14 予期せぬ眺め
キアロコとソラは家にいた。片づけの終わりに、物をひとつずつ元の場所へ戻していた。
美しい夜だった。いつもと変わらない夜。
キアロコはソラを風呂に入れ終えたところだった。この子は一人で入るのが難しく、毎日ちょっとした騒ぎになる。
しばらくして、呼び鈴が鳴った。
キアロコは誰だろうと思いながら、玄関へ出た。
幸いなことに、会社の社員たちだった。そしてその中に、サリコと勇作もいた。
いくつもの贈り物と、ピザと、飲み物を抱えて。
キアロコが中へ招き入れると、すぐに宴が始まった。笑い声と、話し声のあいだで。
ソラは人の多さに少し怯えながらも、それでも嬉しそうだった。ピザを食べ、家じゅうを走り回っていた。
サリコも、勇作も、キアロコも、そのほかの誰もが、挨拶と抱擁と会話のあいだに紛れていった。
*
ある時、勇作がバルコニーへ出た。
そこではキアロコが手すりにもたれ、空に視線を溶かしていた。
夜気はやわらかく吹いていた。だが、その若者の内側では、音のない嵐が育っていた。
実業家はしばらく黙って彼を眺めていた。
この場に張りつめた繊細な糸を断ち切らない言葉を、探しているかのように。
「君の気持ちは分かります」
やがて、静かな声でそう言った。
キアロコはすぐには振り向かなかった。顔は動かないままだった。
それでも、顎にわずかに走った緊張が、その驚きを裏切っていた。
「あんたに、何が分かる」
低く、疑うような声だった。空から目を離さないまま。
勇作は溜息をつき、一瞬だけ視線を落とした。
「君が思っているより、多くのことを。私は君について調べました……そして、君が何であるかについても。ただの能力を持った少年ではない。君の内側にあるものは……ありふれた説明の届く場所には、ありません」
沈黙が、二人のあいだに帳のように落ちた。
キアロコがわずかに首を動かした。眉根を寄せて。
「俺の中に、何がある」
勇作は真剣な目で彼を見た。その目は、明かすよりも多くを隠していた。
「すべては話せません。まだ、その時ではない」
そして続けた。
「ですが、これだけは言えます。これはまだ始まりに過ぎない。君の内に棲むものは、これからもっと強く目を覚ます。そのとき君は選ばなければならない。……それを御するか、それに喰われるか」
風が強さを増し、キアロコの髪を乱した。
その内側で、何かが身じろぎした。
生きた影が、待ちかまえるように。
勇作の言うとおりだと、彼には分かっていた。
「……どんな情報を、持ってる」
答えを恐れるように、そう訊いた。
勇作は腕を組み、夜に灯る街を見渡した。
「私の会社は、ありふれた情報を集めるだけの場所ではありません。時に忘れられた秘密も……意図的に隠された秘密も、保管している」
一拍あった。
「その中に、君に直接関わるものがあります」
キアロコの背筋を、冷たいものが走った。
「俺のことが?」
勇作は、重く頷いた。
「幾千年もの昔、宇宙で最も強大な王朝たちが、絶対の支配を巡って戦いました。真珠の神々は不滅だと信じられていた。ですが――その神々でさえ、堕ちた」
そして、こう続けた。
「そしてそのとき……あとに残されたものがある。決して存在してはならなかったものが」
キアロコは、自分の内側で影が反応するのを感じた。
その言葉が、身体の最も深い場所で眠っていた谺を呼び起こしたかのように。
「……何が残った」
囁くように訊いた。
「『真珠の影』」
勇作の声は揺るがなかった。
「究極の力です。そして君は……その保持者だ。少なくとも、そう考えられている」
空気が濃くなった。夜そのものが、息を止めたかのように。
「契約?」
キアロコが、張りつめた声で訊いた。
「ええ。幾千年の昔、神々は神聖な盟約を交わした。『六天の契約』を」
そして続けた。
「それが王朝間の戦争を封じ、元素と宇宙のあいだに均衡を打ち立てたのです」
言葉を切った。その目の奥で、何かが翳った。
「ですが、欠けている情報がある。この宇宙には存在しない、真実の断片が。何かが狂っている。兆候……いくつもの符合。契約は、弱まりつつあります」
さらに、低く。
「そしてもし、破られれば――」
キアロコは一瞬、目を閉じた。
内側の影が、すでに結末を知っているかのようにざわめいた。
「……戦争が、戻ってくる」
そう呟いた。
勇作はゆっくりと頷いた。
「そして今度は、間に立つ神々がいない。……前よりも酷いことになるでしょう」
キアロコが拳を握りしめた。
「……他に道はないのか」
「それが真珠の掟です。単なる力の戦争ではない……生き残りをかけた戦争なのです。真珠の力を持つ者は、その運命に縛られる。そして、それを持つ者たちは……何をしてでも止まらない」
キアロコの胃が締めつけられた。
その対立が、急に現実の重さを持ちはじめていた。
「別のやり方が、あるはずだ……」
「もし存在するなら、まだ誰も見つけていない。そして戦争が戻ろうとしているなら、君は決めなければならない。……その掟に従うのか、それとも掟のほうを変えるのか」
キアロコは、戸惑ったまま彼を見た。
「どういう意味だ」
「君は他の者たちとは違う」
勇作が答えた。
「君は、完全にはこの世界に属していない。今このときに目覚めたのは、偶然ではありません。……警告なのです」
そして、最後にこう言った。
「大きな何かが近づいている。そして君は――『天界戦争』が始まろうとしている、その徴なのです」
風が、二人のまわりで唸った。
キアロコは、自分の影が震えるのを感じた。
その目が、迷いに揺れて光った。




