27 風が支えたとき
『我が第二の精霊』へようこそ。
初めての方は、第1話からどうぞ。
サリコとキアロコは木から下り、歩き出した。
もう、できることは何ひとつないと分かっていた。
サリコは病院に、あとのことはこちらで引き受けると伝えていた。
支えるように、キアロコの手を取った。微笑みながら。
彼は彼女を見て、何でもないことのようにその手を取った。
何もかもが、どうでもよかった。
そして歩き出した。
駐車場を歩きながら、二人は最後にもう一度、ソラの病室の窓を見上げた。
どちらも、壊れていた。
風が木々を揺らしていた。
孤独な生の匂いが、一歩ごとに感じられた。
一本の木の葉が、二人の目の前で、一斉に落ちた。
その木が、葉を手放すことを決めたかのように。
二人とも、その光景に立ち尽くした。
*
そのとき、病院の駐車場に、ガラスの砕ける轟音が響いた。
二人は目を見開いて顔を見合わせ――そして中へ駆け戻った。
「何なの! 病院が崩れるの!」
窓を見上げながら、サリコが必死に叫んだ。
「違う……ソラだ」
キアロコがそう言って、病院の中へ走り出した。
窓は、少しずつ砕けていった。
サリコは窓を見て、それから中へ走っていくキアロコを見た。
そして拳を握りしめ、彼と並んでソラの病室へ走った。
*
部屋に入ると、ソラの身体はベッドの上で動かないままだった。
だがその上に、輝く結晶の断片が浮かび、ゆっくりと宙で回転していた。
そこから放たれる力は激しく、息が詰まるほどだった。
「何よ、あれ……」
その光景に凍りついたまま、サリコが囁いた。
断片が脈打つように明滅し、それからゆっくりと降りていき――
そのまま、ソラの胸へ沈み込んだ。
部屋が突然の風で満たされた。壁の内側に嵐が生まれたかのように。
キアロコとサリコは顔をかばった。得体の知れない力の圧を受けながら。
いくつもの機材が、窓から、扉から、吹き飛んでいった。
そして、さっきまで一本の直線を映していた心電図のモニターが――床に転がったまま、音を立てた。
一度。
それから、もう一度。
そしてもう一度。
二人はそれを見て、それからソラを見た。
ソラは……息をしていた。
*
サリコが涙を浮かべ、生き返った彼女のもとへ駆け寄った。
その心臓が希望で打っていた。ベッドの上の彼女を抱きしめようと、両腕を伸ばした。
だが触れる前に、キアロコがその腕を強く掴んだ。
「触るな!」
揺るぎない声で、そう警告した。
サリコが戸惑って彼を見た。だが、答える間はなかった。
ソラの身体から、激しい風の奔流が爆ぜた。
その圧が二人を窓の外へ吹き飛ばした。ガラスを粉々に砕き、壁の一部ごと。
落ちながら、キアロコは即座に反応した。サリコを両腕で包み込み、空中で身を回して衝撃を殺した。
二人は駐車場の地面に叩きつけられるように着地した。まだ唸り続ける風に包まれたまま。
朦朧としたサリコは、キアロコにしがみつき、砕けた窓のほうを見上げた。
ソラの病室は、閉じ込められた颶風のようになっていた。
「何が……何が起きてるの」
心臓を早鐘のように打たせながら、そう囁いた。
キアロコは慎重に彼女を放した。
その暗い眼差しは、頭上で育ちつつある嵐に据えられていた。
「……分からない。だが、あれはもう同じソラじゃない」
*
そしてその答えが聞こえていたかのように――
ソラが病室から飛び出し、宙を舞った。風そのものから引きちぎってきたような力で、空を裂いていく。
最初、その進路はまっすぐ街へ向いていた。
敵意をもって。うつろな目と、不在の魂で。
だが進みながら、一瞬だけ止まった。
そしてそのとき、その目がキアロコの目を見つけた。
彼女の中の何かが、彼を認識したようだった。
それでも――襲いかかろうとする衝動を、抑えることはできなかった。
ソラが完全に制御下にないことを知っているキアロコは、慎重に後ずさった。
だが風の力が周囲の空気を歪ませ、呼吸すら危険なものにしていた。
サリコは、目の前で展開していく光景を、恐怖とともに見ていた。
「離れてろ」
ソラから目を離さずに、キアロコが言った。
「これは危険すぎる。断片があの子を支配してる……そして、あの子を永遠に失わずに救えるのかどうか、俺には分からない」
街のほうへ飛び去っていくソラを見ながら、サリコが苦しげに囁いた。
「分かってる……でも、あの断片はもう、あの子の一部なの。取り除かないといけない。街に着く前にあの子を解放する方法は、それしかない」
「だが取り除けば……」
キアロコの声が震えた。
「勇作さんが言ってた。無理に引き剥がせば、ソラは死ぬ。そして、あの子自身がそれを望んだ場合も……同じだ」
キアロコは苛立ちながら空を見上げた。
そのまわりで、断片の怒りに養われた嵐が形を成しはじめていた。
「じゃあ、どうするの。何も残らなくなるまで、あの子に全部壊させるの?」
サリコが叫んだ。拳を握りしめ、その目に悲しみと決意を混ぜて。
「もうこちらの声が届かない相手を、どうやって救うのよ!」
「分からない」
キアロコが言った。
「だが、諦めるわけにはいかない。あの混沌の中に、まだソラの一部が残ってる。……感じたんだ。そしてその部分は、まだ救われたがってる」
*
サリコとキアロコは、窮地に立たされていた。
風が強すぎて、まともに前を見ることすらできなかった。
まわりの埃と塵が、次第に渦を成しはじめていた。
そして、その頭上にソラがいた。
キアロコは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸って、頷いた。
拳を握りしめた。そして、もう一度彼女を見た。
何をしなければならないかは、分かっていた。
分からなかったのは、すべてが最悪の形で終わったとき、自分がどれだけを失うのかということだった。
目の前にあるのは、彼の幸福そのものだった。
そしてそれと戦わなければならないと知ることが、一歩ごとに、彼をいっそう苦しくさせていった。
『我が第二の精霊』の一部になってくださって、ありがとうございます。
これは長い旅です。
この冒険を一緒に歩んでくださること、心から嬉しく思います。
覚えていてください。
ほかの世界にも、命はあるのです。
ただ、正しい目でそれを見ることを、覚えればいいだけなのです。
ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。




