九、
時間差はあっても、千歌の言葉でコミュニケーションを取れるようになった二人は、これまでよりもずっと楽に、計画の細部を詰めることができた。
制作するメッセージは、フォトと動画の2つ。
フォトは〝せんぱい〟を〝とある場所〟──どこなのかは、まだ教えてくれない…──に呼び出す小道具で、本命は千歌のメッセージを収めた動画だ。
──ということで、先ずは千歌と正道、二人の思い出の場所で千歌を撮ることになる。
メッセージは画像編集で重ねることにした。
カメラで撮った画像ファイルに、編集アプリで文字を加工できることも確認した。
ただ、手書き文字がいいという千歌のリクエストには、〝千歌はペンを持つことが出来ないから書けないじゃない〟と言った途端に〝それなら一葉ちゃんが書いてよ〟と返されて、正直、参ってしまった。──…一葉は、正直、字がキレイじゃない……。
ロケーションは、いったん千歌が書き出した。
ちょっと多い気もした──これで千歌がけっこう欲張りであることがわかった…──が、俄然、一葉のテンションも高まってくる。
やはり一葉としても、京都の色々な景色を背景に千歌という少女を撮ってみたいのだが、〝組み写真〟として並べたときの流れが大事 (……らしいと本には書いてある)なので、たくさん撮っても厳選することになる(……らしい)。
実際に撮り始める前に、計画が必要になるかも知れない。
肝心の伝えたい想い…──〝メッセージ〟──は、動画で撮ることができるようになったが、それは最後に撮ることにした。
撮り手の一葉も、モデルの千歌も、まだお互いのことを良く知らない。
もっと知り合ってからでも遅くはない…──いや、知らないと撮れない気がした。
──…と、ここまでくらいで、その日の作戦会議は〝お開き〟となった。
やっぱりバッテリー切れだった。
千歌のことを動画で撮影して再生、という流れが多くなったことで、バッテリーの消費も激しくなった感じだ。
これはいよいよ予備のバッテリーが必要になってきたぞ、と思う一葉である。
◆ ◆ ◇
翌日は土曜日で、紀平せんぱいとの約束の日だった。
と言っても、最初に一葉が勝手に期待したような二人だけの……というようなものではなく、学校の帰りに写真部の仲間うちで行きつけのカメラショップを回るというだけのことで、その事実がわかると一葉は、勝手に舞い上がっていた自分が恥ずかしくなってしまった。
それでも一人で落ち込んで一人で気を取り直して、そうして午前授業の半日を乗り切ると、待ち合わせの北大路のバスターミナルに向かう。
本当は髪くらい切って臨みたかったのだが、それも諦めるしかなかった。
そもそも、そういうんじゃなかったわけだし、それにもっと切実で現実的な問題があった。
カットに行ったら手持ちの資金がそれで尽きてしまうのだ…──。そうしたら予備のバッテリーが買えなくなってしまう。
──…つくづく三枚目だぁ……。
バス待ちのターミナルの乗り場で、ガラス張りの間仕切りに写るクセっ毛気味の髪質の自分を見ながら一葉が自分のことをそんなふうに思っていると、紀平正道が同じ写真部一年の清家勇治と連れ立って現れた。
「おう、早かったな」
一葉が挨拶する前に、正道の隣の清家が声を掛けてきた。機先を制された形の一葉がぺこりと頭を下げると、正道も片手を上げて返してきて、三人は乗り場の前に並んだ。
「何やら、今日は正道の方からデートに誘うたんやって?」
「えっっ⁉」
関西ステロそのままのその清家の言葉に、一葉の視線は正道の顔へと跳ね上がる。
正道は、まったく動揺なく清家の言葉を受け流して言った。
「だから、そういうの止せって。新澤だって困るだろが」
「へーいへい…──一葉ちゃん、こっちの話には途端に大人しなるものな」
そう言う清家に、一葉はウィンクされた。
──こっちの話って、それいったいどっちの話ですかー。
デリカシーは無いがどこか憎めない清家のキャラクターに、一葉は内心で眉根を寄せたが、もう一度頭を下げると、口に出してはこう言った。
「今日はよろしゅうおたのもうします」
「あい。任しとけ」
正道を差し置いてそう清家が応えたところで、ちょうどバスが来た。
◆ ◆ ◇
河原町三条までは、市営バスの205系統なら乗り継ぎ無しの一本で、20分ほどで着く。
バス停を降りれば、ここからお決まりとなっているカメラショップ巡りが始まるのだったが、その前に昼食を、ということになった。
この時になって一葉は、迂闊だった、と思った。
──お昼、か……。
そんな予算は組んでなかったぞ。
うう……。ともかく一番安いメニューでしのがねばならない。適当なサラダとかあるかしら……。
そんな思いが微妙に顔に出るか出ないか、というふうな一葉とその隣の正道に向かって、清家が言った。
「今日は俺が奢るさかい、ついて来ーな」
「え? えっ? ……ええんですか? ぇえ?」
何かすごいラッキーが降ってきたように思った一葉は、思わず傍らの正道を見上げた。
その正道に清家が言って歩き出す──。「昨日バイト代入ったんや。この前は正道に奢ってもろうたさかい……」 ふと一葉を振り見遣り、正道へと視線を戻し、それから二人に笑って言った。「──ここは俺の顔を立ててや」
「じゃ、遠慮なく」
正道が応えるのを待って、一葉は大きく頭を下げた。
「ご馳走さまです!」
〝棚からぼた餅〟だった。
◆ ◆ ◇
清家に連れられて入ったのはオムライスの有名な洋食屋さんで、一葉も一度行ってみたいと思っていた店だった。
それで、清家の奢りということで当然オムライスを注文した一葉は、しばらくして運ばれてきた皿の上のオムレツに店のスタッフのナイフが入り、トロトロの玉子があふれ出すのをみると…──、
うわぁ…──ふわっふわのとろとろだあ。
うっとりともうその顔に、幸せ感がにじむのであった。
まだ正道と清家の注文の品は運ばれてきてはなかったが、冷めてしまう前にどうぞ、という二人のお言葉に甘えて一葉は、さっそく〝いただきます〟をしてスプーンを口元に運んだ。
(ん~~~んんっ)
一口目から、至福のとき、だった…──。
〝一葉ちゃん、くいしんぼ!〟、そんな声が聴こえた気がした。
──…え?
一葉が、目をパチクリと店内を見遣る。
テーブルの向かいでは、正道と清家が視線を向けていて、清家に至ってはその手におスマホが握られていた。
「なんて言うか……美味そうに食べんでな」 しれっと、清家が言った。「──…そないなふうにおっきな口して食べて絵になるんやさかい、たいしたもんやで」
「で、何で写真、撮ってんだよ?」
「こらこれで需要があるんや」
真面目な表情で訊いた正道に、清家はスマホを操作しつつ応じる。「──…一葉ちゃん、これで一部の男子には人気あるんやで……。部費削られて財政も困窮の折り、この1枚250円は──」
「消せ」 正道は、顔色を窺うふうの清家を、問答無用とばかりに遮った。「──いいから消せ」
だがそんなやり取りに割って入った一葉の次の言葉に──それがあまりにも〝らしく〟なかったことに…──、正道も清家も、あらためて視線を彼女に向け直すことになった。
「──…需要、あるんですか?」




