21 忘れられた宇宙
キアロコは、ゆっくりと目を開けた。
カーテンの隙間から差し込む淡い光が、かろうじて部屋を照らしていた。
前夜の重さが、傷のように身体に残っていた。
立ち去ろうとしない、濃い影のように。
身を起こし、ベッドの端に腰かけ、両手で顔をこすった。
まだ頭のまわりを巡っている思考を、剥がし落とそうとするかのように。
「……ソラ」
掠れた声で呟いた。
あたりを見回す。
静寂。
部屋は空だった。
立ち上がり、窓辺へ歩き、カーテンを開けた。
街は、そこにあった。
目覚めていた。生きていた。
いつもの、未来的な静けさで脈打ちながら。
高みから見下ろす通りは、整然としていた。
灯りが流れていく。巨大な精神の中を走る、電気の思考のように。
(もう学校に行ってるんだろうな)
そう思った。
息を吸った。急がずに着替えた。
部屋を出て、両手をポケットに入れたまま街を歩いた。
視線は据わっていた。
足取りは穏やかで、それでいて目的を帯びていた。
勇作と話さねばならないことを、頭の中で何度も繰り返していた。
そのあいだ、まわりの世界はスローモーションで進んでいるように見えた。
ホログラム。浮遊する列車。宙にニュースと広告を投影する画面。
すべてが、それぞれの流れの中にあった。
彼だけが、そこから外れていた。
やがて、ビルの前で足を止めた。
顔を上げる。
金属とガラスの構造体が、街の真ん中に巨人のようにそびえていた。
(今度は、何を言われるんだろうな)
そう思ってから、中へ入った。
*
勇作の執務室は、大きな窓から入る自然光に洗われていた。
そこからは、街が地平線まで広がっているのが見えた。
未来的で、穏やかに。
キアロコは机の正面に立ったままだった。
サリコは近くにいた。壁に背を預けて、父の傍らで、何かを待つように。
「いいか、キアロコ」
揺るぎない声で、勇作が話しはじめた。
「私は、この宇宙が『六天の契約』に属していないと考えている」
キアロコが眉をひそめた。
「……この宇宙は、含まれていないと思ってるってことか」
「思っているのではない……知っているのだ」
勇作が答えた。
「商売と仕事で、私はいくつもの惑星を渡ってきた。そのどこでも、神々や王朝について語れる者は一人もいなかった。ここで我々が知っているわずかなことは、古い噂に過ぎん。谺だ。確かなものは何ひとつない」
サリコが一歩前へ出た。
「じゃあ、どうしてそんなに確信があるの、お父さん」
「この地で、神を見た者が一人もいないからだ」
そして続けた。
「その存在を示す、はっきりとした徴すらない。そういうことが起きるときは……あまりに遠いか……あるいは、忘れ去られているかのどちらかだ」
キアロコが腕を組んだ。
「だが、断片はどうなる。真珠は実在する。王朝がそれを探している。この宇宙だけが蚊帳の外だなんて、ありえるのか」
勇作がゆっくりと頷いた。
「十年前、私は遠い惑星にいた。まだこの宇宙の内側にある星だ」
そして続けた。
「古代の遺跡を調査していた。あらゆる痕跡が、幾千年も昔にそこに生命があったことを示していた。だが、何かが起きた……その惑星は、自壊した」
サリコが、信じられないという顔で父を見た。
「自壊? そんなことが、どうやって」
「ついに分からずじまいだ」
そして言った。
「情報はすべて、その星とともに失われた」
キアロコが拳を握った。
「……じゃあ、この宇宙と真珠の関係について理解できたはずのものは、全部消えたってことか」
「そのとおりだ」
勇作が認めた。
「そしてそれから間もなくして、君が現れた。……その力を持って」
サリコが、彼のほうへ視線を向けた。
「それって、何か意味があるとしか思えないでしょう?」
キアロコは答えなかった。
ただ、視線を落としたままだった。
自分自身の影の中に、答えを探しているかのように。
「生き残ったそのわずかな情報だがな」
勇作が付け加えた。
「何兆アビリーもの価値がある」
「何兆?」
キアロコが繰り返した。
「なんでそこまで」
「これを知るためなら、どんな値でも払う惑星があるからだ」
そして続けた。
「近いうちに自分たちが危険にさらされると分かっている。国どうしの戦争と、あるいは惑星どうしの戦争と、同じことだ。……誰もが、敵より先に備えを終えていたい」
キアロコが身を硬くした。
「危険……それは、ここにも来るのか」
「分からん」
そして言った。
「だが、この宇宙がもう安全ではないことだけは、分かっている」
*
部屋が、重い沈黙に沈んだ。
キアロコは窓の外を見た。
あれほど完璧だった地平線が、今は不安定に見えた。
脆く。
「だがな」
勇作が机に寄りかかりながら付け加えた。
「私の言うことを、まるごと信じるな。これはただの、私の見解だ」
そして続けた。
「この宇宙が契約の外にあるわけではないのかもしれん。……ただ、まだ答えを見つけられていないだけなのかもしれん」
キアロコが眉をひそめた。
「じゃあ、確かなことは何もないってことか」
「そのとおりだ」
そして言った。
「そしてもしそれが本当なら……我々はまだ、何も知らないということだ。これから来るものについても……なぜ我々がこの立場に置かれているのかについても」
キアロコが、ゆっくりと息を吐いた。
「……なら、俺たちにできるのは、探し続けることだけか」
会話は、そのまま宙に吊られたまま残された。
地平線にかかる嵐のように。
不確かで。
重く。
宇宙は、見えているとおりのものではなかった。
そしてやがて――
すべてが変わろうとしていた。




