26 病室の約束
二日後、キアロコはあのビルへ行くことにした。
勇作と並んで歩いた。厳しい表情で、不確かさに足取りを重くしながら。
「ソラのこと、もう知ってるんだろう」
かろうじて抑えた声で、そう訊いた。
勇作は重い目で彼を見た。
「ああ……。あれは、私の病院だということを忘れるな」
キアロコは足を止めた。
その目つきが硬くなり、声は絶望を孕んだ囁きになった。
「あの子を助けられる惑星は、どこかにないのか。……もしあるなら」
そして続けた。
「誓う。あんたの帝国を守る。あんたの守護者になる……あんたの剣になる。だから、あの子を助けてくれ……」
うつむいた。
呼吸が乱れ、拳が震えていた。
その目は、怒りと痛みで燃えていた。
「……そんな。そんなはずがない。何か、あるはずだ……」
勇作が、揺るぎない手をその肩に置いた。
「もし方法があるのなら……信じてくれ、私はとうに実行している。だが、ないのだ。ソラは、もう回復しない」
そして言った。
「今の君にできることは……あの子のそばにいてやることだけだ。抱きしめてやれ。話しかけてやれ。……別れを告げてやりなさい」
キアロコは、乱暴にその手を振り払った。
その言葉を受け入れることはできなかった。まだ、できなかった。
頭が現実と闘っていた。だが、その打撃は容赦がなかった。
それ以上は何も言わずにビルを出た。魂を引き裂かれたまま。
*
病院――二一七号室
サリコがソラのベッドの脇にいた。
やさしく微笑みながら、物語を聞かせていた。最期の時間を、希望で着飾ろうとするように。
キアロコが扉を開けた。
彼女が見えた。青白く、脆く、それでもまだ、その目には光があった。
「キアロコ……」
ソラが囁いた。
「来てくれた……」
「当たり前だろ」
無理に笑おうとしながら、彼が言った。
その脇に座った。慎重に、その手を取った。
サリコは黙って二人を見ていた。場所を譲るように。
「サリコがね、お話をしてくれてたの」
ソラが言った。
「全部が終わったら、風がわたしを、行きたいところへ連れていってくれるんだって」
キアロコは、内側で何かが壊れるのを感じた。
「わたしがそばにいたあいだ、兄さんはずっと約束を守ってくれた。何も起こさせないって」
そして続けた。
「でもこれは……これはもう、その約束の外のことだよ。兄さんと一緒にいるあいだ、わたしはいつも安全だった。これは兄さんのせいじゃない。……ねえ、兄さん」
彼は答えられなかった。喉の結び目が、強すぎた。
「……すまない」
ようやく、そう囁いた。
ソラはやさしく微笑み、一瞬だけ目を閉じた。
沈黙が、神聖なものになった。
「お前をこんな目に遭わせた奴らを、殺す」
震える声で、キアロコが言った。
「そいつらが誰であっても……」
「キアロコ……」
目を開けて、彼女が囁いた。
「そんなの、もうどうでもいいの。……ずっと昔のことだもの」
「違う!」
彼が返した。
「このまま終わらせるわけには……」
「わたしが今ほしいのは、兄さんが大丈夫でいてくれることだけ。復讐に喰われないで」
そして言った。
「約束して。……ずっと、わたしを覚えていてくれるって」
彼は目を閉じた。
サリコが近づき、その肩に手を置いた。
そのとき、モニターが音を止めた。
残ったのは、一本の直線だけだった。
ソラは、もう息をしていなかった。
*
キアロコは、その衝撃に耐えられなかった。
部屋を出た。扉を開け、最後にもう一度だけ振り返った。
そこにいるソラを見るために。
そして、もう涙をこらえきれずにいるサリコを。
廊下を走った。
歩いてきた医師が、涙を流して廊下を駆けていく少年を見て、脇へ避けた。
キアロコは涙を拭いながら、ソラが逝ってしまうのを見ていた。
妹だった。娘だった。
彼にとってあの子は、妹以上のものだった――娘だった。
守ると約束した、あの子だった。
一歩進むごとに、記憶が押し寄せてきた。
病院の外に出るまで、ずっと。
あたりを見回した。
駐車場で、父親と並んで歩いている子供たちが見えた。
遠くに目をやった。
外の世界は何ひとつ変わっていなかった。何も起きなかったかのように。
彼はうつむいた。
そして、囁いた。
「……娘」
*
病院の前の木
キアロコは木のてっぺんにいた。背を丸めて。
その怒りと痛みに揺さぶられて、影がまわりで震えていた。
サリコが慎重に上ってきて、その隣に座った。
「キアロコ……。あいつらに償わせたいのは、分かってる。痛いのも、分かってる」
そして続けた。
「でもソラは、あなたにそうなってほしくなかったはず」
彼は答えなかった。
その目は、地平線に据えられたままだった。
「あの子がいつも望んでたのは、あなたが人を大事にすることだった。……約束のためじゃなくて、あなたがそういう人だから」
影が、少しずつ静まりはじめた。
「忘れろなんて言わない。でも、憎しみに喰われてしまったら……そのときは、あいつらの勝ちになる」
キアロコは目を閉じた。深く息を吸った。
「……自分を見失いたくない。だが、忘れることもできない」
サリコが、その肩に手を置いた。
「忘れなくていいの。ただ、自分が本当は誰なのかを、覚えていて」
風が葉のあいだを吹き抜けた。やわらかく。
まるで世界までもが、二人と一緒に静かに泣いているかのように。
「わたしも、ソラのことがつらい」
割れた声で、サリコが言った。
「あの子は、妹みたいなものだった。……本当に大好きだった」
キアロコが彼女を見た。
その目は痛みで満ちていた……だが同時に、理解でも満ちていた。
「あなたは一人じゃない」
彼女が言った。
「だから、全部を一人で背負わないで」
ソラが死んでから初めて、キアロコは胸に小さな安らぎを感じた。
「……ありがとう、サリコ」
そう呟いた。
サリコが微かに微笑んだ。
「行きましょう。何か食べに連れていってあげる。そのあと、父のところへ行きましょう」
「……ああ」
彼はそう言った。
だが、涙はまだ流れ続けていた。
今起きたことが、信じられなかった。
それでも――心臓は、まだ打っていた。
二人が分かち合ったあの魔法は……決して死なないのだから。




