八、
翌日の一葉は、学校から真っ直ぐに帰ってくると、すぐに一葉の部屋で待っている千歌と一緒に作戦会議を始めた。
千歌によれば、〝迎えが来る〟のは八月十六日の日没とわかってるそうだ。
ああ……、と一葉は思い当たった。
十六日は〝だいもんじ〟の日なんだ、と…──。
あと一ヶ月…──。
そうしたら、このコは消えちゃうんだ……。
それじゃ、あと一ヶ月で千歌の想いを形にして、紀平せんぱいに届けなくちゃならないわけなんだね。
一葉は、ノートの五十音の上で伝えたいことを一生懸命になぞっている千歌の白い指先から、彼女の線の細い優しい気な顔へとカメラを向けた。
液晶画面の中の千歌が、何でカメラを動かしちゃうの? と怪訝に小首を傾げる。
一葉は、曖昧に笑って返すと、再びカメラを彼女の手元へと戻した。
千歌は、また最初から五十音をなぞり始める。
◆ ◆ ◇
──…千歌の〝紀平せんぱいへの想い〟、それがどんなものなのかはわからないが、それを責任を持って届けることができるのか。そのことを千歌に約束できるのか。
そういう問いに、いまの一葉は自信を持って答えられないでいる。
耳の奥には、乃理子のお母さんの言葉──〝最後まで面倒みる。それが出来ないなら手は差し出しちゃダメ〟…──も残っている。
それなのに、あたしは安請け合いのようにこうしている……。
ひょっとしたら、とても無責任なことをしているのかも知れない。
そう一葉も、思わないでもない。
それでも一葉は、いま千歌と一緒に過ごしているこの時間には、意味があるのだと思うことにして、がんばっている彼女の願いを叶えたいと、二人だけの作戦会議に臨んでいる。
◆ ◆ ◇
目下のところ二人で思いついたアイデアは…──、
一、千歌を写し撮ることのできるこのデジカメで写真を撮る。
二、それにメッセージを添えて、フォトアルバム風にまとめる。
三、そうしたらそれを八月十六日の夕方までにせんぱいに見てもらい、
〝とある場所〟に連れ出す。
──千歌の言う〝とある場所〟に呼び出すのだ。……きゃ~‼ だいたん⁉
四、せんぱいが〝とある場所〟に来たら、
用意したもう1本のメッセージフォトに収めた千歌の〝想い〟を見てもらう。
…──というものだった。
そのあとは、〝お迎えが来て〟千歌が消えてしまうまでの一時の二人を、一葉が写真に残すのだ。
千歌の、止まってしまった三年前の想いを、〝紀平せんぱい〟に届ける。
そして、二人の最後の〝思い出〟を、写真に収める……。
──あたしの責任は重大だ。
千歌の姿を写し撮ることの出来るのは、あたしだけなのだ。
一葉は、あらためて、友達になったばかりの幽霊の女の子の顔を、デジカメの液晶越しに見た。
黒髪と同じ色の瞳は、くるくると光を回して豊かな表情を作っている。
その表情で、二人でアレコレ考えたコトに、少女らしい高揚をしているのがわかった。
ふと、その一葉の視線──デジカメのレンズ越しの──に気付いた千歌が『?』と小首を傾げる。
一葉は黙って頷いて、目で笑って返した。
それで千歌の表情も、怪訝なそれから笑顔のそれへと変わっていく。
液晶の中のその可愛らしい表情の変化に、一葉は訊いてみた。
「動画も入れてみよか?」
一瞬を切り取っても絵になるし、動きを追っても画になるコっていうのは、そんなにいるものだろうか……。
そんなふうに思うことで、いろいろな事を深く考えすぎないようにする。
言われた方の千歌が、とくに考えたふうもなく、こくこく、と頷いたので、一葉はカメラチェックのつもりでデジカメのモードを動画撮影に切り替え、彼女を画角の中に収めてみた。
笑った顔が欲しかったので、妹との日常の1コマを披露しながらカメラを回した──。
「妹の二奈がね、バレンタインデーにおとんに手作りチョコ作ったのね」
──…〝じーっ…〟
「それで作ったのの一つをうちが試食してみたの」
──…〝こくこく〟
「そしたらそれがビックリするくらい美味しおしてね」
──…(何事か口を開くも)〝…………〟
「全部食べてもうた」
──ちゃんと笑ってくれた。
破顔した顔の口許に握った右手を当てて、くくっと肩をすぼめたときの表情が屈託なくていい。
一葉は、いい感じに撮れたと思い、撮影を止めると千歌に液晶画面を見せるようにして、動画を再生する──。
〝『妹の二奈がね、バレンタインデーにおとんに手作りチョコ作ったのね』
『──妹さん? ……一葉ちゃんの…──』〟
──…鈴を転がすような、少女の声が入っていた……。
◆ ◆ ◇
〝『妹の二奈がね、バレンタインデーにおとんに手作りチョコ作ったのね』
『──妹さん? ……一葉ちゃんの…──』(一葉に台詞を被せられた)
『それで作ったのの一つをうちが試食してみたの』
(千歌は、気を取り直したふうに一葉を向く)
『うんうん』
(頷いた顔の、話の行く末への期待感がすごい)
『そしたらそれがビックリするくらい美味しおしてね』
『へぇー? 妹さん、お菓子作りじょ…──』(また被せられた……)
『全部食べてもうた』
(キョトンとなった。それから笑いが込み上げてきたようで……)
『──…一葉ちゃん、くいしんぼ!』
(……笑顔になった。)〟
そんなふうに再生された動画を見ながら、一葉はようやく思い至った──。
そうか。動画で撮れば千歌の声も記録されていて、このカメラで再生すれば、ちゃんと聞こえるんだ。
何だか当たり前すぎて、こんなことに気付かなった自分に笑ってしまった。
でも、あらためて判明したこの事実はありがたかった。
撮影してから再生、という手順でないと聞くことができないから、やっぱりタイムラグはあるけれど、それでも〝五十音〟をなぞるだけよりはずっと多くのやり取りができるようになった。
それに、せんぱいへのメッセージにも表現の幅が広がった。
──千歌の言葉を、彼女自身の声で伝えることができるようになったのは大きい。




