五、
翌日、一葉が学校で乃理子に会うと、もうその日のうちに〝お祓い〟という運びとなったからと告げられた。
その日は部活も課外活動もなかったので、放課後になると乃理子に付いて、彼女の家の神社に行くことになった。
地下鉄を乗り継いで山科の方に出て、そこからまたバスで10分くらいの所にある町中の神社でお祓いをしてもらったのだが、そのとき乃理子のお母さんである宮司さんから、こう言われた。
──結局、最後には自分次第。何かしてあげたいと手を差し出すなら、最後まで面倒みる。中途半端が一番危険。それが出来ないなら手は差し出しちゃダメ。
良く解ってないままに肯いてカメラ共々お祓いしてもらった一葉だったが、帰りの地下鉄の中で、ふと思い至った──…。それじゃやっぱり、あのコはあたしに助けを求めてたのか……。
あの女の子の何かを訴えるような目を想ってしまうと、一葉はなんだかちょっと心苦しくなってしまった。
そんな一葉が、それでも気を取り直して帰宅したのは夜の七時を回ってからだった。
◆ ◆ ◇
普段通りの明るい食卓に着いた一葉は、母の手料理を美味しく食べ終えると、九時にはお風呂を上がって自分の部屋に上がった。
机に座り、何とはなしにデジカメの電源を入れる。と、室内に被写体を求めて液晶モニターを覗き込んだのだが…──。
「うわああっっっ⁉」
そこに──、あの〝女の子〟がいた。
悲鳴にも似た声を上げて仰け反った一葉は、反射的に身を縮こまらせると、心の中で叫ぶ。
──…ごごごめんなさい……! 謝ります! もう二度とせんぱいをデートに連れ出そうなんて考えません! あたし、まだ男の人と付き合ったこともないし、キスだってまだしたことないの! まだ死にたくない、死んじゃうにはまだ若すぎます! お願いです、どうか命だけは取らないで……‼
一気にそんなことを頭の中で言上したら、ゴンッ!と物凄い音がして後頭部に衝撃を感じた。
──痛っ……‼
そんな感じに何が何やらわからなくなった一葉は、後ろの壁に後頭部をぶつけていて、そのまま椅子から転げ落ちると、家中に派手な音を響かせてしまっていた。
ほどなくドアが──ノックもなしに…──開いて、妹の二奈が、切羽詰まった声と共に飛び込んできた。
「──…かずねえ!どないしたん? だいじょうぶ⁉」
「だ、だいじょうぶ……‼ なんでもあらへん、ちょい寝ぼけただけやさかい…──」
後頭部を押さえながら強張った笑みでそう取り繕うように言う一葉を、二奈は怪訝な表情で見下ろしている。
姉妹仲の良い妹の心配げなその顔を見上げ、一葉は言葉を重ねた。
「ほんま、だいじょうぶやさかい……。びっくりさせてもうた? かんにん……」
そう言いながら立ち上がると、かなり無理くりな笑顔を作って二奈を部屋の外へと追い出しに掛かる。
「ちょっ、かずねえ……」
二奈は、半分心配げ、半分納得いかなげ、という感じに声を上げたが、姉に押し出される形で不承不承、部屋の外に出された。
妹を部屋から追い出した一葉は、大きく深呼吸をした。
そして改めて室内にカメラを遣り、LVのモニター越しに〝彼女〟がそこにいることを確認する……。
レンズの先のベッドの上を映している液晶画面の中には、込み上げる笑いを堪えるのに難儀しているふうに小さな口許に手をやってベッドに腰掛けている、艶やかな黒髪の、あの美少女がいた。
◆ ◆ ◇
あたしに掛けられた〝呪い〟は、思っていたよりもずっと愛くるしい顔をしていて、表情も豊かだった……。
LVの液晶の中の彼女は、一葉がレンズを向けると畏まって表情を改めた。
わずかに緊張した面持ちで、小さく頭を伏せる。
ふんわりとした微笑が緊張したような表情になっても、その顔からは育ちの良さを感じさせる柔らかさは消えはしなかった。お嬢さま、と言うのではなく、感じの良さだけが伝わってくる、そんな女の子だった。
年の頃は十二、三歳くらいだろうか。
目の表情が素敵で、こういうコをモデルに京都をスナップしてみたいと、一葉は思った……。
女の子は、頭を上げて目線を戻すと、真っ直ぐにカメラを片手にした一葉に向いて、何ごとか口を開いて言い募るように口を動かした。
けれどその声を期待した一葉の耳には、その声が聞こえて来ることはなかった。
一葉の顔に失望が浮かぶと、カメラの液晶の中の彼女もまた、ガックシと頭を垂れてしまう。
それを見た一葉は、いよいよ居た堪れなくなってしまう。
でも、一葉の声は聞こえてるらしかった。
「なんか伝えたいの? ……筆談、できひん?」
一葉はそう言って袖机の引き出しからノートとシャーペンを引っ張り出して差し出す。すると女の子は、目を輝かせて手を伸ばしてきた。
でも、一葉の差し出したノートにもシャーペンにも、女の子は触ることはできず、再び肩を落としてベッドの上に腰を下ろすこととなった。
一葉は、失敗したと思う。
……あーん、なんだか可哀想でみてらんないよ。
それでも女の子には、諦めるという選択肢は無いらしく、気を取り直してベッドから立ち上がると、身振り手振りでちょっとしたパントマイムを始めた。
──…乙女の祈りのポーズを取ったり、瞳をうるうるとさせてみたり。
あたしに掛けられた〝呪い〟は、中々に芸達者だった……。




