六、
もう〝こうなって〟しまうと、一葉は、何としてもこの女の子とコミュニケーションを取りたくなっていた。
いろいろと試しはじめる。
先ずはスマホを手に取った。カメラ機能で撮影してみたが、そこにいるはずの彼女は映らなかった。
ということは、〝一葉が撮れば〟映るという訳ではないらしい。
このコンデジで撮ったときだけ写り込む、のか……。
簡単な意思疎通は出来る。
一葉が質問をすれば、小首を縦横に振ることでyes/noでの回答は得られたから。
「うちに……用があるん?」
──…〝こくり〟。慎重に頷いた。
「うちを取殺しにきたん?」
──…〝ふるふる〟。大きく首を横に振った。 ……ちょっと安心。
「──…じゃ、いったいどないな用が……あるん?」
女の子の動きが止まった。
困ったふうに顔を左右に振り、結局何事かを言い募るのだけれど、一葉には何も聞こえない……。
一葉と女の子は、互いに溜息を吐いた。
一葉は、切り口を変えた。
「紀平せんぱいを知ってる?」
──…〝こくり〟。ごく自然に頷いた。 ……かなり近しい間柄なのがわかった。
「せんぱいのこと……恨んでる、とか?」
女の子の動きが、また止まった。
ショックを受けたような表情になって、それから先程よりも一層大きく首を振る。
どうやら、そのようなことは微塵も思ってはないらしい。
一葉は、思い切って訊いてみた。
「──じゃ、せんぱいのこと……好き?」
その問いには、女の子は一瞬の躊躇いさえもなく首を縦に振った。
女の子の表情は、自分の気持ちをわかっていて、それに素直な少女のそれだった……。
衒いのないその表情が、一葉にとっては、何か映画を見ているようにも感じられて、溜息が漏れるような気持になる……。
そのときに、カメラの液晶画面が黒くなって、消えた…──。
「……え⁉」
慌てて一葉は、液晶画面に浮かんだ文字を目で追った。
『バッテリー残量がありません』
電池切れだった……。「──ぇえ~~~っ⁉ なんでー、も~ぅこないなときにぃ……」
一葉はバタバタとして電源スイッチを入れ直し、あとほんの少しでも彼女の表情を撮りたいと室内にレンズを遣ったが、もうそこに彼女の姿は無かった。
程なく、いよいよバッテリーを消耗したカメラはレンズを引き込んで、それきり動かなくなってしまった。
◆ ◆ ◇
翌朝、充電器から充電を終えたバッテリーをカメラに戻した一葉は、室内に女の子の姿を探してみたが彼女の姿はなかった。
一瞬、もうこれであの女の子に会うことは出来なくなったんじゃないかという考えが脳裏を過ったが、すぐにそれはないな、と思い直した。根拠はなかったが、それは確信に近い思いだった。
取り合えず状況を理解したと思った一葉は、ベッドを整えると朝の支度を始めた。
◆ ◆ ◇
登校の途中の信号待ちで、一葉は高等部の先輩にLINEで紀平せんぱいにお昼休みに中庭に来てくれるよう伝言を頼んだ。
せんぱいがLINEをやっていればこんな面倒な手順を踏む必要はないのに、と思うけれど、彼はIDはおろかスマホさえ持っていないのだから仕方がない。
そうして昼休みになると、一葉は教室を駈け出して高等部と共用の中庭に向かった。
先に着いてしばらく待っていると、片手に焼きそばパンの包みを持って正道が現れる。
一葉は、その正道に切り出した。
「バッテリー?」 一口分の焼きそばパンを咀嚼し終え飲み込んだ正道は、一葉に確認するように訊いた。「──…もうへたっちゃったか?」
「あー……まだ全然だいじょうぶ……なんですけど、使い切ってもうたときに、もう一個か二個あると、便利かなー、なんて」
昨夜のようなことがあってバッテリーの予備が欲しくなった一葉は、さっそく正道に相談したという訳だった。
カメラの使い方のうち〝撮り方〟みたいなのは教わったことを覚える気になるものの、機械を機械として取り組むのは苦手だった。そういうことは詳しい人に任せればいいと思っているのと、もともとこのカメラの持ち主は紀平せんぱいなのだから、と相談を持ち掛けたのだ。
そんな一葉の思惑を知ってか知らずか、正道は肯きながら言葉を引き取った。
「まーそりゃそうだな……。予備のバッテリーか」 ちょっと言い難そうに苦った表情で一葉に向いた。「──でも、安くないんだよ、あれで結構」
「うち、払います。幾らするんです?」
「五千円くらいかな……」
「……五千円⁉」 声が裏返ってしまった。
一葉にとってその金額は、想定外だった。小さな電池だし、1個千円くらいかな?と思っていたので、その金額には固まってしまった。
「中華製なら二、三千円のもあるけど…──ヘンに安いのに手を出すと、カメラ本体をぶっ壊しちゃうかも知れないしね」
正道は、お構いなしに一般論から話し始めたが、一葉の耳に届いているふうではなかった。
「五千円……」
──結構イタい……。
お年玉は定期預金にしちゃったし、あたしの子ブタちゃんはいま、日曜の撮影会での散財で痩せ細っちゃってるぞ……。
途端に反応の薄くなった一葉に、正道は続ける。
「あとは、中古で探すか……」
でも一葉の意識は、容易に戻っては来ないようだ。
「…………」
──いまのままでも、やりくりすればぜんぜん保ちそうだし……ここは見送る?
どうしても必要というわけじゃないし……。
う~ん……。
そんな一葉を呼び戻す言葉を、正道はしれっと言った。
「新澤、今度の土曜日、暇?」
「えっ? な、何でです?」
「土曜、河原町の中古ショップ巡るから、そのとき一緒にみてやろうか?」
正道のその言葉は、ごく自然体なものだった。
「…………」
一葉の方は、最初、何を言われているのかわからないふうだったが、やがて言われたことの意味が分かると、勢い込んで応えた。
「──ほんまにですか! よろしゅう!おたのもうしますっ……ぜひっ」
こうして、〝棚からぼた餅〟的な感じに、土曜日の予定が決まった。




