確かな手つきで起動させた。……それでも、その手は少し震えていた。
船が浮き上がった。空気を裂き、塔をかわし、黒い空へ上がっていった。
*
向こう側では、敵がすぐに気づいた。
彼らは探しに来ていた。
何年も、資源も、人も、探すことに費やしてきた。
だから――埃をかぶった小さな船が、神殿からあれほどの必死さで飛び出すのを見たとき、彼らは悟った。
正しい人間を、引き当てたのだと。
ほかの船が、その後ろから飛び出した。速く、輝き、武装していた。
「逃がすな!」
敵船から、砲撃が放たれた。
ミサイルが天空を裂いた。
船のまわりで、爆発が炸裂した。
老人は操縦桿にしがみつき、躱せるものは躱した。
だが一発が右翼を砕いた。
もう一発が安定翼を吹き飛ばした。
船が回りはじめた。針路を失っていった。
損傷が取り返しのつかないものであることは、分かっていた。
「そんな……」
そう呟いた。
「守らねば……」
英雄の叫びではなかった。
もう手の打ちようがないと知りながら、それでもやってみるしかない――ほかに残っているものが何もない、疲れ果てた男の声だった。
*
操縦席から立ち上がった。
船の後方へ走った。脱出用のカプセルへ。
途中でダクリを取り上げた。両手で。胸に押しつけて。
もう一発が船を捉えた。
衝撃は凄まじかった。
老人は均衡を失った。
ダクリが手から離れた。
金属の床に跳ね、遠くへ転がっていった。壊れた配管と隔壁のあいだの、暗い隅へ。
「いかん! いかん、いかん……!」
膝をついた。
這って、そちらへ向かった。
手を伸ばした。
もう一発。
船が傾いだ。床が斜めになった。
そして彼は、意図せずに――後ろへ倒れた。開いていたカプセルの中へ。
「待て! 待ってくれ、まだ――」
衝撃に揺さぶられたカプセルの扉が、ひとりでに作動した。
その顔の前で、音を立てて閉じた。
内側から硝子を叩いた。開けようとした。
機構は、すでに動きはじめていた。
「やめろ! ダクリ! 開けてくれ……!」
カプセルが射出された。
彼に問うこともなく、宇宙へ放り出した。
選ばせもしなかった。
まるでそのカプセルが――彼の救いたかったただ一つのものではなく、彼のほうを救うと、勝手に決めたかのように。
*
数秒後、本船が爆発した。
虚空のただなかの、炎の嵐だった。
燃える破片。
そしてその爆発の中心で――幾千年を、幾世紀を、幾世代を耐え抜いてきたその封じられた品が、割れた。
内に隠されていた真珠が、宇宙へ吐き出された。
そして、砕けた。
燃える欠片が、輝きながら、四方へ撃ち出されていった。
もう誰の言うことも聞かない流星のように。
*
カプセルの中から、老人は硝子に額を押しつけた。
見ていた。
それらが飛び去っていくのを見ていた。それぞれ違う方向へ。ひとつずつ、宇宙の遠い片隅へ。
自分のものではない性急さが招いた、避けようのない結末を見ていた。
はるか遠くにいる別の人間たちが、急いではならないものを急がせると決めた――その代償を見ていた。
その笑みは、苦かった。
もはや笑みですら、なかった。
「違う……こんな形では……」
割れた声で、そう囁いた。
「宇宙は、まだ……これを受け止められる状態ではなかったのだ」
硝子に、拳を押しつけた。
まともに泣くことすら、できなかった。
老人は、泣くにはあまりにも疲れきっていた。
*
敵船の中では、沈黙がまるまる一秒続いた。
司令官は艦橋の窓の前に立ち、散っていく断片を見ていた。
その呼吸が、止まった。
両手で、操作盤を叩いた。
「こんなはずではなかった! こんなはずでは……!」
もう一度。さらに強く。
盤面が火花を散らした。
その後ろにいた、もう一人の若い男が、正面のスクリーンで遠ざかっていく断片を見ていた。
完全には理解できていなかった。
ほとんど独り言のように、こう口にした。
「……これは、どの宇宙のものなんだ」
司令官は、それを無視した。
見もしなかった。
すでに遠くなりすぎた欠片から、目を離さなかった。
どの船も、もはや間に合わないところへ向かっていく欠片から。
今、何が起きたのかは、分かっていた。
奪いに来た。
そして奪う代わりに――奪う価値のあった、ただ一つのものを壊した。
その計画は、成らなかった。
*
そして虚空の向こう側で。
彼にとってはまだ名前のない惑星へ向かって、静かに遠ざかっていく小さなカプセルの中で。
一人の老人が目を閉じた。
そして、誰にも言わずに受け入れた。
これはもう、取り返しがつかないのだと。
そして――自分ひとりのせいでは、なかったのだと。




